置屋
馬車から降りると、房江は驚いた。
そこには色鮮やかな建物が並び、見たこともない町が広がっていた。
提灯の灯りが、あちこちでぼんやりとともっていた。
青森の小さな村とは、まるで違っていた。
嘉助とも別れの時が来た。
短い間であったが、房江を可愛がってくれた。
そのぬくもりにふれると、房江の胸にふるさとの気配がふとよみがえった。
馬車から降りると、置屋の女将が出迎えた。
房江は、そこで奉公することになっていた。
「嘉助はん、お疲れさま。あらまあ、今日来た娘は器量がええやないの」
「そうでしょう。女将」
「これやったら、立派な芸者になるやろなあ」
「そうですな。皆、器量のええ子ばかりですよ」
「いつもありがとうねえ、嘉助はん。これ、取っとくれやす」
「ありがとうございます」
嘉助は礼金を受け取って去って行った。
その後ろ姿が見えなくなると、房江はひとりになった気がした。
華やかな町であった。
けれど、目の前にいる女将の姿は、笑っているのに、
目の奥だけが少しも笑っていないように見えた。
狐の面をかぶっているようで、房江にはどこか怖かった。
女将は房江に話しかけた。
「今日から、あんたはここで寝泊まりするんやよ。
部屋も広うてあったかいし、ご飯もたらふく食べられるさかい、安心しなはれ」
「うん」
「うんやあらしまへん。これからは、はい、言わなあかんのや」
「はい」
「そうそう、頭のええ子やこと。さあさあ、中にお入り」
「はい」
女将に連れられて、房江は自分の部屋へと向かった。
一人で住むには十分であった。
中には小さな囲炉裏まであった。
その囲炉裏は青森の実家とは違って立派で、そばにはみかんがおいてあった。
房江はそれを口にした。
甘さが口の中いっぱいに広がった。
馬車の冷たい空気の中から抜け出るようであった。
けれど、その甘さまで、どこか知らない家のもののように思えた。
部屋には小さな窓もあった。
房江はしばらく外の景色を見た。
五つに重なった塔や立派な家が立ち並び、灯りの彩りの美しさに驚いた。
青森の小さな村とはちがった。
明日から奉公が始まることになっていた。
不安もあった。
部屋の中は温かかったものの、家族はいない。
一人で過ごしていかないといけないと思うと、胸の奥がうずいた。
到着した夜は不安であった。
なかなか寝付けなかった。
壁にあった鬼の面が、房江にはひどく恐ろしく見えた。
夜は長かった。




