第2話 たかが2ヶ月、されど2ヶ月
花蓮が理事長兼監督であることに驚く悠太。そんな悠太を彩花が指さして叫ぶ。
彩花
「あー!先輩方!こいつです!自己紹介滑ってた奴!」
彩花をチラッと見る悠太
悠太
(?…こいつ…同じクラスか?チッ…滑ったって…)
葵と凛が悠太を見つめる。
葵
「ふーん。初日から遅刻とは良い度胸じゃない。」
凛
「…監督、お言葉ですがなぜ女子甲子園大会の出場資格がない男子生徒を特待生として招待したのですか?」
花蓮
「このチームに新しい風を吹かせようと思ってさ。君たちは確かに強い。でもさらにもう一皮剥けるためには新たなスパイスが必要。それが彼って訳。まぁまぁこんな環境だし、遅刻は多めに見てやって今日は参加させてあげなよ。」
悠太
「おい!」
花蓮に耳打ちする悠太
悠太
「このキャプテン、『女子』甲子園って言ったぞ。やっぱり俺が目指してる方の甲子園に行く気なんかサラサラねぇじゃねぇか。」
花蓮
「そりゃあ今まで出たことないからね。そっちの甲子園は考えたこともないでしょう。まぁ焦らない焦らない。まずは彼女たちの実力を見てみな。ほら、ユニフォーム着替える!」
悠太
「…」
こうしてピンクを基調としたユニフォームを身にまとい、グラウンドに出る悠太
悠太
(…ダサいなこのユニフォーム)
ストレッチやウォーミングアップのランニングから、守備練習、バッティング、一通りの練習を行なった。1つ1つのプレーが圧倒的に他の部員と異なる悠太。そしてピッチング。2年生の捕手、上道理佐を相手に投げ込む悠太。そこでも圧巻のピッチングを見せる。あまりの球威で思わず理佐も球をこぼすほどだった。
しかしパフォーマンスと裏腹に部員たちの拍手や歓声はゼロ。むしろ圧倒的な実力を見せれば見せるほど、疑問を抱く部員たちが多かった。
ブルペンの悠太の投球をじっと見続ける美咲。同級生たちが近づく。
彩花
「やっほー!ミサ!お疲れ!あ!例の男子!」
エマ
「オー!速いデスネ!」
彩花
「なぁなぁミサ!シニア凄いとこおったんやろ?こんぐらい速い球受けたことあるん?」
美咲
「え!?えぇまぁ…」
彩花
「マジで!?そのピッチャー、バケモン女子やな!」
美咲
「…」
結衣
「しかし…こんなに球が速いのなら名門校に行ってもおかしくないのに、なんでこの学校に来たんでしょう?」
彩花
「それならスベった自己紹介で言うとったで。大阪桜苑と一文字間違えなんやと」
結衣
「えぇ!?間違い!?」
エマ
「ワオ!そんなことあるんデスネ!」
彩花
「あいつこれからどないするんやろなぁ」
その後ろで後輩の会話を聞いていた葵と凛が話す。
葵
「聞きました!?あの甲子園常連の名門、大阪桜苑と間違えて来たって…」
凛
「あぁ…確かに見てる限りはそのレベルの逸材と言っても過言ではないな…」
葵
「でも本人が言ってたって…本当にそんな馬鹿な間違いしますかね?本当はやっぱり女だらけのところに行きたいという男の卑しい下心じゃ…」
凛
「…分からん」
一方、マウンドで球を放る悠太は…
悠太
(…またこぼしたか。まぁ確かに『女子』甲子園五連覇というだけあって『女子の割には』悪くない。…だが、この程度ならシニアリーグにゴロゴロいたぜ)
白球を見つめて考える悠太
(…となると高校野球の世界じゃ、運良く地方大会の1回戦に勝てるかレベルだろ。そんな高校で甲子園出場!?ここは大阪だから、あの大阪桜苑を敵にして!?不可能だ!てかそもそもどうやって女子を男子と同じ野球大会に出すんだよ!無理に決まってんだろ!)
そして練習が一通り終わる。
凛
「練習終わり!礼!」
部員一同
「ありがとうございました!」
悠太
「…」
葵
「はい!じゃあ1年生!用具の片付けについて教えるわね…っておいゴラ!男子!」
グラウンドから出ようとする悠太
葵
「礼もまともにしない上に先輩の許可を取らずにどこ行く気だ!」
悠太
「…付き合ってられるか。」
そう言い残してグラウンドを後にした悠太
葵
「何なのアイツ!」
凛
「そういえば、名簿には東京の出身と書いてあるな。我々には野球部の寮があるが、奴はどこへ帰るつもりだ?」
葵
「さぁ?でも流石に男女同じ寮ってことはないだろうし、監督が工面してるんじゃないですか?もう知らないですよ!あんな奴!」
凛
(…高橋悠太。…確かに技術は我々の何倍も凄いが、いかんせんチームに馴染めん。いや、馴染んだところで男子は女子大会には出られないし。…監督が何を意図しているかが全く読めない。)
別室の監督の元に来る悠太
花蓮
「お疲れー。あれ?片付けは?」
悠太
「もううんざりだ!俺の貴重な高校生活!こんな低レベルの野球に時間を費やしてる暇なんざねぇ!本気であのレベルで!男子と同じ甲子園行けると思ってんのか!」
花蓮
「今は全く思わない。運が良ければ地方大会1勝できるぐらいじゃない?」
悠太
「分かってんなら!なぜ甲子園常連校から引く手あまたの俺をスカウトした!?選んだのは俺のせいと言え、お前からすれば俺に甲子園を諦めろってか?」
花蓮
「君が導けばいいんだよ。彼女たちを甲子園に。」
悠太
「…!?…俺…が!?」
花蓮
「史上初の女子の甲子園出場!それを担う役目を君レベルの実力者に頼みたくてさ。」
悠太
「ふざけんな!なんで俺が!俺だって高校生活で最適な環境で成長して!それでプロに入りたいのに!やることが女どもの世話!?これが俺自身の成長に繋がるとでも?」
すると花蓮が悠太に尋ねる。
花蓮
「…じゃあさ、仮に君が大阪桜苑行ってたとて、その後はどうなってたの?」
悠太
「!?…そんなの…」
花蓮
「うん。確かに君の実力は凄いよ。順当に育てば競合ドラフト1位クラスだと思う。でもそこからはどうだろう?プロの世界っていろーんな人がいるから、いくらアマチュアで良かったってダメになるのも珍しくないよ。」
悠太
「でも甲子園で輝ければ!そのことがまた俺を成長するきっかけになるかもしれないだろ!そんなのやってみなきゃ分からねぇ!」
花蓮
「…大阪桜苑はね、勝てるんだよ。君がいてもいなくても。でもウチは君がいないと勝てない。」
真剣な眼差しで悠太を見つめ、続けて話す花蓮
花蓮
「…甲子園っていうのはね勝ちが神格化されるの。勝ち続けたものが掴む称号。勝ちは正義。結局これからプロになってもどんな世界でもこれが重要視される。本気で上を目指すなら。まずは勝たなくちゃダメ。そのために今の君は何が必要かよく考えるんだね。」
悠太
「…」
そして日が暮れ、一人ボロボロの寮に戻ってきた悠太
悠太
(確かによくよく見ると随分ボロいな…。まぁこれはあの理事長女が何とかするとは言ってたが)
ボロボロの畳の上に使い古されて雑に広げられた布団の上に寝そべって考え始める悠太
悠太
(いやいや!本当にこの学校に3年もいるべきか!?俺!勝つために必要なこと?それは環境じゃねぇのか?確かに大阪桜苑は俺がいなくても勝てるのかもしれねぇ!悔しいがそれは事実…。だが…)
悠太は起き上がって、机の上に置いておいた写真立てを見つめる。シニアリーグのとある大会で優勝した時の写真だ。写真の中央で満面の笑みの悠太。
悠太
(それだけ強い奴が近くにいた方が、そいつを倒すために!って成長できるだろ!輝けるだろ!違うのか!?なぁ…)
目線を逸らし悠太と肩を組む捕手防具をつけた少年を見つめる悠太
悠太
(なぁ…健介…)
翌朝、監督室に訪れる悠太。机の上にドンと退部届を置く。
悠太
「退部を希望する。お前はどうにか俺を説得して俺を囲いたかったかもしれねぇが、お前の言う通り勝ちが神格化されるなら、尚更俺は勝てる環境に身を置くべきだ。」
花蓮
「…決意は固いみたいだね。分かった。」
悠太
「やけにあっさり認めるんだな。」
花蓮
「入部経緯が勘違いなら、こうなるのも仕方ないかなって思って。私は言葉で伝えることはもう伝えたし。まぁ確かに君の勘違いを招かせた私も悪かったよ。そこで…」
花蓮は机の引き出しから一枚の紙を悠太の退部届けの上に被せるように乗せた。
そこに書かれていたのは『大阪桜苑高校野球部 編入届』の文字。
悠太
「大阪桜苑!」
花蓮
「理事長としてのコネでね♪第一希望でしょ?お詫びに連れてってあげる。」
パァっと笑顔になる悠太
悠太
「おお!ありがとう!これで問題なく…」
花蓮
「ただし!条件がある!」
興奮する悠太を制する花蓮。編入届けに書かれている文章を指差す
花蓮
「ほらここ見て。『2ヶ月間、現所属野球部で活動を行い、一定以上の野球技術、円滑なチーム入りを果たせるチームワーク力を持つ人物であると、こちらの監督が判断した選手に限る』って書いてあるでしょ。」
悠太
「2ヶ月間!?」
花蓮
「まぁそこは妥当だよ。すぐに向こうが受け入れられる訳じゃないし、向こうの監督も改めて実力をチェックしたいんじゃない?私、練習中はカメラ回しておくからさ。それでアピールして、チームワーク力ってのも私から凛キャプテンと葵副キャプテンに伝えておくよ。で?どうこの話?」
悠太
「あぁ!それなら問題ねぇ!確かにこのまま出て行っても特に行くアテもなかった!俺の実力ならチェックされても余裕だろ!2ヶ月ここで耐えて念願の大阪桜苑に行けるなら万々歳だ!」
花蓮
「よし!決まりだね!てことは、逆にいれば2ヶ月はここにいる訳だ!」
悠太
「あぁそうなるな。」
花蓮
「あの寮、不便じゃない?」
悠太
「まぁ流石にボロいわな。」
花蓮
「てな訳で今日から取り壊すように業者に頼んでおいた。」
悠太
「へぇ……え!?今日!?」
花蓮
「だから悠太くん!今から引っ越し!ごめんね!バタバタして!」
悠太
「本当だよ!てか引っ越しってどこに!」
花蓮
「大阪桃園高校野球部寮」
悠太
「何だ…てかそんな寮があるなら最初から…」
すると突然、悠太は胸騒ぎを感じ始める。震えた声で花蓮に問う悠太。
悠太
「…な、なぁ…そこってまさか…」
花蓮
「そう!あの子たちと2ヶ月間!一緒に生活してもらいまーす!」
たかが2ヶ月、そう思いたかった悠太。
いやはや、されど2ヶ月、自分を迎え入れる気ゼロの彼女たちと一つ屋根の下。何も起きないと断言するにはあまりにも長すぎる時間だったと、この後の悠太は知ることとなる。