1/2
プロローグ
老いとは儚いもので、深い山に沈みゆく夕日のよう。
京都のある老人ホームに、房江はいた。
腰も、いつしか深く曲がっていた。
もう、記憶もあやふやになっていた。
夕暮れの色が窓辺に滲むころ、房江は決まって職員に言った。
「そろそろ、おいとまさせていただきます」
「房江ちゃん、おいとまって何?」
「そろそろ、行かないと哲夫様がお待ちになっております」
「哲夫様って誰? それに房江ちゃんのおうちは、ここの老人ホームよ」
「いえ、満月の夜に、赤い橋の上で哲夫様が待っていらっしゃるのです」
雨が降っていた。
その雨は涙色のまま、やがて雪に変わり、房江の黒髪に白く積もっていった。
房江は拭わなかった。
赤い橋の上で、ただ哲夫を待っていた。
満月の夜であった。
月の光は静かに房江を覆っていた。
「房江さん、お待たせしました。ほんまに申し訳ありません」
「哲夫さん、もう来ていただけへんのやないかと思うておりました」
「さあ、この赤い橋を渡って行きましょう」
「ほんまに大丈夫どすやろか?」
「この橋を渡った先には、私たちの行く先がおます」
「はい……」
吐く息は白かった。
房江は小さくうなずいた。
そして、哲夫とともに赤い橋を渡っていった。




