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第3話 その桃源郷、地獄の入り口

悠太が数時間前までいた寮は、確かに取り壊し作業が始まった。その前に大急ぎで荷物をまとめた悠太。現在は花蓮と共に『大阪桃園高校野球部寮』に向かう車中である。


悠太

「しかし…大丈夫なのか?仮にも思春期の男女が一つ屋根の下ってのは…」


花蓮

「え。襲うの?」


悠太

「襲わねぇよ!こちとら編入かかってんのにそんなトラブル起こすか!ただこっちがそのつもりなくても、向こうにそう捉われ兼ねないって状況はありえるよな…あいつら俺に敵意剥き出しだったぞ?」


花蓮

「ハハハ!ここに来て昨日の遅刻と片付けサボりが裏目に出たね!でもさ、あの子たちもそんなに根っから悪い子って訳じゃないから。君が誠意を見せれば、心を開いてくれるよ。」


車窓の景色を見てため息をつく悠太

 

悠太

「誠意ねぇ…」


花蓮

「あ、あの子たちに連絡するの忘れてた。」


悠太

「してなかったのかよ!」



一方、大阪桃園高校野球部寮にて


本日は大阪桃園高校は休みで野球部は午後からの練習。午前は入寮したばかりの新入部員に対して、副キャプテンの葵が寮の説明をしていた。この野球部では副キャプテンが

1年の指導係となり、1年の練習や日常の行動を責任持って監督する風習がある。


「はい!注目!この倉庫の電源はここ!何度も言うけど、節電、節水は共同生活のマナーよ。それを守らなかった部員は罰として掃除当番延長!それがこの野球部のルール!徹底すること!分かった?」


1年生たち

「はい!」


そんな彼女たちの様子をリビングから見ているキャプテンの凛。


♪プルルルルル


リビングの固定電話が鳴る。素早く受話器を取る凛


「はい。こちら大阪桃園高校野球部寮です。……監督!お疲れ様です!……え!?今からですか!?……えぇ確かに207号室はクリーニング済みの空き部屋ですが……分かりました。葵に伝えます。」


こうして電話は切れた。凛の驚く声を聞いていた葵が1年を待機させて駆け寄る


「どうしました?キャプテン」


「いや、私も意図がよく分かってないのだがな…。監督から説明があるとのことだ。」


「監督がここに来られるんですか?」


「あぁ…。今向かってる……高橋悠太を連れて。」


「え。何で?」


「落ち着いて聞けよ葵…彼がここに住むことになったらしい。」


「えええええええええええ!」


頭を抱える凛


「入部予定の名簿に男子の名前を見た時点で脳裏には浮かんでいたが、あまり考えないようにしていた…荷物の手続きが一通り終わったから流石にそれはないのだなと思っていたが…」


「安心してたのに…何で?」


「分からん!何もかも!監督からの話を待とう。」


葵と凛の会話を聞いてざわつく1年生たち


彩花

「あ、あいつが!ここに!?嘘やろ!?」


エマ

「ワァオ!ジャパンはこれが普通というのデスカ!?」


美咲

「そんな訳ないでしょ…」


結衣

「どうなるんでしょうこれから…」


動揺する1年生たちに凛が指示を出す

 

「1年たち、全員許可が出るまで自室にいなさい。」


そう言われて自室に向かう1年生たち。すると間もなくして悠太と花蓮が寮に到着した。


迎え入れる凛と葵。しかし歓迎ムードという訳ではない。凛と葵が悠太に向ける視線は昨日と変わらず冷たいが、監督がいる手前、作業的に黙々と悠太を部屋に案内する2人。その様子を部屋から覗き込む他の部員たち。


そして悠太が部屋に入って荷解きをしている間に、居間の椅子に座る花蓮、凛、葵。花蓮は自分のせいで迷惑をかけたと、凛と葵に謝罪を交えながら悠太についての一部始終を伝えた。


「なるほど…編入までの2ヶ月間…元々あった寮が部屋の鍵も機能しないほどボロボロと…」


花蓮

「それに関しては私のミスだ。こういうとこ、ずぼらで本当に申し訳ない。おそらく彼の実力なら問題なく編入は進むし、2ヶ月間…どうかお願いしたい!」


「思春期の男女が一つ屋根の下…女子はみんな怖いですよ…」


悠太と同じことを気にする葵にビクッと反応する花蓮


花蓮

「はは…。やっぱりそこは女子からしたら怖いよな。でももしそういうことがあったら遠慮なく私に報告してくれ。速攻で編入はキャンセル、退部、退学処分とする。ただあまりにも彼にとってリスクが大きすぎるから、まず起きないとは思うがな。」


「分かりました。…ただ…大会にも出ず2ヶ月で出ていくような新入部員の男子生徒のために我々は練習に協力する必要があるんですね…彼がいなければ出来た練習メニューを削って…」


核心を突く葵。花蓮は思わず声が出る。


花蓮

「うぐっ!」


「こら!葵!監督を困らせるな!」


「だって事実じゃないですか。」


花蓮

「いやぁ…そこを突かれると弱いな…何も言い返せない…本当に申し訳ない!私の責任だ!この通り!」


深々と凛と葵に頭を下げる花蓮


「顔を上げて下さい監督。」


「…」


花蓮

「強要はしないさ。…昨日も言ったが、彼はレベルが高い。仲良くしなくちゃいけないなんてことはないから、彼を見て何か技術が吸収できれば儲け物だと思って、ここに置かせて欲しい!」


「ぐっ…」


花蓮の誠心誠意の態度に押される葵。葵は元々花蓮に対する敵意はなく、生徒と監督という間柄である以上、これを超えた追求は出来なかった。


「問題ないな。葵。」


「…はい。」


こうして監督が寮を出た後、凛は残る部員に全ての事情を説明した。凛は悠太に対する警戒心はありつつも、キャプテンとして尊敬する監督の誠意を汲み取り、中立的な対応で静観する姿勢を貫いた。

葵は悠太に改めて寮の説明をする。問題なく説明し終えるが、どこか煮え切らない様子だ。



荷解きを終えて悠太。慣れないもののバタバタした状況から少し落ち着き、部屋から自分のスマホで電話をかける。相手は鈴木健介というシニアリーグの元チームメイトだ。


鈴木健介(1年生 ポジション:キャッチャー 出身地:東京)

「おう悠太!聞いたぜ!入学する高校、一文字違いで間違えたってアッハッハ!」


悠太

「うるせぇ!うるせぇ!開口一番みんなそれ言うんだな!」


健介

「それだけウケるネタってことよ!」


悠太

「あーそうかい。だがな!そのネタも残念ながらあと2ヶ月で期限切れだ!俺は2ヶ月経ったら大阪桜苑に編入することに決まったからな!」


健介

「え!?マジで!」


悠太

「まぁ正式には改めて実力をチェックされるから確定ではないけどな。余裕で合格してみせるさ!」


健介

「へー!すげぇじゃん!こっちもさ!すごい1年ピッチャーいるぜ!お前より凄いかもしんねぇ!」


悠太

「おいおい!シニアの時は俺が最強ってお前ベタ褒めだったろ!」


健介

「いやぁ、数ヶ月で変わるぜ。だからお前もグズグズしてないで早く来いよ!()()()()にな!」


悠太

「あぁ。じゃあな。」


電話を切る悠太。バタバタとトラブルがあったものの、いよいよシニアリーグ以来となる健介と念願の大阪桜苑でバッテリーを組めることを心待ちにしていた。



その一方で、葵が自室に同じ2年生部員の親友である佐々木真琴と中野由佳を呼んでいた。


「どう思う?アイツ。完全にウチらのこと利用して出てくつもりだけど。」


佐々木真琴(2年1組 ポジション:ピッチャー、サード 出身地:大阪)

「思い通りにするのは癪だわな。」


中野由佳(2年1組 ポジション:ライト 出身地:京都)

「2ヶ月なんか経たへんくても、自分から出てきまーす!って言うたらええのになぁ」


真琴

「でもそんなこと言わへんやろからなぁ」


「真琴、由佳。そこで2人を呼んだのよ。お願いがあるの。」


不思議そうに振り向く真琴と由佳


「キャプテンは恐らく動くことはないわ。監督を信頼しきってる。私としても監督を裏切るような真似はしたくないけど。奴は違う!このまま思い通りにさせたくない!」


真琴

「なるほどな。葵は人一倍男嫌いやからな。まぁ奴がいたら葵も由佳もバッティングの時間短なって困るもんな。」


由佳

「マコも投手やから、ブルペンの時間短なって困るやろ?あの子が二刀流や言うんならそこはお互い様や!」


「真琴!由佳!」


真琴

「よし!協力しよう葵!あんたも1年の教育係やから、その地位をフルに使うたらいけるやろ!」


由佳

「作戦、色々考えたるわ葵!」


「2人とも!ありがとう!」


午後になりグラウンドで練習が始まると早速動き始める。

悠太に指示する葵。


「ボールとネットとマシンを倉庫から持ってきて全部セッティングしなさい。昨日の遅刻と片付けをサボった罰よ。ウチで練習していく以上はそういうところ徹底するから。」


悠太

「そこそこな量だが全部俺1人か!フン!このぐらい訳ねぇよ!」


倉庫に向かう悠太。ストレッチしながら真琴がその後ろ姿を見つめる。完全に悠太の姿が見えなくなったところで、葵に合図を出す。


(よし!行ったか!)


するとストレッチをしている他の1年生全員を集めた葵。


「はい聞いて!あの男子生徒がいない間に!午前に凛キャプテンから話があって、そこで彼から技術を参考に出来たらとは言っていたけど、はっきり言って彼を参考にするのは危険よ!」


1年生たち

「!」


「彼は男子の野球、私たちは女子の野球をしているの。球速、筋力、打球の強さ、全くの別次元よ。だからいくら彼が打つからと言って彼のフォームに合わせようとしたら、不調になる可能性がある!」


美咲

「…」


「そのため、彼からアドバイスを受けることは禁止とするわ!いい?」


1年生たち

「はい!」


「それに追加して…みんなやっぱり男子と一つ屋根の下と、いきなりの共同生活に困惑していると思う。いくらリスキーだから襲う可能性は少ないとはいえ、外堀から攻められて仲良くなろうと近づいた先に…っていう可能性もある。」


葵が続けて1年生に話す。その様子を遠目に見つめる凛。


「ターゲットに狙われやすいのは奴と同学年のあなたたちよ。同じ1年1組はもっと気をつけて。そこで!今日から1年生には彼に業務連絡以外の不必要な会話を一切禁じるわ!」


結衣

「!?」


彩花

「い、一切…!?」


「…厳しいのは百も承知。でもね。あなたたちが今いるこの場所は女子高校野球界の最高峰なのよ!女子甲子園は知名度が少ないと侮ることなかれ。たった1人でもほんの少しでも調子を落とすことがチームの敗因に繋がりかねないシビアな世界よ。」


1年生たち

「…」


「それを意識して、今私が言ったことをしっかりと守ること。いい?」


1年生たち

「はい!」


そう言って立ち去る葵。葵がいなくなったのを確認して呟く彩花


彩花

「エラいとこ入ったなぁ。仮にも浮いてる男子やがクラスメイトと会話禁止なんて!なぁ!ミサ!」


冷静に返事をする美咲。


美咲

「問題ないわ。指示に従いましょ。」


彩花

「おぉ!ストイックなやっちゃな!それが実力の秘訣か!?」



そんなことは一切知らずに道具を運んできた悠太。一通りセッティングしているところに由佳が近づく。


この2ヶ月を乗り越えればと意気込んでいた悠太。そんな悠太の野望を阻止しようと、じわりじわりと魔の手は近づいていた。側から見れば女子だらけに1人の男子の桃源郷の如くハーレム天国。しかしそこは地獄への入り口に過ぎなかった。

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