第13話 ついにこの時がやってくる
自分が練習を指示すると言い出した悠太。と言ってもいざ蓋を開けてみると、やることはいつもとさほど変わらない。違いがあるとすればただ大して動かない悠太が偉そうに名指しでベンチからヤジのように部員を鼓舞すること。
そしてそれは当然のように先輩に対しても容赦なく、全員平等に、昨日は孤立しがちだった葵に対しても行った。
現在は内野ノック中
悠太
「彩花!副キャプテン!この二遊間は連携しっかりやるぞー!一歩目から意識しろー!お互いの動きも合わないとしっかり併殺取れないぞー!おらノッカー!もっと速い打球打ってくれ!」
花蓮
「ははっ!これじゃもはやどっちが監督なんだか!葵!彩花!行くよー!」
監督にもこの様子の悠太。側から見ると悪目立ちして生意気なヤツだが、部員全員が彼の行動の意図を分かっていた。
凛
「葵をちゃんとチームの輪に加えろ…か。」
内野ノックの様子を外野側から遠目に見て呟くキャプテンの凛。3年生一同は外野側でストレッチをしていた。
美穂
「分っかりやすい奴やねー」
凛
「本人は暴君気取ってるつもりだろうがバレバレだな。だが憎めない奴だ。被害者たる悠太本人がそういう行動をするのであれば、我々も答えねばな。」
ちょうど内野ノックが終わり疲れ果てた葵に凛が声をかける。
凛
「葵!これからブルペンに入る!休憩後打席立ってくれ!」
葵
「…!…はい!」
ヘトヘトになりながらも心なしか嬉しそうな葵
凛
(高橋悠太…何となくだが、監督が彼をこの部に入れた理由が分かる気がする。)
こうして他の部員たちも凛キャプテンに続くように悠太の想いを汲み取り、葵をチームの輪に入れるように意識しながら練習をする。次第に葵は何の蟠りもなく元の練習に戻れるようになり、副キャプテンとしての威厳も回復した。
そして悠太もリハビリの片手間で全部員に目をつけて隙あればアドバイス。お調子者の悠太の性格も相まって、和気藹々と楽しげな練習の日々が過ぎていった。
そんなとある日の練習後、悠太は監督室に呼ばれた。
花蓮
「リハビリの調子はどう?」
悠太
「順調だ!軽いキャッチボールなら出来るレベルにはなってる!」
花蓮
「それは何より。さて、本題に入るけど、もう時期的に察しがついてるかな?」
悠太
「あぁ…。」
花蓮
「では改めて…。」
畏まる花蓮。それに釣られるように少し緊張して背筋を伸ばす悠太。
花蓮
「…本日、大阪桜苑高校野球部から高橋悠太の編入受け入れ承諾の通知が届きました。つきましては…編入に関しての金銭面の手続きは、向こうと親御さんとの間で行われて、君は身体一つ、荷物を持って明後日の5月31日に入寮手続きを行えば、晴れて正式にその翌日の6月1日から大阪桜苑生とのことです!」
悠太
「おお!」
花蓮
「まずはおめでとう!悠太君!まぁ実力的にも元から問題ないとは思ってたけどね!桜苑の北谷監督から、実は私、君の怪我とリハビリの様子も伝えてたんだけど、比較的軽症でしっかりと回復傾向ならそこも何一つ問題ないって。もう君のこと楽しみにしてたよ!」
悠太
「そいつは嬉しい!いやぁ!ついに正式に決まったんだな!」
花蓮
「ということでウチでの練習の参加は明日で最後だね。夜はささやかながら送別会でもやろうと思うよ。このことはみんな気になってただろうし、今から伝えに行こうか!」
悠太
「…あぁ。」
こうして寮にて花蓮の口から悠太の編入決定が伝えられる。悠太の念願が叶ったことに皆が喜んでくれる。しかしそれは同時に別れが決まった瞬間でもあり、どこか表情に寂しさも現れる。
そして翌日。悠太にとって大阪桃園での最後の練習。それぞれの想いを胸に自然と気合が入る全部員。悠太もリハビリ中ながらやれるだけのことはやり、いつも以上に積極的に部員に関わった。
その夜に送別会が行われ、自室で退寮の準備をする悠太。桜苑にいる健介に電話をかける悠太。
健介
「よう悠太!監督から聞いたぜ!ついに正式に編入決定なんだってな!明日来るのか!いやぁ楽しみだな!いよいよ我が学年の左右二大エースが誕生するんだからな!」
悠太
「そういや前にすごい1年ピッチャーがいるって言ってたな。ついにそいつとご対面とは楽しみだよ。」
健介
「おう!少しストイックなやつだが高みを目指すもの同士熱く背番号1を争えると思うぜ!」
悠太
「そいつは楽しみだ。」
健介
「じゃあ明日会おうな!」
こうして健介との電話を終える悠太。すると野球道具を取り出して自室を出て寮の玄関へ向かう。怪我をする前までルーティンだった夜のブルペン入りをするつもりだ。本気で投げることはできないが最後に立ち寄ろうとした。
すると、ブルペンには美咲が立っていた。
悠太
「美咲!?なんで!?」
美咲
「…来ると思った。ここで投げている時が一番生き生きしてたから、思い入れあるかなって思って。」
悠太
「ははっ!流石だな!」
美咲
「捕手ってのは投手の考えてることが分かるもんなの。特にあんたみたいな単純な投手はね。」
悠太
「単純って!」
美咲
「それよりほら。キャッチボール。軽くなら出来るんでしょ?最後に相手するわよ。」
美咲にそう言われてキャッチボールをする悠太。美咲と思い出話をし始める。
悠太
「あっというまだった。色々あったな。」
美咲
「最初はすごく嫌で一刻でも早く出て行きたそうだった。」
悠太
「その感想も変わったんだよな。あの日の夜、お前が変えてくれたんだ。ありがとう。感謝している。」
照れくさそうに美咲に感謝を伝える悠太。優しく微笑む美咲。
悠太
「最後の最後…お前に全力投球ができないのは残念だ。お前は一番投げていて楽しい相手捕手だからな。」
美咲
「どういたしまして。私もあんたの全力投球、それも試合でリードしてみたかったわ。これだけの投手なら捕手としてリードのしがいがある!」
悠太
「ははっ!そりゃどうも!」
色々な話をしながらキャッチボールをする悠太と美咲。ふと悠太は花蓮から聞いたこの野球部の男子甲子園への挑戦の話を思い出す。
悠太
(…今年は凛キャプテンのことがあるから難しいが…来年以降なら行けんじゃねぇか?)
悠太
「美咲!この間言ってた男子と同じ甲子園の話だが…。」
美咲
「!…甲子園!」
甲子園の言葉を聞いた美咲。少し顔色が変わる。
悠太
「険しい道かもしれないけどな!お前ならきっと行けるぞ!だからその夢!絶対諦めんなよ!」
そう言って少し力を強めてボールを投げる悠太。
美咲
「!」
ボールを受け取った美咲は一筋の涙を流す。
悠太
「…お、おいおい。そういうのは…。」
美咲
「ち、違うの!あれ?何で!?私!?」
涙を必死に拭う美咲。しかしどんどん涙が溢れてくる。こんな顔を悠太には見せまいと顔を覆い隠すが、それでも涙は止まらない。そしてついに、顔を覆いボールを持ったまま逃げるようにブルペンから出て行ってしまった。
悠太
「お、おい!美咲!?」
急な美咲の逃走に戸惑った悠太。後を追おうとするが気づいた時にはもう美咲はいない。
悠太
「…嘘だろ…こんな終わり方…。って…球、あれしか持ってきてねぇから俺も戻んないと…。」
せっかく気持ちよく美咲とキャッチボールをして練習最終日を終えようと思っていた悠太。まさかの幕切れに唖然とし、消化不良を感じながらも寮の自室に戻る。ベッドで横になると先ほどの美咲の涙が脳裏に浮かぶ。
悠太
(…俺なにかまずいこと言ったか?ただ夢を応援してるってつもりだけだったんだが…。…ただでさえモヤモヤしてんのに…こんなのずっとスッキリしないに決まってんだろ!)
さらに考え込む悠太
悠太
(…あの涙がただ俺との別れを惜しんでだったら問題はない…ただ、もしそうじゃないとしたら?…俺の夢…美咲の夢…チームの夢…甲子園…クッソ!何が正解なんだ!?)
結局、寮での最後の夜、明日は大事な日であるにも関わらず、ずっと悩み続けて大して眠れなかった悠太。
翌朝
珍しく寝坊しそうになっていた美咲。朝食を食べるために慌てて居間にやってくる。居間には部員が既に何名かいる。
彩花
「お!おはよ美咲!こんな遅いの珍しいな!どないしたん?」
美咲
「ちょっと考え事してて…寝付けなくて…」
彩花
「それって悠太のことか?」
美咲
「!」
ニヤけて揶揄う彩花。図星でありドキッとする美咲。逃げた彼女も、その行動を少し後悔しており、彼のその後が気になっていた。
彩花
「あーちなみにその悠太やねんけど、なんか部屋からいなくなってしもたんよな。退寮当日の大事な時やのに、荷造りもまだ済んでなさそうやったし。」
美咲
「え!?」
退寮当日に突然の悠太の逃亡。理由が分からないが、もしや昨日の自分の行動が彼をなにか変えてしまったのかも、と焦りだす。
彩花
「今、キャプテンが監督に連絡してんねん。」
居間の固定電話で凛キャプテンが花蓮に電話をしている。
凛
「もしもし!おはようございます監督!報告です!悠太が部屋にいません!荷造りもまだ済んでないようですし…」
一方、監督室で凛からの電話を受けた花蓮
花蓮
「…落ち着け凛。彼の行方なら問題ない。…私も驚いているが…今…彼は私の目の前にいるよ…。」
凛
「!?」
監督室のデスクの前にいるのはユニフォーム姿の悠太。じっと花蓮を見つめている。
花蓮
「…凛、いったん切ろう。またかけ直す。」
そう言って電話を切る花蓮。悠太に問う。
花蓮
「…退寮の手続きは昨日伝えた通り…集合時間は今から1時間も後で、私服姿で荷物を全て持った状態でここに来るようにと…。荷物を持たずにその姿は…どういう意図かな?」
悠太
「…監督…私から改めて…お話ししたいことがあります。」
花蓮
「!?」
真剣な眼差しで花蓮を見つめる悠太。花蓮が驚いたのはそんな彼の異様な雰囲気。今までタメ口をしていたがスカウト時以来の敬語を使う様に驚いた。
そんな彼から発せられる言葉とは…




