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第6話 最強女性捕手・藤田美咲

悠太と同学年の捕手、藤田美咲が悠太が探していた白球を悠太に差し出した。彼女は、悠太が寮からグラウンドへ向かった様子を背後からこっそりと覗いていた。


悠太

「お、お前…」


美咲

「勘違いしないで。気まぐれだから。」


悠太

「誰だ?」


美咲

「…!?」


悠太

「スマホの光の逆光で顔がよく見えないな…。十中八九野球部員なんだろうが…いや、見えたとて全員の顔覚えている訳じゃないし…。」


ムッとする美咲


美咲

「あっそ!じゃあこれはいらないのね!」


悠太

「うわうわうわ!悪い悪い!」


慌てる悠太。しっかり顔を見ようと美咲の顔を覗き込む。美咲と目が合う。


美咲

「…!」


悠太

「あー!お前!練習の時目立ってたキャッチャーか!…あー名前は…悪い…覚えてないけど…」


美咲

「…藤田美咲…ってか、目立ってたって何よ!アンタほど目立ったつもりはないけど!?」


悠太

「ちげぇよ!練習のパフォーマンス!打撃の飛距離も1人だけ桁違いだったし、キャッチャーとしても難しい球よく逸らさねぇなぁって感心してたんだよ!」


美咲

「…!」


褒められて顔が少し赤くなる美咲。


美咲

「バ、バカなこと言ってないで残りの球、早く探すわよ!」


悠太

「え。てかそうだ!何でいるんだよ!門限過ぎてるだろ!」


美咲

「お互い様でしょ。」


悠太

「いや、俺はあの副キャプテンの女の命令でいるだけだ。てかあれ?よくボール探してるって分かったな。もしかして助けて…」


悠太が言い切る前に食い気味に早口で話す美咲

 

美咲

「気まぐれ!これは気まぐれなの!私がこうしたいって思ったから!門限も破って動いているだけ!勘違いしないで!」


悠太

「…そうか。ありがとな。」


少し照れて小声で返事をする美咲


美咲

「…気まぐれだから…」


悠太

「あーそうかい!そうかい!ま、別にお前なんかいなくたって全部俺が拾えたけどな!」


美咲

「はぁ?あんなにヘロヘロだったクセに何言ってんのよ。」


悠太

「ヘロヘロ?馬鹿言え!まだこんなに動けるぞ!ほらな!」


そう言って走り出す悠太


美咲

「ちょっと!せっかく助けてやってんのに置いてくな!」


そんなこんなで100球拾い終わった悠太と美咲。汚れを落として元にあった場所にしまおうとするも、悠太はそこから2,3球こっそり取り出す。そして、グラウンドを出て2人は寮に戻ろうとするが…


悠太

「あー先戻っててくれ。」


美咲

「…?…なんで?」


悠太

「いいから。」


そう言って別の道を行こうとする悠太、気になって追いかける美咲


美咲

「教えなさいよ!」


悠太

「うわぁ!ついてくんな!」


逃げる悠太と追う美咲。その末、辿り着いたのはブルペンだった。


美咲

「…!?…投げるの?」


悠太

「誰かさんのせいで日中は投げられないからな。別に今日に限った話じゃねぇよ。」


美咲

「…だからって、今日は投げなくても…。いくら強がっても体は疲れてるの、私には分かるわよ。」


悠太

「あーそうだな。大した出力しか出ないだろうよ。」


そう言って軽くストレッチして投げる準備をする悠太。


美咲

「私、帰る。」


悠太

「あーそうしろ。」


そう悠太に言われ、美咲は悠太を横目に寮に帰ろうとした時。ゴンッ!と轟音がブルペンから鳴り響く。思わず驚いて悠太に声をかける美咲。


美咲

「ちょっと!さっき軽くって言ってたでしょ!」


叫ぶ美咲に対し不思議そうな顔で返す悠太。

 

悠太

「あぁ、だから軽く投げてるだろ。」


そう言って、美咲が凝視する中、もう1球投げる悠太。すると、とても数時間雨上がりのグラウンドでヘトヘトになりながら球を探し回った直後とは思えない豪速球が美咲の視界に入った。


美咲

「…な、何この球…」

 

美咲

(いや、似たような球威なら入部直後に見たわね…問題は…()()()()()もなおこの威力の球を放てる出力…。フォームもずっと見ていた…強がってない…本当に彼は()()()()()いる!)


居ても立っても居られなくなった美咲はブルペンの中に入ってくる。


悠太

「…?」


そしてブルペンの脇にあるロッカーから捕手の防具一式を取り出した。そして防具をつけた美咲が悠太の前に現れる。


美咲

「捕らせて!」


それを聞いた悠太はため息混じりに頭を掻きながら答える。


悠太

「あのな…。確かに女子からしたら物珍しい球だろうよ。確かに練習中のキャッチング見てたら、最初に俺の球を捕ってた先輩捕手より能力はあるだろうよ。だがな、俺の球ってのはちょっと自信があるようなレベルの捕手が取れるような…」


話し続ける悠太を遮る美咲


美咲

「いいからとっとと投げろ!」


美咲の一喝に少し驚く悠太


悠太

「…!おーこえーこえー。ま、手伝ってもらったしこのぐらいはいいか。でも無理だったらすぐ諦めろよ!」


そして美咲が構えるミットめがけて白球を放る悠太。矢のような豪速球はブルペンを駆け抜け、一直線に美咲のミットに向かう。バシッ!と大きな音がブルペンに響く。美咲のミットには白球が収まっていた。


美咲

(……!!!?…何、この球!…正直、球速はかなり早い訳じゃない…140と少しってとこかしら?高校1年生の左腕なら十分早い部類だけど、この球速帯を捕ったことはある…でも…球の回転量が異次元すぎる!マウンドからとんでもない勢いで球が伸びた!数値以上に高威力の球ね…)


美咲は悠太の球を捕って、今まで感じたことのない感情を覚えた。過去の自分の野球人生、様々な投手の球を捕ってきたが、これだけ異質な球は捕ったことがなかった。


美咲

(…何より凄いのは脱力したフォーム、明らかに軽く投げた投球からこの球が繰り出されること…じゃあ本気で投げたらどうなるの?入部初日に少し投球を横目に見ただけでも凄かったけど、実際に捕るとただ凄いなんてもんじゃない!…そりゃ大阪桜苑にもスカウトされる訳だ。)


まるで時が止まったかのように驚く美咲。しかし、このブルペンで衝撃を受けていたのは彼女だけではなかった。


悠太

(……何だ?今の捕り方…あいつ…()()()()()()()()()()()()捕球したぞ!?…キャッチャーはリードの指示を出して構えて投手が球をリリースしたら、一度ミットを下ろして捕球体制に入るのが普通だ…だがあいつ…構えたミットを一度も下ろさずに捕球しやがった!)


美咲は捕った白球を悠太に投げ返す。


美咲

「どう?捕れたでしょ?良い球ね。もう一球投げてよ。」


悠太

「あぁ…」


お互い、野球人生初めての大きな衝撃を受けたにも関わらず、その動揺を悟られまいとクールを装いやり取りをするバッテリー。再び悠太が美咲へ向けて豪速球を放る。再び大きな音がブルペンに響く。


美咲

(やっぱり凄い球…これで大阪桜苑の育成力が合わされば…エースになれる逸材だし…プロ入りも待ったなしね。…やはり凄いわ。男子野球の世界……。)


悠太

(まただ!見間違いじゃねぇ!やっぱりミットを下げてねぇ!それに今、少しコントロールズレたかと思いきや、ピタッとストライクゾーンで止めてやがる!フレーミングってやつか…高校生でここまで高度なフレーミングできるやつ…男子でもいるか!?健介すら出来てないぞ!?)


美咲

(間違いない…)


悠太

(こいつは…)


悠太・美咲

(今まで出会った選手の中で一番の選手だ!)


夜のブルペン。偶発的に生まれた男女の異色のバッテリーは人知れず共鳴反応を起こしていた。これが後に、日本の野球界に大きな影響を及ぼすことはこの時の少年少女は知る由もなかった。


その後、悠太が何球か美咲に投げた後、2人は使った球を元に戻して寮に帰った。ブルペンを経てのお互いの感想は、心の内に感じた衝撃を隠すかのように味気ないものだった。



翌朝。朝食のため悠太がダイニングに向かおうとすると、その手前の居間で美咲が葵、真琴、由佳から問い詰められていた。


「美咲ちゃん。あなた昨日の夜、門限破って無断で外出したわよね。私たちは気づいてたわよ。」


真琴

「今、無事にいるから良かったものの、もし外で何かあったらどないするんや。」


由佳

「そのために門限が設定されてるんよ。何で門限破ったんか教えてくれへん?」


先発3人に問い詰められ、少し怯える美咲


美咲

「うぅ…副キャプテン…佐々木先輩、中野先輩…。」


咄嗟に隠れてその様子を見た悠太


悠太

(アイツら!自分のこと棚に上げて何後輩責めてんだ!……って俺が言ったらまた封じ込められんのかな…。)


葵ら3人の行動に怒りを抱く悠太だったが、弱みを握られている以上、不用意に動けなかった。


「1年の中で1番優秀で大人しくて真面目な子だと思ってたんだけどね。弁明があるなら言ってみなさい。」


美咲

「…じ、実は!あの、男子!た、高橋悠太が!」


怯えながらも必死で声を絞り出す美咲。()()()()という名前に反応する3人


「!」


葵に耳打ちする真琴


真琴

「なぁ…これ美咲に昨日のことバレたんちゃうん?問い詰めると逆に不利にならへんか?」


歯ぎしりする葵


「…ぐっ!」


すると悠太が現れる。あたかも今までの話を聞いていなかったかのように振る舞う悠太


悠太

「あ?なんだこの状況?おい!美咲!お前、昨日門限破ったのバレたのか?」


悠太の登場に驚きつつも答える美咲


美咲

「…!?…え、えぇ」


すると悠太は葵たちに向けて語り出した。

 

悠太

「あのな。こいつが昨日門限破ったのは、俺が呼んだからだ。誰かさんのせいで妙にムカムカしてよ。ストレス発散で投げたくなったんだ。んで、手頃な壁役の捕手いねぇかなぁって思って、同じクラスの根暗なコイツならちょうど捕手だし、俺の言うこと聞くだろうと思って呼んだ訳。」


悠太の発言に驚く一同


美咲

「…ゆ、悠太…これは…」


すると美咲の発言を遮るように悠太が強めの口調で話す。


悠太

「おぉ?そうだよな?美咲!てかそうだと言え。いやー誰かさんが俺のこと縛りつけるからよ。俺も腹いせに誰か利用してやりたいなーって思って。それがコイツ。」


美咲を指差す悠太。きょとんとしてる美咲。


悠太

「はっはっは!バレちゃ仕方ねぇな!」


一方、そんな悠太の発言を信じている様子の葵たち3人。特に葵は、自分たちのことを揶揄したこと、後輩を貶めたことに対して悠太が発言するごとにどんどん顔つきが険しくなっていった。


「あんた…今自分が言ったことが何を意味するか分かってる?」


重く響く葵の声に少したじろぐ悠太


悠太

(ヤベッ…言いすぎたか?…でも実際、美咲に非はねぇからな。)


少し間を置いて、悠太が答える


悠太

「あぁ。男に二言はねぇよ。」


最強女性捕手、藤田美咲との出会い。それはただでさえ順風満帆な野球人生が歪められた悠太にとって、更なる運命の転換点となった。本能的に悠太が取った行動は吉と出るか凶とでるか。悠太の未来は神のみぞ知る。

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