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夢を捨てた夜に

 依頼は手紙で。

 この季節だけの特別サービス。

 真っ白な便箋に思いをしたためて、桜の切手を貼って、近所のポストへいれるだけ。


 そして、真夜中、狐はやってくる。


 眠れない私はパジャマのままベッドに腰掛けていた。


「ご依頼ありがとうございます」


 整えられた薄茶色の毛並みの狐は二足歩行で私の前に立つと、恭しくお辞儀をした。


「さあ、こちらへ」


 狐が私の部屋を出ると、そこには月明かりに照らされた田園風景が広がっていた。狐は畦道を赴くままに歩き出す。私は従順に後についていく。

 やがて、川沿いに桜の木が現れた。


「ここです」


 狐はその木の下で私に振り返る。


「さあ、思いを桜に託してください。どんなに手放し難い思いも、この手放し屋の魔法にかかれば断ち切ることができますよ。花びらと共に舞い散るでしょう」


 私は小さく頷いた。

 そして、そっと桜の幹に手を触れる。


「どんな思いを手放すんですか?」


 狐は狐なのに機械的に言う。決まり事だから決まり通りの台詞を決まった抑揚で吐き出すのだろう。私も逆らわずに答える。


「あきらめることにしたんです」


「何をですか?」


 夢を。

 言いかけて口を噤む。

 心の中に溢れてやまない夢がある。どうしたって止めることができない。それなのにそいつは口から吐き出しすと汚い劣等感に変わってしまう。

 心の中ではどんな宝物より綺麗だったのに。

 冬の夜に山で見た星空とか、南の海の晴れた日の海とか、春にツバメを初めて見た時とか、そんなキラキラに似ていたのに。

 手のひらに乗せた途端、ただの排泄物に変わる。

 他の誰かは上手くやっているのに。

 誰が見ても綺麗なものを描いて、見た人は心が軽くなったり、優しくなったり、柔らかくなったりするのに、私の夢はどうしてこうも汚くて、強張っていて、人を寄せ付けないんだろう。

 だったら、もう、解き放ってやろう思った。


「どうせ叶わない。身の程知らずのゴミみたいな夢を捨てに来ました」


 桜の花は強い風に吹かれて散っていく。葉桜へと姿を変えていく。


「綺麗ですね」


 狐は桜の梢を見上げていった。


「とても綺麗ですよ」


 狐の姿は篝火に代わり、真夜中を照らす。 

 泣き濡れた私の頬まで映し出す。


 月が見下ろす濃紺の夜空で、桜の花は燃えるように咲いていた。

 

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