第8話 この壁を越えられるか!?
彩花
「ほー!なるほどな!」
夜のブルペン。悠太の指導で彩花は打撃改善の手応えを掴む。美咲が悠太の受け売りとして間接的に伝えるよりも、この方がよっぽど効果的だったご様子。
悠太
「お役に立てたようで何より。しかし、ただでさえ美咲が増えただけでリスクがあるのに、3人は流石に危なくねぇか?」
美咲
「あら?門限破りのこと?あなたにだって出来たのだから私たちは問題なく出来るわ。」
軽く悠太を煽る美咲
悠太
「何だと!いやいや、それだけじゃなくてよ…そのー俺と話しちゃダメってなってんだろ?1年は。」
彩花
「あーそれなぁ。確かにアンタは唯一の男子で目立っとるけど、ただどうも同じクラスメイトで同じ部員なのに一切話せへんのは歯痒かったんよ。」
悠太
「じゃあ副キャプテンに逆らう気か?」
彩花
「いやぁそれもなぁ、悠太には悪いねんけど、あの副キャプテンも怒ったらおっかなそうやからなぁ。まぁでもこんな感じでちょくちょく話せたらええなぁって思てるで。」
悠太
「ちょくちょくって、また来る気か!」
彩花
「へへへ!」
ニヤニヤ笑う彩花
美咲
「いいじゃない。アンタ、入部当初は女子のこと見下して舐め腐ってて最悪だったけど、いざこうやって話してみるとそんなに悪いやつじゃないし。」
悠太
「悪いやつって何だよ!…あ、いや、お前らにはそう映ったか…すまん…。でもこうやって腹割って話すと、俺も女子野球のこと、色々知らないことが多かったな。」
悠太の言葉を聞き微笑む2人
彩花
「じゃあ!こんな風にこれからもお願い聞いてくれるか?」
悠太
「あぁ。くれぐれもバレないようにだけ、気をつけろよ。」
そして次の日の夜のブルペン。
結衣
「よろしくお願いします!」
エマ
「シマス!」
悠太
「待て待て待て、何で増えてるんだ!?それも2人も!」
彩花
「えーいいじゃーん!減るもんやないしー」
悠太
「いやだから減ってなくて増えてんだよ!ってやかましいわ!」
美咲
「ちゃんと2人ともあのトリックは使ってるわよ。」
悠太
「んーにしてもなぁ…リスクが高いことに変わりないし…。」
彩花
「大丈夫や!アンタに教えてもらえる分、アンタに迷惑かからんように上手くやるて!やからほら!さっそく2人に教えたってや!守備!」
悠太
「分かったよ…ん?守備!?」
美咲と彩花に向かって話す結衣
結衣
「ほらー!やっぱり守備は難しいですよ!悠太くんのポジションは投手ですよ!?私、外野手ですし…。」
エマ
「ワタシは内野手デスネ。」
美咲
「でもあなたなら教えられるでしょ?天才選手さん?」
悠太を煽るように美咲が言う。だが悠太はあっけなく答える。
悠太
「あぁ出来るぞ。」
美咲
「フフ!やっぱりいくら最強でも難し…ってええ!?出来るの!?」
悠太
「シニアリーグ時代に一通り全部のポジションは経験した。そんでたまたま投手がいなかったから投手になったら上手くいったってだけかな。監督からは悠太が9人いたら化け物みたいなチームになるとか言ってたし、女子レベルなら多少なりコーチングは出来るだろ。多分。」
悠太の発言に愕然としている4人の女子
美咲
「ごめん。普通に引く。」
悠太
「言ったそばからドン引きは傷つくわ!あと俺からお前に捕手の守備で教えることは何もないから安心しろ!」
美咲
「誰が教わるか!」
結衣
「で、でも!本当に教えてくれるならすごいです!ぜひ、よろしくお願いします!」
こうして、結衣とエマにそれぞれ守備を教える悠太。翌日の日中の練習では美咲、彩花に次いで悠太のアドバイスの効果が現れ始める。それを日に日に実感する美咲たち、もっと良くなりたいと思う彼女たちの飽くなき向上心は、日中の練習中も手が空いてる悠太を捕まえて、葵らがいない隙にこっそりと教えを乞うほどだった。
その様子は他の同級生の1年にはバレるものの、もはや1年生たちには隠すつもりもなく、むしろ名コーチ高橋悠太をどんどん同級生に広めていく美咲たち。そして、葵ら上級生の監視下でないからと部活以外の学校生活では、悠太は普通にクラスメイトの女子部員と会話をするようになった。
2年生にはバレるまいと警戒しながら1年生は悠太に教えを乞うも、2年生に比べて個人で練習する割合が高い3年生を全員警戒する難易度は高い。とある日中の練習中、ブルペンの裏側で、ついに凛が悠太と美咲が会話しているところを遠目で目撃した。そこに、同じ3年生で凛の親友の林美穂が駆け寄る。
林美穂(3年1組 ポジション:センター 出身地:兵庫)
「おつかれー凛。何見とるん?あ!美咲ちゃん!あの男子と喋っとる!こりゃあ葵副キャプテンが見たらなんて思うんやろなぁ。」
凛
「美穂、葵は1年女子部員たちに彼、悠太との接触を禁じているが、このように彼女らと悠太の距離感は日に日に変わっていってる気がするんだ。」
遠目に美咲らをじっと見つめながら考え込む凛
凛
(やはりあの門限破りの一件…悠太が美咲を庇う行動は妙だと思っていたが、恐らくその夜をきっかけに1年生内で何かが変わったのだな。その証拠に、その日から彼女らのパフォーマンスも良い…。)
凛
「どれどれ…」
美穂
「あ!凛!」
凛は会話をしている悠太と美咲に近づこうとする。凛の接近に気づいた悠太と美咲。美咲は慌てる。
美咲
「わ!わ!キャプテン!すみません!今戻ります!」
凛
「あー構わない構わない。今は1年はバッティングの順番待ちだろう?で、彼にアドバイスを聞いていたと。」
申し訳なさそうに俯く美咲
美咲
「…はい。」
その様子を見て笑いながら答える凛
凛
「ハハ!そんな顔をするな美咲!私は葵のようにその行動を咎めはしないぞ!むしろ目に見えるようにバッティングが向上してるからその秘訣を知りたかったんだ。」
悠太の方を見つめる凛
凛
「コーチング、上手いんだな。」
悠太
「いや、大したことはして…」
凛に答える悠太を悔い気味に遮る美咲
美咲
「彼の指導!本当にすごいです!普段こんな感じだけどちゃんと理論に基づいているというか再現性があるというか、私は感覚派だから同じように友人に伝えてもなかなか上手くいかなくて…」
悠太
「…おいおい。」
美咲の熱弁を聞いて腕を組んで感心する凛
凛
「へぇ…そんなに…ならば悠太!私にも打撃を教えてくれないか?」
凛の一言に驚く悠太、美咲、そして近くに寄ってきた美穂も。
美穂
「ええんか?凛?」
凛
「そこまで効果的な彼の指導内容が気になる。あぁ…葵のメンツもあるだろうから彼女に内密にな!良いだろう?悠太!」
悠太
「…あんたがそう言うなら別にいいけど…」
こうしてピッチングマシン相手の凛のバッティングを見る悠太。バッティング中は特に悠太は何も言わず、30球程度打った後に凛の方から悠太に問いかける。
凛
「どうだった?」
悠太
「…正直言って、女子野球の範疇ならあんたのバッティングは非の打ち所がない。直球はもちろん変化球対応も良く、球の軌道が読めていて、フォームは頭も動かさずに無駄な動きは少ない…流石キャプテンと言ったところだ。」
凛
「ハハ!入部当初にあれだけ悪態をついてたとはいえ、世代最強選手にそこまで褒めて貰えると少し照れくさいな!」
悠太
「あぁ、やはり1年と3年だとだいぶ違うな。ただ…俺に言わせりゃもう少し直したい部分はあるっちゃある。だが現状のアンタのそのバッティングで女子野球トップクラスの成績が出せてる以上、俺が何かを言って良いものかどうか…」
美穂
「あーその話…」
美穂が近づいてくる。
美穂
「葵が最初に1年生を悠太から遠ざけるために言ってたな。男子と女子で違うから結局参考にならないって。」
悠太
「俺もその意見には同感だ。だから必ずしも俺の技術が他を上回っているからと言って、俺の指導により改善する訳ではない。むしろ変な助言で悪化するリスクもある。1年勢にはそこを意識して、男女に共通するであろう根本的な部分な指導に留めたが、キャプテンさんはそんな指導は必要なさそうなんだよ。」
凛
「だが悠太…お前からしたらまだ言いたいことはあるんだな?」
悠太
「まぁ一応。だがそれに関しては忘れてもらって構わない。」
凛
「……」
少し考え込む凛。そして…
凛
「悠太!頼む!教えてくれ!」
悠太
「え。」
美穂
「えええええ!?やめといた方がええんちゃう?」
凛
「構わん。私がどうなろうと私が責任が取る。もちろん葵には内密にだからお前に一切の責任は負わせんよ、悠太。」
美穂
「だとしても!凛は桃園打線の主軸やで!調子を崩したらチームの勝敗に影響する!」
凛
「そこも重々承知の上だ美穂。チームのキャプテンとしても自分の行動には必ず責任を取る。任せてくれないか?」
美穂
「分かった…。」
悠太
「…良いんだな?じゃあさっそく初めて行くぞ。まず、ピッチングマシンの球速だが…」
ピッチングマシンをチェックする悠太
悠太
「なるほど…130km/h台をベースに変化球もランダムで混ざるモードで打っていたんだな。」
美穂
「130km/h台をヒット性の打球であんなに打ち返せるのは凛だけやな。」
悠太
「うぉ!?なんだこのピッチングマシン!Maxで160km/hまで出るぞ!?おまけに変化球のバリエーションもかなり豊富だ…。こんなの見たことねぇ…。」
美穂
「あーそれねー物好きな監督が特注で買ったんよ。女子野球なのに誰がその球速で打つんって感じ笑」
悠太
「よし。じゃあ140km/h台で打ってみろキャプテン」
美穂
「は!?そんな球投げる投手なんか女子野球界におらんわ!いや、凛自身がたまに投げるか…。いやいや!でも凛が相手にすることはない!」
凛
「分かった。」
美穂
「凛!?」
いよいよ女子野球の範疇を超えた悠太の特訓が始まる。高校女子野球界最強選手とまで言われる凛はこの壁を越えられるか!?