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赤い満月の雫  作者: 月原 悠
こいごころ

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7/8

さだめ

房江はあの日のできごとから、廊下を歩く音が聞こえる度に心が揺れた。

その音は哲夫ではないかと、仕事中も気になり始めた。


哲夫は背たけも高く好青年であり、置屋では主に帳簿を付けるなどの仕事をしていた。

芸者の多くは哲夫に憧れをいだいており、房江もその一人であった。

哲夫はその頃、二十歳であった。


しかし、哲夫には以前から、縁談の話があった。

置屋と親しくしている藩士の娘との、いわば家だけのつながりのための婚姻話だった。


哲夫はこの婚姻話を快く思っていなかった。

藩士の娘は美津子といった。

美津子と哲夫は、まだ会ったこともなかった。


そして、哲夫は以前から房江のことが気になっていた。

房江が置屋の片付けをしていると、哲夫は毎日のように、さり気なく顔を出していた。

房江も会う度に、恥ずかしげに目をそらしていた。  


しかし、哲夫は決められた婚姻の話もあり、それ以上に話しかけることはできなかった。

房江も身分の違いを感じていたので、なおさらだった。

彼女にとって、哲夫は雲のような遠いあこがれの存在であった。

決して手に届くはずがないと思っていた。


ある日、房江が廊下を拭いていた時のことだった。

哲夫の部屋の奥から声が聞こえてきた。


「母上、私にはまだ縁談は早いです。もう一度考え直してもらえないでしょうか」

「何を言うの、あなたにとって、これ以上にええ話はないやろ。あなた、もしかして、誰か気になっている人でもいるんやないの?」

「いえ……」

「ほな、それで決まりやね」

「わかりました……」

「そうそう、それでええのや」


房江は抑えきれぬ想いを胸に、その場を離れた。

風鈴の音が静かに響いていた。

気がつくと頬から雫が浴衣に落ちた。

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