淡雪
時はさらに、房江の幼い頃へとさかのぼる。
春の訪れはまだ初々しく、淡雪の降る青森の小さな町で、
房江は明治の終わりごろに生まれた。
からだはやや小さかったが、産声はたしかだった。
末娘であった。
両親と五人の兄妹に囲まれ、大切に育てられた。
成長するにつれ、器量の良さはしだいに目立つようになった。
兄妹の喧嘩も少なくなかったが、房江は控えめで優しかったため、
争いの中へ深く入ってゆくことはなかった。
それでも、家の中にはどこかぬくもりが残っていた。
やがて、小学校へ通うことになった。
ろくにお弁当も持ってゆけぬ日もあった。
布に包んだ空の弁当箱だけを持たされることもあった。
おとなしい子だった。
それで、いじめられることもあった。
「房江、今日も弁当はないのか?」
「そうよ」
「お前の家は貧乏だからな」
「そんなことはないわ」
「もう、そんなに言わないで」
「おれの弁当の梅干しでもやろうか」
「いらないわ」
房江は黙っていた。
貧しさは深く、一日に一度しか食べられぬ日もあった。
父はからだが不自由で、母は病気がちであった。
やがて、その家に不幸が落ちた。
姉は、ろくに食べることもできぬまま死んだ。
父は途方に暮れ、囲炉裏の火を見つめたまま、
長いこと口を開かなかった。
火だけが、赤く揺れていた。
そんな折、嘉助という男が現れた。
房江の器量を見込んで、京の町へ奉公に出す話を持ちかけた。
房江の父は、家族のことを思い、房江を奉公に出すことにした。
まとまった金も入るのであった。
かわいい娘であった。
手放すのはつらかった。
しかし、それよりほかになかった。
房江は、父の前では何も言わなかった。
雪の降る庭を、ただ見ていた。
雪が降っていた。
その雪までが、どこか暗く見えた。
貧しさは深かった。
その苦しさには果てがなかった。




