地下室 1
まだ15分はあるけれど、もし予想が外れていれば初めから考え直さなければならない。それでも焦りは禁物だと心に言い聞かせてぬいぐるみを胸に抱く。なんだなんだと8人の殺し屋たちが集まるのも今は気にしていられない。
部屋の中央に、不自然に置かれている椅子の前に行き、1度ぬいぐるみを床に置く。
椅子は数本の脚がついているものではなくて、丸太状の円柱のものだ。私の膝くらいのそれは、近くで見ると椅子とは言えない。直径1メートルあるだろうそれは、持ち上げられそうな取っ手もついていないから押して見るがびくともしない。
「何?それどかしたいわけ?」
「そう、なんですが、ビクともしません……」
ミニスカートの男の子の声が頭上で聞こえる。私の仮説が正しければ、この下に扉があるはずだ。
「はあ、そんなやり方じゃダメだよ。ただどかすだけでいいんだよね?」
「はい。その筈です」
頷くと、男の子は腰を落として椅子を押し始めた。私が押した時は動く気配すらなかったのに、見る見るうちにその下にあった物が現れる。
「何これ?なんかあるんだけど」
(やっぱり!)
「ありがとうございます!」
想像していた通り、椅子の下には1辺70センチくらいの正方形の、扉があった。扉を開けると、その20センチほど下に小さな穴が開いている。ぬいぐるみにかかっているワイヤーから、慎重に宝石を外して穴に埋め込む。
(やっぱり、ぴったり!)
そう思ったと同時に、部屋の中が小刻みに揺れる。ゴゴゴゴゴ‥‥‥!と音を立てて現れたのは、地下室だ。これも想像通り。
「皆さん、急いでここに入ってください!」
覗き込む限り中は広いけれど、入り口となる穴は60センチメートル。体格のいい男性には少し狭いかもしれないけれど、全員通れるはずだ。
「なんで地下室?この部屋から出ないといけないのに、更に奥に行くわけ?」
「いいから!説明はあとでします!今は急いで!」
時間はまだ10分以上ある。それでもモタモタしていればあっという間に過ぎてしまう。
焦りに自然と声が大きくなってしまう。こんな所で時間を食っていたら、助かるものも助からなくなる。
「‥‥‥わかったよ。なら女性から降りた方がいいんじゃない?」
私の焦りが伝わったのか、少したじろいたようにミニスカの男の子が1歩下がる。
なぜ女性から?と疑問を持ったけれど、すぐに納得した。彼は私のスーツのスカートに目を落としていた。
「僕は別に気にしないからさ」
「それもそうね。じゃあ私から行くわ。あ、私が下りたらこれを下に落としてくれないかしら?」
まず名乗りを上げたのは銀髪の女性だ。そして彼女が差し出してきたのは1つのバッグ。いつの間にかチェーンソーは中にしまったらしい。バッグの中には、これまで何人もの人を切り刻んできたチェーンソーが入っているとは分かっているけれど、今はみんなが無事に中に入ることしか考えられない私は躊躇うことなくそれを受け取った。
(これくらいのサイズなら、ギリギリ穴に入る、かな?)
まもなくチェーンソーの女性が地下室にたどり着いて、カバンを受け取ったことを確認してから、次に入るのは茉莉彩さん。チェーンソーの女性が地下室へと続く梯子を下りている間に、自然と順番が決まっていた。
「あの、咲雪菜さん。私もこれを持っていきたいん、ですけど‥‥‥」
躊躇いがちに彼女が渡してきたのは彼女が肌身離さず持っていた大きなスーツケース。私は先に降りたチェーンソーの女性のように、それを受け取りたかった。だが問題があった。
穴の大きさは60センチメートル。スーツケースは見るからに穴よりも大きい。縦向きにしても、入らない。
「えっと、ごめんなさい。それは入らないかも、しれないです」
「‥‥‥そう、ですよね。無理を言ってすみません」
肩を落として落ち込む彼女に、何もできないのがもどかしい。どうにか、中に入れる方法はないのか?
「ちょっといい?うーん、このくらいならテツさん、いけるんじゃない?」
「ム、それは誠か。おーい、白蓮殿!少し気を付けてくれーい!」
花鈴さんが床に触れてテツさんと呼んだ人、体格のいい男性を見上げる。両腕を組んでいた彼は穴に近づいて確認すると、中に向かって叫んだ。銀髪の女性は、白蓮さんというらしい。
「ふんぬ!!!」
何をする気だろうと彼に注意を向けていると、彼は掛け声とともに拳を床に向かって振り下ろした。
「‥‥‥え?」
パラパラと、薄いせんべいが砕けるようにあっけなく床は崩れてしまった。そして穴のサイズは2メートルほどに広がった。
(え、これって、鍵になる宝石がなくても、この人がいたら簡単に脱出できたんじゃない?)
唖然とする私をよそに、床を破壊した張本人は何でもないことのように茉莉彩さんに向きなおる。
「これくらいなら入るだろう!さあ、急ぐがいい!」
「テツさん、ありがとうございます!」
笑顔で頭を下げた茉莉彩さんは、スーツケースをテツさんに託して穴の中に消えていく。穴の中からは「ちょっと!気を付けてだけじゃなくて何をするか言ってちょうだい!」と白蓮さんの文句が聞こえてくる。私以外は、彼が床を破壊したことに何も驚いていない。
その後はたいした事もなく、最後のひとり、床を破壊したテツさんという男性が地下室に入ってきてようやく私は肩の力を抜くことができた。
花鈴さんや史埜さん、男性陣は梯子を使わずに難なく飛び降りたことに私が驚いたくらいだ。
「それで、そろそろ説明してくれてもいいんじゃない?」
全員が地下室へと避難して、ミニスカの男の子が口を開いた。元よりそのつもりだった私も頷いて応じる。
「まず私が気になったのは、部屋の中央に置かれた1脚だけの椅子です。椅子には脚がなく、円柱状のものでした。当然その下にある床は見えません。9人いるのに椅子は直径1メートルほどの、無駄に大きなものだけ。明らかに床を隠すために置かれていると思いました。
それからぬいぐるみ。初めは10体いることに何も疑問を持ちませんでしたが、それぞれの誕生石が用意されていると知ってから10体いるのはおかしいと思いました。そのことから残りの1体はこの地下室へと続くカギになるのではと考えました。‥‥‥冷静になって考えてみれば、本棚に鉱物の図鑑が多かったのはそこからそれぞれの誕生石を調べて残る1つの宝石を見つけなさいってことなんでしょうね。時間がありませんでしたので、詳しい方がいらっしゃって助かりました。
最後に、わたしが気になったのは時間です。初めアナウンスでは試験時間は60分と告げられましたが、直後にモニターに表示された時間は50分です。この10分の違いは何だろう。初めはアナウンスする方が間違えたのかと思いましたが、そんなはずはありません。
そこで私が考えたのは、試験内容は2つあるということです。1つ目はモニターに表示された時間内にさっきいた所からここ、地下室へと脱出すること。そして2つ目は、すべてが終わってから、残りの試験時間内に外へ出ることです。
地下室に避難してから、天井が落ちてくるのを待つ。そして天井が落ちた後に、上の部屋に本当の脱出口が出てくるんです」
ここまで頭の中を整理しつつすべてを説明し終えて、ようやく詰めていた息を吐きだした。
時間は、あと5分くらいだろうか?あと5分もすれば天井は落ちてくる。
「やっぱり、咲雪菜さんすごいです」
シンと静まり返った空間で、1番に口を開いたのは茉莉彩さんだ。感心したように見つめてくる彼女の視線に照れくささを覚える。
「ほらね、彼女に任せて正解だったろう?」
そして次に考え込んでいた朔弥君が満足したというように笑みを浮かべる。なぜ朔弥君が誇らしげなのだろうと思ったが、そういえば彼に勧められてここにいる設定だったと今更思い出した。
「ふん。まあ、少しは役に立ったんじゃない?」
ミニスカの少年は私と目を合わせないけれど、認めてくれたようだ。他の人たちも顔を見る限りそうだと思う。
「あ、でもわからないこともあるんですよね。なんでわざわざぬいぐるみを用意して宝石をかけていたのか、とか。お金をかけてまでそれぞれの誕生石を用意したのに、正解は何も関係ない宝石だったのはなんでだ、とか。天井が落ちてから試験終了まで10分も必要なのかな、とか。もし天井が落ちた後に10分間以内にまた脱出のカギを探せって言われたら、どうし、よう‥‥‥って‥‥‥?」
そんなことがあるだろうか?いや、あるはずだ。地下室の鍵があったのに、天井が落ちてきた後に出来る脱出口には鍵が必要にならないなんてことの方があり得ない。
「咲雪花さん?」
考え込む私の耳には、不思議そうな顔をしている8人は視界に入らない。8人の視線を集めていることなど気づくことはなく、思考は脳内を駆け回る。
それに何かを忘れている気がする。そういえば、お題は脱出することだけではなかった。確か、
「命と、等しいものを守り、それを持って、脱出?‥‥‥まさか!」
時間は、あとどれくらいだろう?ううん、考えている時間が惜しい。
考えるより体を動かせと、梯子を上り始めた私をぎょっとしたように見つめる8人の視線は気にならない。何か声をかけられている気もするけど、耳に入らない。
部屋に戻ってモニターに目を向けると、時間は残り2分もなかった。
(お願い。間に合って‥‥‥!)
試験終了まで残り11分28秒。天井が落ちるまで、残り1分28秒。




