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もう一つのカギ 2

 残り2秒。そう確認したのと、朔弥君にお姫様抱っこされたのは同時だった。

 命の危険が迫っているからか、朔弥君に、初恋の人にお姫様抱っこされているからか、心臓はありえないほど脈打っている。


 残り、1秒。


 すべてがスローモーションに見える、わたしの心臓の音しか聞こえない世界。

 だがそれば次の瞬間に壊される。


 残り、0秒。


 そう確認したのと、朔弥君の足が床から離れたのは同時だった。


 ズガガガガアアアァァァァァァァアアン!!!!!!!!!


 ガチャン!ガガガ!ドゴオオォォオン!!!


 ぬいぐるみを力一杯抱きしめて、目を閉じた後に爆音が耳をつんざく。今迄に聞いたこともないような音と振動を体すべてで感じながら、閉じていた目をゆっくり開ける。

 抱えていたぬいぐるみの感触と共に、光が視界へと戻ってくる。

 何度か瞬きをして、固く閉じていたせいでぼやけた視界がはっきりしてくる。1番先に視界に映ったのは地下室の入り口。そこからパラパラとコンクリートの破片が地下室に落ちてくる。それからわたしを覗き込む8人の顔が目に入った。


「さ、さゆ、さゆな、さん!無事で、良かったです!」


「ホント。いきなり飛び出していったときは何事かと思ったよ」


 自分の事のように涙を流す茉莉彩さんと、呆れたように笑う花鈴さんを皮切りに、私を覗き込んでいた全員が安堵の息をつくとともに呆れたように笑みを浮かべる。


「まったく、あんたは普通の人間なんだからボクたちに任せたらいいのにね」


「鈍くさそうな貴女より、鍛錬を積んでいる私たちの方が優雅にできるものよ」


「今日初めてお会いしますが、あなたの無鉄砲さには呆れました」


「だがお主の心意気には感心したぞ!」


「そうだね。ワタシもキミに惚れそうになったよ」


 まさか、殺し屋の彼らに、これまで幾人の命をその手で奪ってきたか知れない彼らに、私1人の命が心配されていただなんて思わなくて、胸にこみあげてくるものがある。

 ただの、何の取柄もない普通の人間の私を心配してくれる彼らが、なぜ殺し屋などと言うものを生業としているのか。新な疑問が生まれつつも、口を開いて震える声を抑えつつ言葉を紡ぐ。


「あ、ありがとう。皆さん、ありがとう、ございます。ご心配を、おかけしました」


 口にしてから自分がしていたことの恐ろしさを実感する。一瞬とはいえ、押しつぶされるときはかなり痛く感じるだろう。いや、痛くはなくても、押しつぶされる瞬間は酷く恐ろしく感じただろう。数秒前まで死ぬことへの恐怖は感じていなかったのに、今更になって、もし押しつぶされていたらと恐怖に体が震える。


「‥‥‥まったく。本当に心配した。なんともなくて、良かった」


「あ、朔弥君。ごめんなさい‥‥‥ありがとう」


 彼がいたから私は今こうして生きている。迷惑をかけてしまった申し訳なさと、助けてくれた感謝の気持ちがたくさん溢れてきて止まらない。

 泣きそうな顔で笑う彼の顔を見て、安心してこわばっていた体から自然と力が抜ける。


「んん!それよりもさ、早く脱出しようよ。新しくわかったことでもあるんでしょ?」


 ミニスカの少年が咳払いをしたことで、私が未だ朔弥君に横抱きにされたままなことに気づく。


「あ、朔弥君、ごめんなさい」


 慌てて彼から降ろしてもらって、床に転がるぬいぐるみの1つを拾い上げる。そして宝石を示して告げる。


「たぶん、脱出するためには、これが必要になると思います」


 

 ぬいぐるみと、そこについた宝石はどう上まで持っていこうとなり、ぬいぐるみなら持ったままでも上がっていけるだろうとなった。それぞれの誕生石のかかっているぬいぐるみをもって、天井の落ちてしまった部屋に戻ることになる。茉莉彩さんと花鈴さんは史埜さんの持っていた紐で背中におぶっている。

 どうやったものなのか、落ちてきた天井には、初めにあった地下室の入り口と同じくらいのサイズの穴が開いている。


「あ、これはどうしたらいいかしら?」


 今度は女性が最後の方がいいのではとなり、男性が上がっていくのを眺めていたら、白蓮さんがカバンを見下ろす。初めはカバンを落とすことで入れることはできたが、ぬいぐるみもある今持って上ることは難しい。

 それに今は入り口となっている、天井に空いた穴はもとまたあった入り口と同じだ。茉莉彩さんのスーツケースはまた通らなくなるだろう。


「それならわたしの縄を使うといいよ」


 そう言ったのは史埜さんだ。


「そうね。お願いするわ」


「私のスーツケースは、やっぱり持っていけませんね」


「それならまた上がった時に入り口を広げるから安心するがいい!」


「わぁ、テツさん、ありがとうございます!」


 なんだか試験開始直後よりもみんなが仲良くなっている気がする。私以外は顔見知りだったようだが、お互いを気にしないという雰囲気から、助け合うという絆が生まれたように思う。


「咲雪花、これを腰に巻いておくか?」


 みんなのやり取りを微笑ましく見つめていたところで、朔弥君から声をかけられる。差し出されたのは、彼が着ていたジャケットだ。


「え?大丈夫、ですよ?」


「だが‥‥‥」


 彼が向けた視線の先は、私のスーツのスカート。見ればさっきテーブルに引っ掛けたせいで、屈むとお尻が見えそうなくらいになっている。


「あ……そう、ですね。ありがとうございます」


 屈まなければいいのだけれど、1部とはいえ短すぎるからないよりはあった方が安心できる。

 素直に朔弥君から彼のジャケットを受け取って腰に巻く。


「必ず弁償する」


「いいですよ、これくらい。助けてもらっただけで、十分です」


「だが、」


「じゃあ、もしお互い無事にすべてが終わったら、聞きたいことが1つだけあるんです。それでもいいですか?」


「‥‥‥わかった。約束だ」


 頷いて上へと戻る梯子を上っていく朔弥君を見守る。

 昨日までは彼がどこで何をしているかなど全く知らなかったのに。10年前のある日を最後に顔を合わせてもまともに話せなくなったのに。そんなこと夢の中の出来事だったのではと錯覚してしまうほど、昨日までも普通に接していたように普通に彼と話すことができた。

 私の、ピンクダイヤモンドのクマを抱きかかえて、まだ試験は終わっていないのに彼と約束ができたことで緩みそうになる口元を隠す。


(ダメダメ。まだ終わってないんだから)


 深呼吸をして穴を見つめる。すでに朔弥君は登り切って、今は茉莉彩さんが上っているところだ。


(絶対に、みんなで脱出する!)


 試験時間終了まで、残り7分9秒。

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