はじらい
年月が過ぎ、房江は十六歳になっていた。
奉公の仕事にも、少しずつ慣れていった。
それは、夜の片づけの時であった。
房江は客間の掃除をしていた。
上客をもてなした後の部屋で、広く、片付けにも手間がかかった。
房江は気を急がせながら、皿を下げていた。
その時だった。
後ずさった拍子に、大事な壺に触れてしまった。
鋭い音が響き、壺は無残に割れた。
大きく、鮮やかな色絵の壺であった。
女将の声が鋭く飛んだ。
「あんた、何てことしてくれたん。この壺がどれほど大事なもんか、わかってるんか」
女将は、たまたまそこに居合わせたのだった。
「この壺は藩士様から頂いたもんや。一体どうしてくれるの」
「申し訳ございません」
「房江、謝って済むことやおへん。そのくらい大事な壺なんや」
房江は何度も畳に頭をつけ、涙を流しながら詫びた。
肩は細かく震えていた。
その響く声を聞きつけたのか、そこに青年が現れた。
「母上」
「あなた、ここでは女将と言いなさいと、何度も申しているでしょう」
由緒ある家柄であったため、屋敷の中では、青年にも丁寧な言葉を使うよう言いつけられていた。
「申し訳ありません、女将」
「どうしたのです」
「この女中は、ふだんはよく働いております。どうか、お許しください」
「許すも何もあらへん。この壺は取り返しのつかんものや」
「私が藩士様のところへ参る機会がございます。その折に、代わりにお詫びしてまいります」
「それで済むと思うてはるの」
「はい。私と美津子様のこともございますので……」
「それ以上言わなくてよろしい。まだ決まったわけやおへんのやから」
「失礼いたしました」
「まあ、いずれはそうなるのでしょうけど。よろしいわ、あなたがお詫びに行くのなら、それで済むことにしまひょ」
「はい、私にお任せください」
女将は房江を見下ろし、冷たく言った。
「あんた、よかったなあ。哲夫があんたの代わりに、お詫びに行ってくれはるのや」
房江はただ必死に頭を下げた。
涙で畳がにじんで見えた。
「申し訳ございません……うちのせいで……」
すると青年が、やさしく声をかけた。
「お気になさらないでください」
「この御恩は、必ずお返しいたします」
「そんなことは気にしないでください」
その声は静かで、どこかあたたかかった。
責めるでもなく、ただ房江の震えを包むような響きであった。
慰めるように言い残し、青年は自分の部屋へ戻った。
彼は女将のひとり息子で、後継ぎでもある哲夫という名だった。
以前から、健気に働く房江のことを、どこか気にかけていた。
房江の胸には、その夜の声とまなざしが長く残った。
思い返すたび、恥じらいに似た淡い熱がよみがえった。
この作品は完成しておりますが、文体と表現を磨くために、少しずつ連載していきます。
ご了承いただけますと幸いです。




