一方的にどついてくる 3
「雫ってさ」
2章ほど読み終えたところで本を閉じた。雫は黙々と進めていた手を休め、首を回しながら僕を見た。
「なんだ、今あたしを呼んだのか?」
「あー、やっぱいいや」
そこまで聞きたいことでもないし、集中してるとこ悪いからね。
「なんだよ、はっきりしねえな。イライラする、殴るぞコラ」
「どんな暗黒街で生きて来たんだよ、お前は」
イライラすると殴るとか・・・。
「オラ、イライラすっぞ」
「カ○ロットだったのかっ!?」
やべえよ、僕の家系から宇宙一の男が登場しちゃったよ。
「地球のみんな、オラに元気を・・・やっぱいらねえ。オラ1人で十分事足りるぜ」
「ヒーローにはなれないよな」
「で、結局何だったんだよ」椅子を回して僕の方に体を向けた。
「いっつも男言葉で話してるじゃん」
「あ?普通だろ?お前が弱々しいだけだ」
まあ、それはそうかもしれないけど。
「いや、でも女らしくないってのはあるじゃん。それっとやっぱお兄さんたちの影響なの?」
「あー、それもあるけどなー。でもこっちの方が侍っぽいだろ?」
「侍になりたいのか・・・」
間違って歴女とかになるなよ。
「ああ、切り捨て御免とかしてみたい」
「無理だよっ!御免どころか懲役刑になっちゃうよ!」
なめるな!今は西暦何年だと思ってるんだ!!
「なんだと、あたしの夢を奪うのか?」
「人殺しが夢だと?」
僕の家系からやばいやつが登場しちゃったよ。
「違う、悪を切るのが夢なんだ」
「正義を言い訳に使うな!!」
お前は戦時中の日本国か・・・おっと、誰も聞いてないよな、今の。僕粛清とかされないよな。
「ふふふ、正直お前はあたしの心をそそらせるぜ」
「聞き様によっては凄いプロポーズなのに、なんでこんなに恐怖心をかきたてる・・・」
普通に怖い。
「真剣とかやめろよ、捕まるぞ」
竹刀でストップしとけ。
「真剣になると捕まるのか?どんなゆとり社会だ。ふざけんな、殴るぞ!」
だから発想が原始人のそれですよ、雫さん。・・・そしてさつきさん!
「大体誰を殴るんだよ、総理とか?」
捕まるぞ。
「いや、天皇だ」
「捕まれ!」
存在丸ごと抹消されろ。そして僕の親戚をやめろ。
よし、これ以上の深追いは危険だ。話を戻そう。
「で、学校でもその口調なの?先生とかにも?」
「あ、いや、それはだな・・・」
ん?口ごもった?
あれ?これって・・・?
「なんだよ、はっきりしないな。もしかして雫さんともあろう人が権力に屈してるのか?」
「うっ、くっ・・・しょうがねえだろ。侍だって、侍だってなぁ、上下関係があるんだよ!」
「封建社会の苦悩を語るな」
まあ、どんな時代の偉い人にもそういう喘ぎはあるという事で。
「そっか。じゃあ普通に話せないわけじゃないんだな。ちょっとやって見せてよ」
「五月蠅い、駄目だ、殺すぞ」
「どんな三段論法だよ」
むしろ論理が三段跳びと言ってもいいかもしれない。
ふーむ。しかしちょっとそんな雫も見てみたい気もするし。ここはあれを使うか。
「じゃあ勝負だ。真剣勝負だ」
「真剣?」
「刀に反応を示すな」
どんな危険人物だよ。
「いいか。僕は男らしい口調で喋るからお前は女の子口調で喋るんだ。それで耐えきれなくなった方の負け」
そういえば前に春日井さんとこういうゲームをやったなあ。あのときは確かお互いを交互に褒めあうってやつだっけ。確か僕が殴られて終わった気がする。
「・・・・・・」
いやな予感しかしないけど。
「いや、でもそれはよ・・・」
「へえ、侍なのに勝負を逃げるんだ。まあ、そうだよな。お前はその程度なんだったな」
僕も今さら後には引けない。
「逃げねえ。あたしは絶対的に背中を見せねえ。背中の傷は剣士の恥だ!」
「ゾロかよ、お前は。よし、じゃあ・・・」
「あ、ちょっと待て・・・」
「なんだよ、コラ」
言ってみた。
「始まってるのか・・・うう、くそ・・・」
「おい、雫。お前っていつから剣道やってんだ。・・・・・・コラ」
あれ?男らしいってどんな感じだっけ?
「えっ?えっと・・・3歳から・・・かな?」
「・・・・・・っ!!」
誰だこれ!声小さいし、なんか恥じらってるし!!あれ?いつ入れ替わったの?違うじゃん。さっきまで全然違う人だったじゃん!キャラうんぬんじゃなくて人が違ったじゃん!?
「ん?どうかしたの・・・?」
「い、いや、何でも・・・ねえよ、コラ」
「変な耕ちゃん」
まずいぞ、これは。ここ4カ月にいろんな人に削り尽くされた僕のメンタルを優しくそっとなでるかのようだ。やめてくれ!誰か僕をけなしてくれ!!
「け、剣道っつったら暑い、臭い、痛いの三拍子そろった女に嫌われるスポーツだろ?なのになんで続けてんだよ」
早く、早くぶち切れろ、雫!!
「え、そうだけど・・・でも、でも面白いんだよ。なんて言えばいいのかな。心を鎮めて竹刀の一振りに集中して、相手から一本とれたときの達成感。うん、この時が最高に気持ちいいんだ」
母さん、耕太はもう駄目です。
さつきさん、やはり僕はあなた抜きでは無理だったようです。今から最低なことを考えます。
旦那さんと早くケンカしてください。そして僕の所へ来て僕をけなしてください。
春日井さん。最近会ってないけど、離れて初めて君のありがたみに気付いたよ。
ああ、誰か、僕を罵ってくれ!!
「なるほどな、見てて思ったんだよ。マジでお前かっこよかったな」
「ほ、ほんと・・・?嬉しい・・・」
ああ、もうどうでもいいや。ねえ、僕、もういいよね・・・?
ガチャ
もちろんこの音は僕と雫との禁断の扉が開いた音ではない。普通に僕の部屋のドアが開けられた音だ。そして開けたのは合宿帰りの僕の妹だった。
僕と雫の視線が一気にそちらに向かったのは言うまでもない。
「い、いいんじゃない?従兄妹なんだし、べ、別に・・・け、結婚とかも、できるんだし・・・・・・」
「「ち、違うんだ!」」
もちろん僕と雫が勝負を丸投げにし、誤解を正そうと一時間もの間説得に躍起になったのは言うまでもない。