これはただのツンデレなのよ 5
しかし、ほんとに春日井さんやりたい放題だなあ。これ普通に及川の親父さんとかも聞いてるんだよ。いや、春日井さんは僕みたいに声を張り上げてるわけじゃないから親父さんが聞いているのは僕の突っ込みだけかもしれないけど。
これがうわさに聞く言論の自由か・・・。
気付けば車は高速道路に入っていた。とりあえず別荘で、さらに水着を持ち出したという事は海、もしくは川があるという事か。泳がなきゃなのかぁ。死にたくないなぁ。
「お願いだから2、3日だけ海が消滅してくれないかなぁ。死にたくないよう」
「はあ?死にたくない?そもそも漆根君は生きるだなんて高尚なことをしていたつもりだったの?」
「いやさすがに生きてはいるよ」それくらいの自由は許してよ。
「五分の魂ね」
「それは確かにいいセリフだけどそのことわざには前半部分があるよね!?」
「一寸の漆根にもボブの魂」
「ボブって誰だよっ!!」
何それ、ボブの霊の憑依か何か?
「漆根の川流れ」
「怖いよっ!普通に事故だよ!ていうかことわざを駆使して僕をいじるのをやめて!」
「泣きっ面に漆根」
「なんかすいませんっ!」
何か辛いことがあったときに僕に出会った的な感じだろうか。
「前門の漆根、後門の漆根」
「囲んでる囲んでる!僕が誰かの逃げ場を奪ってる!!」
「漆根にも筆の誤り」
「あれ?なんかちょっと持ち上げられた感が・・・」
才能ある僕にも間違いはある、と。
・・・いや、僕には何の才能もないから、これはダメなやつは何をやってもダメ、というな全てを諦めさせる新たなことわざだろうか。
「漆根歩けばボブに当たる」
「だからボブって誰っ!?」
道に普通にいるような人なの?そして僕に憑依しちゃうような感じなのっ!?
そこらへんで春日井さんの漆根いじり~ことわざ編~に満足したらしく、大きく伸びをした。
私服なのでなんか新鮮。
「目つきがいやらしいわ。眼球をつぶしてちょうだい」体を僕から隠すようにしながら春日井さんは言い放った。
「お願いが厳しすぎる!」
ちょっと僕にはハードルが高すぎる。
「じゃあ親知らずが歯茎に引っかかって猛烈に腫れて苦しんでちょうだい」
「お願いの意味が皆目見当もつかないよ」
「苦しみなさい」
「わかりやすすぎる!!」
まあ、この辺は冗談。
・・・・・・・・・・・・だよね?
窓の外を見てみるが、つた植物が巻きついている高速道路の壁しかないのでここがどの辺なのか皆目見当もつかなかった。多分海外ではない筈だ。
体を少しかがめてフロントガラスから標識を見ようとした。
「ちょっと、漆根君。どさくさにまぎれて美耶の胸を覗くのはやめなさい」
「濡れ衣だぁ!!」
ひどい!ひどすぎるよ春日井さん!ほらあ、日比野さんが自分の胸抑えながら僕をめちゃくちゃ睨んでるじゃん!
日比野美耶さん。衣装の責任者だった人で、春日井さんがテラスにいることを教えてくれたり、衣装合わせの時に声をかけてくれたりと3人の中で唯一まともに会話をしたことがある人だった。だが、それも終わり。その証拠が日比野さんのこの目だ。
「ちょっと待ってよ。僕はただ今ここがどの辺なのか看板を見ようとしただけで・・・」
「はっ、のぞき魔はみんなそう言うのよ」
「いや、僕と同じ境遇ののぞき魔なんてなかなかいないと思うけど・・・」
「そうね、漆根君といえば変態のパイオニアだったわね。常に新たなラインを開拓してるんだものね。さすがだわ」
「勝手に僕を評価しつつ変態ランクを急上昇させるのはやめてください」
いやマジで。後生だから。
「後生?そもそも漆根君は生きるだなんて高尚なことをしていたつもりだったの?」
「いや、さすがに生きてはいるよ・・・ってさっきもやったじゃんこのやり取り!」
「ああ、ボブのくだりね」
「いや、その覚え方はどうかと思う」
だからボブって誰さっ!
「生き別れの兄よ」春日井さんは急にしんみりとした表情になった。
なんでだろう。春日井さんは前よりもなんか表情豊かになった気がする。それは彼女が変わったのかもしれないし、前まで僕に対して表情を変えるのが億劫だったからかもしれない。なんか後者っぽいけど。
「えっと・・・複雑な家庭事情なんだね」
「ええ、ボブ兄さん・・・。漆根君のお兄さん・・・だったわね?」
「知らないけどっ!?」
僕のっ!?
会ったことないから別れようがない気がする。この考えはドライすぎるだろうか。
「ま、まあ、歩いてればそのうち当たることもあるんじゃないかな」
僕が歩けばボブに当たるしね。
「ボブ兄さんは今も漆根君を探しているわ。その手で漆根君を葬り去るためにね」
「なにがあった!僕の知らない所で僕とボブの関係に何があった!!」
もう歩けない!!