= 性 =
■性
僕はその言葉に一瞬驚いた。
そしてその事を理解するのに少し時間がかかった。
そんな僕の動揺がさらに彼女を傷つけてしまっている事にも気がつかなかった。
僕は何て言えばいいのかわからなかった。
すると今度は少しハッキリとした口調で彼女が話し始めた。
『ワタシね、本当は男なの。性同一性障害のニューハーフなの…
だからケンちゃんとごく当たり前のカップルになんかなれないの…
ごく当たり前のカップルのようにHだって出来ないし、結婚だって出来ない…
ずっと黙っててごめんなさい…』
僕は彼女を抱きしめる事しか出来なかった。
『ワタシは生まれた時から心は女の子で、体は男の子だったの…
でも家族も友達もそんなワタシを軽蔑して、、だから17歳の時に家出して東京に来たんだ。
住む所も無くてお金も無くなって、独りぼっちの時に今のお店にスカウトされて…
そこのお店の人は皆ワタシの事女の子として見てくれたんだ。
皆優しかったし、ワタシと同じ悩みを持った子がいっぱいいて嬉しかった。
そのお店っていっても風俗だけどね…
そこで働き始めて、整形して、毎月女性ホルモンを注射して、体も女の子に近づけたけど…
ちゃんとした性転換手術をしなきゃ本当の女の子にはなれない。
その性転換手術のお金を稼ぐために変態の性癖の相手をしてるんだよワタシ…
ケンちゃんみたいな人がそんなワタシを好きになっちゃだめだよ…』
彼女はきっと本気で僕と別れようとして全てを話してくれたのだろう。
僕は何て言葉をかければよいかわからなかった。
でも僕は抱きしめた手を離したくは無かった。
『今まで黙ってて本当にごめんなさい。。
好きな人と手を繋いでデート出来て幸せだった。
今朝起きてケンちゃんが横に寝ててキスしてくれて、
本当にワタシ幸せだった。こんなワタシだけど本気で人を好きになれて幸せだった…
でも本気で好きになった人をこれ以上騙す事なんか出来ない…、
ごめんね、ケンちゃん…手を離して…もう会うのはやめよう…』
彼女は僕の腕を振りほどくように立ち上がって僕に背を向けた。
彼女が真剣に話してくれたのに僕は何も言ってあげられなかった。
僕はまだ彼女が言った事が理解できずにいた。
『ケンちゃんの服そこにかけておいたから着替えて出て行って…早く…お願い…』
彼女はへたり込みまた泣き始めてしまった。
僕が動揺したまま彼女の前にいればいるほど彼女を傷つけてしまいそうで、
僕は服を着替えて彼女の部屋を出た。
でもそれは僕の逃げでしかなかった。
彼女の全てを受け入れられなかった僕の弱さでしかなかった。
それから僕は彼女の言っていた事を理解するのに随分時間がかかってしまった。
ニューハーフの人の事は知っていたけど正直テレビや雑誌の中だけの事だった。
性同一性障害という病気の事も僕なりに色々調べた。
性同一性障害という病気の人は沢山いて、でも世間でのその認知度は低く、
皆ナミのように悩み苦しんでいるという事。
男が女として働ける場所が極僅かで、その殆どが風俗関係である事。
性転換手術を受けるための多額のお金を稼ぐためにそういった仕事をしている事。
恋愛だけでなく、お風呂やトイレ、プールなど、
僕達がごく当たり前のようにしてきた事がごく当たり前に出来ずにいる事。
調べれば調べるほど、
僕達が普通の生活をしている中で性同一性障害の人達を知らない内に差別し生き辛くしている事がわかった。
僕がようやくナミの事を理解出来た時にはもう彼女を傷つけてしまった後だった。
なんで僕があんなにも彼女に惹かれたのか、ようやくわかった気がする。
今でも僕は彼女の事が好きだ。
彼女は紛れも無く女の子だ。
いや、もう男とか女とか関係ないのかもしれない。
とにかく僕は彼女の事を愛している。
僕はどうしてもそれを伝えたくて彼女のマンションに向かった。