カギ 2
「この宝石、本物なんですかねぇ」
考え込む私の隣で、クマを見つめていた茉莉彩さんが首をかしげている。大分私にも慣れてきたようだ。初めは途切れ途切れだった言葉も、今はするっと出てきたように感じる。
「うーん、あ!宝石ならジョーさんが詳しいよ!ジョーさん!ちょっと来てー!」
「なんですか、何かわかったんですか?」
座り込んで談笑していた1人が立ち上がって、ゆったりとした足取りでこちらに向かってくる。花鈴さんが呼んだ人物は、黒髪の長髪の男性だ。さっき鉄パイプで壁を殴っていた人。
「いや、わかんないけど、これが本物か見てほしいんだ!わかる?」
長髪の男性、ジョーさんは両手に白手袋をつけて1つ1つ観察し始めた。最後のぬいぐるみの石まで見終わって、彼が口にした言葉に私は身体を固くしてしまう。
「すべて本物ですよ。中にはオークションで億がついてもおかしくはないものもあります」
小学3年生の頃に父が亡くなってから母子家庭で、1年前に母が亡くなってからも妹となんとか暮らしてきた私にとって、億と聞いた時にどれほどのものなのか咄嗟に理解できなかった。
そんなものがここには10個ある。それも試験の道具として。
「それともう一つ気になることが。朔弥、あなた誕生日は8月11日でしたね。それから花鈴は4月23日ですね」
「そうだね」
「よく覚えてるねー」
「記憶力には自信がありますので。気になった事ですが、こちらのブルームーンストーンは8月11日の誕生石、このルビーは4月23日の誕生石なんです。私は12月25日ですが、誕生石はエメラルド。右から2番目のものですね」
もしかして、ここにある宝石は受験生の誕生石ではないだろうか?ただそれならなぜ10個あるのだろう?
「あの、私は2月4日です。私の誕生石もあるんですか?」
「ああ、ありますね。こちらのレインボームーンストーンです」
茉莉彩さんの誕生石もあるようだ。つまり、
「私は9月30日です」
「それならこちらのピンクダイヤモンドですね」
やっぱり!ここにあるのは、受験生1人ひとりの誕生石だ。となると、1つの仮説が生まれる。
モニターを見ると、残り時間は20分を切ろうとしている。一か八か、賭けてみよう。
「すみません、皆さんの誕生日をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「それって今必要な事?」
「必要かもしれませんし、必要ではないかもしれないです」
知らない人間には教えたくないんだけど、と溢すミニスカの男の子に、焦ってそっけない声が出てしまう。けれど今はそのことを謝る時間すら惜しい。モニターに表示された数字は20分を切ってしまった。まだ時間はあるが、間違っていたら初めから考えなければならない。
「俺は5月8日だぞ!」
「‥‥‥私はこいつの2日前よ」
体格のいい男性が躊躇いもなく教えてくれたことで、銀髪の女性もそれに続いた。それを見たミニスカートの男の子はしょうがないというように頭をかいてため息をつく。
「ボクは3月3日」
正直に答えてくれたことに安堵しつつ、最後の人、史埜さんに目を向ける。
「あー、ワタシ実はわかんないんだよね」
「え?」
史埜さんは申し訳なさそうに眉を下げて頬を掻いている。
「ワタシ、孤児なんだよね。生まれてすぐに捨てられてさ、いつ生まれたっていう正確な日にちがわかんないの」
(そんな。ここまできて)
残った宝石は2つ。淡いピンクの宝石と、澄んだ空色の宝石。ここまで分かったのに、このどっちがカギになるのかわからないなんて。
でも2択まで絞れたんだ。時間はあるし、どっちを試しても良いんじゃ無いか?いや、下手なことはしない方がいい。もし違っていたら、何が起きるか分からない。
「どっちが、答えなの?」
途方に暮れて、申し訳なさそうにする女性と、2つの宝石を見比べる。そんなことをしても分かるはずがないのに。
「あら?あなた誕生日は10月じゃなかったかしら?」
「え、そうなんですか?」
銀髪の女性が史埜さんを見つめて首をかしげている。ここにきて、まさかの救世主だ。
「あー、ホントの誕生日はわかんないけど、たぶんこのくらいかなって言っている日ならあるよ。それでよければ」
「それは!いつですか?!」
「10月2日だよ」
「これですね。モルガナイトです。残ったのはこれ、パライバトルマリンです」
ジョーさんが残りの石を指し示す。澄んだ空色の宝石だ。
「これですね!ありがとうございます!」
カメラがついていることなどどうでもいい。ジョーさんからぬいぐるみごと受け取って、初めから気になっていた場所に向かう。時計に目をやると、残り17分。
(お願い、当たっていて‥‥‥!)
天井が落ちるまで、残り17分3秒。




