なにを言っているんですかさつきさん。彼女は春日井若菜ですよ? 4
ピンポーン
クイズの正解の音ではない。これはインターホンの音である。
「あっ、シュウ君来ちゃった。あっ、あれ?抜けない・・・」
頑張って入れ過ぎた。
とにかく客人を待たせるのはまずい。僕は筒と格闘しながら階段を降り、玄関扉を開けた。結局筒には勝てなかったが。
「こんにちは、漆根先輩・・・ってええっ!?」
「おお・・・」
突っ込みとまではいかないがリアクションはなかなかだ。彼は将来良い芸人になる。
「漆根先輩もですか?」
シュウ君は一歩身を引きながら言った。
「『も』って?」
「いえ、出がけに僕の弟が同じことしてました」
「・・・・・・ちなみにシュウ君の弟は何年生?」
「小2です」
「小2っ!?」
僕は小2と同じレベルなのか!?へこむ、マジでこれはへこむ!
「くそう・・・こんなもの!」右手で強引に筒を持って左手を思いっきり引っこ抜いた。
スポン、と音を立てて、なんとか左手は解放された。解放されたが、
「ぐおお!!」
靴箱に肘をぶつけた。
「じんじんする!肘関節砕けたかもしれない。シュウ君、僕は死ぬのかなあ・・・」
顔を上げるとシュウ君はえらい遠くまで引いていた。
「あ、いえ、大丈夫です。ただのファニーボーンです」とドン引きしながら言われた。
うん、突っ込みとして育て上げるまではまだ遠いな。
さて、ようやく肘のしびれが取れたころ、もう用済みになったチップスターの筒をちゃんと分別に従って捨てた。リビングにある食卓に向かい合って座る。もちろんお茶も忘れない。
「それで、何か用があるんだろう?」
精神的には臨戦態勢。今この瞬間にシュウ君が僕に殴りかかってきたとしても僕は冷静かつ即座に対応できる。要するに一瞬にして土下座ができる。
「えっと、ほら、つむぎさんって明日帰ってくるじゃないですか」
もちろん殴りかかることはない。シュウ君はそういうキャラだ。残念だ。
「ああ、そうだね。明日の夕方に帰ってくるって言ってた」
ついでにそれまで家(主にキッチン)を守りきれというかなり難しい指令を残していった。
「それで?」
まさかそんなことをわざわざ面と向かって確認しに来たわけではないのだろう。電話で確認するまでもなく、つむぎと確認しているはずだ。
「ま、まさか・・・。合宿というのは名目で実は別の男とあってるんじゃないか、みたいな感じで抜き打ちで確かめに来たの!?」
「いえ、違います」
「ちっ」
「ええっ!?何の舌打ちですかっ!?」
「いや、なんでもないなんでもない。するめが歯に引っかかっただけだよ。別に今の最高のアシストをスルーされたことに対していらっとしたとかそういう事では決してないんだよ」
まったく、僕がさつきさんじゃなくて良かったね。
「じゃあさ、もしそんなことになってたらどうするのさ?」
戦うのか?僕の家が昼ドラ並みのどろどろした戦場と化すのか?
「・・・・・・」シュウ君は口を固く閉じ黙った。
「諦めます。つむぎさんがそれがいいと思って、僕が邪魔なら仕方ないですから」
「・・・ごめん。いじわる言った。安心していいよ」
やれやれ。こういう所があるから僕はシュウ君が嫌いになれない。どころか2つも下なのにある種尊敬するところでもある。
「それで、何しに来たの?」
確かそんな話だったはずだ。
「ええ、つむぎさんが帰って来たときに机の上にプレゼントがある―――的なサプライズがしたいんです」シュウ君は照れもせず、超まじめな顔でそう言い切った。
「おおう!!」
と声を上げたのは僕の横に座っているさつきさんだ。僕も声をあげそうになったが、我慢した。だって本人真剣だもの。
「ま、まあいいんじゃないかな。つむぎもきっと喜ぶだろうし」
「ですよね!」シュウ君の声と顔が一気に明るくなる。
ダメだ、なんだこの幸せオーラは。そばにいるだけで疲れる。そして辺りのものを構わず破壊したい衝動にかられる!
「ただ、今ちょっと問題があるんだよ」
ただ一つにして最大の懸念事項。
「なんですか?」不安そうな顔でシュウ君が尋ねた。
「今はいないんだけど、つむぎの部屋は従妹が寝泊まりしててね、そいつが開けてしまうかもしれない」
「でも、開けないように頼んでおけば」
「あいつが開けられずにはいられようか、いや無理だ」
断言していい、気付いてしまったら我慢できてせいぜい10分だ。
「そうですか・・・。どうしよう・・・」
「大丈夫だ。この僕に任せなさい!」僕は胸をドンと叩く。痛かった。
「僕が預かっておいて、つむぎが帰ってくる直前に机の上に置いといてあげる。従妹は明日の午後いない筈だし」
道場の休みは週に1日か2日、明日も普通に稽古の日らしい。
「え・・・でも・・・」シュウ君の顔にためらいが見える。
「漆根先輩、開けませんよね?」
「なにを言うか。この僕を信じろ」
「そうです・・・そうですよね!」
シュウ君はバッグに入っていた手のひらサイズの小包を僕に渡した。おかしいな。僕はこの子に対してここまで信用される何かを見せた覚えはないんだけど。
「ちなみに中身は何?」
「え・・・?」
「いや、別に気になったとかそういうことじゃないんだよ。特にそう言う狙いでも何でもなく、今後こういう事があったら参考にさせていただきたいとかそういう事じゃなく、もし中身が何か知っていればとくに気にすることもなく預かれるからね」
「必死だな」
さつきさんの嘲笑が痛い。
「アクセサリー・・・ネックレスです。そんなに高価なものでもないんですけど」
「な、なるほど・・・」
さすがシュウ君。これで中2と言うのだから10年後が怖い。ていうか何気にブルジョワ?
「オーケイ、僕に任せておけ」プレゼントを卵を守る親鳥のように両手で大事に抱え込み、僕の部屋まで階段を上って引き出しの2段目に入れておく。