第11話 事件発生
悠太の失言で美咲は傷つけた。今更その失言と逆のことを言って美咲を宥めようとしても、それは逆に美咲を怒らせる。ならばと悠太は本心で語る。
悠太
「もう見てられないんだ!お前のパフォーマンスがこれ以上悪化するのが!」
美咲
「!」
悠太
「自分だって気づいてるだろ!バッティングも不調で!守備も!凛キャプテンの何ともない球、お前何球も逸らしてた!いや…それもこれも全部俺のせいだけど…その…ごめん!」
美咲
「…。」
悠太の不器用な謝罪は続く。
悠太
「俺、バカだからさ!どうすれば良いのかよく分かんなかったんだけど、本当にこれでずっとパフォーマンスが落ちたままなの見てられないから、今呼んだんだよ!」
美咲
「私のパフォーマンスがどうなろうが関係ないじゃない!どうせしばらくしたら桜苑に行って、部員同士でもライバルでも何でもない他人同士になる!…結局あんたの自己満足じゃないの?この野球部の捕手の中でたまたま私と相性良かったから、私に機嫌直してもらってまた捕ってほしいってそれだけでしょ?」
悠太
「そんなんじゃねぇ!ていうかパフォーマンス云々に限って言ったらお前だけじゃねぇぞ。俺が指導したこの野球部の部員全員、俺は気にかけているんだ!不用意に不調になって欲しくない。無意味にスランプになって欲しくない。メンタルに足引っ張られてパフォーマンスが落ちてほしくないってな!」
美咲
「…!?…なんで…私たちのことなんかどうでも良いんじゃなかったの?女子だからって世代最強のあんたは見下してて…だから上から目線で指導してたんじゃないの?」
悠太
「俺がそんな指導をしていたように見えたか?…まぁそれは受け取り方次第か…だとしたらそれも併せて謝んなきゃな…部員全員に。」
少しトーンダウンし始める悠太。その様子にハッとした美咲は胸に手を当てて悠太の指導を思い出す。
美咲
(…いや…違う…こいつの指導…全然そんなことなかった…最初こそ悪態ついて見下してて協調性もなくて最悪だったけど…私がブルペンでこいつの球を捕ったあの日から…こいつは野球に対しては誰よりも真剣なんだって気づいた…。)
悠太
「俺はさ…」
少しの間が空いた後、悠太が話し出す。
悠太
「指導してて、この野球部の部員すげぇなって思ったよ。」
美咲
「!」
悠太
「アイツら…ってかお前も含めて、俺の指導が面白ぇぐらいにハマりやがる。成長の速度もピカイチ。キャプテンのスランプ克服は度肝を抜いたが、全員それに匹敵する驚きを指導する俺に見せてくるんだ。」
指導中はクールに装って多少成長しようが大してリアクションをしていなかった悠太。しかし心の中では最大級に評価していたことを美咲に明かす。そして悠太はさらに続ける。
悠太
「前例がないってのを真に受けて、無理だなんて不用意な発言をしたが…現在の部員の実力…伸び代のポテンシャル…今後メンバーがどうなるか、今は俺に激しく敵意を抱いて孤立気味のあの副キャプテンが気になるし、来年以降の新入部員はあの監督次第で、何とも言えない部分はあるが…」
深く深呼吸をして悠太は自分の思いを告げる。
悠太
「俺はこの野球部は甲子園に行けると思ってる。」
美咲
「!」
似たような言葉ならつい先ほども聞いた。しかし行き方云々と誤魔化されるより遥かにその言葉に重みはあった。少なくとも美咲はそれを感じた。
悠太
「もちろんお前が中心選手としてだ。現状の野球部メンバーでポテンシャルも込みの総合力評価なら凛キャプテンを抜いてお前を1番評価している。」
美咲
「……。」
褒められて少し照れる美咲。そしてブルペンのロッカーを探り始める。
悠太
「?」
美咲
「はぁ…仮にも同じ大阪なんだから桃園がもし甲子園行ったらあんたはどうなるの?」
悠太
「あ、それは、えっと…。」
美咲に核心を突かれて焦る悠太。その答えは考えてもいなかった。
美咲
「バカね…それでいて相変わらず態度も悪い。いくら周りが認めて、あんたが真剣に教えてようが言葉遣いもマナーもモラルも全部最悪よあんた。」
悠太
「うっ…。」
確かに悠太は入学してから年上にも先輩にもこれまで一切敬語を使っておらず、いくら真剣とはいえ評価するという部分も相変わらず上から目線感は否めない。
美咲
「だからね。私はあんたが嫌いなの。人間的には合わないんでしょうね。」
ストレートに言われて少しショックを受ける悠太。しかし美咲は防具をつけて、捕手の定位置にしゃがみ出した。
美咲
「でもね。高橋悠太という選手は私は今までのバッテリーを組んだ投手の中で1番だと思ってる。そんな彼のパフォーマンスが私のせいで悪化するなんて事実は嫌!だから…。」
ミットを構える美咲
美咲
「投げなさい。もうそれ以上言葉はいらない。」
美咲が構えたミットを見て、次第に表情が明るくなる悠太。これまでずっと投げたかったミット。
悠太
「…あぁ!」
そう言って、投球モーションに入り大きく振りかぶって矢のようなど直球を美咲のミットめがけて放った。
バシッ!
美咲はミットを降ろさない独自のスタイルでしっかりと捕球した。
美咲
(バカみたいなど真ん中直球のストレート。球威全振りで小手先の技術なんてない。こんなの狙いを定められたらホームランの絶好球…。でも…良いボールね。)
美咲は、マスク越しに悠太にバレないようにクスリと笑った。美咲は悠太にボールを返し、悠太は何度も美咲のミットに投げ込んだ。
不器用な2人。関係性が完全に元に戻ったかといわれると必ずしもそうとは言い切れないが、互いの利益のために互いが妥協しながら元のパフォーマンスに戻ろうとする。やがて日中も普通に会話するようになり始め、他の部員は安堵する。
悠太に話しかける彩花。
彩花
「上手く行ったんやな!」
悠太
「まぁ結果的に…。でもお互いこんな性格だ。また迷惑かけるかもしれんが…。」
彩花
「ハッハッハッハッハ!」
彩花が悠太の背中をバンバン叩きながら笑う。
彩花
「人と人ならそんなんいくらでも起こるやん!あんたはここおるの短いけど、あんたらの性格ならまたいざこざぐらい起きてもおかしくないで!特にあんたは乙女心なんか絶対分からへんし!ハッハッハッハ!」
悠太
「んな馬鹿でかい声で馬鹿にすんじゃねぇよ!」
彩花
「まぁそん時は今回みたいに基本は遠くから見守っとくから!なんかあったら相談してや!」
さて、こうなると面白くないのは悠太を嫌う葵。せっかく美咲がこちら側についたかと思いきや、また悠太との関係性が修復され、再び孤立する。
葵
(何なのアイツ!ていうか美咲は絆されたのね!全く!男なんて信用するとロクなことないのに!男なんてみんな女を雑に利用して裏切るだけなのに!男なんて大嫌い!それもあんな悪態つくやつなら尚更!みんなも嫌ってたはずなのに…ちょっと指導が上手いってだけで何でこうなるの!?)
葵は過去の経験から過度の男嫌い。共学とはいえ、男子生徒がおらず強い女社会を構築するこの学園に入学したのもそれが原因だ。しかし葵が孤立していることは悠太を含めて全員が気づいている。なかなか誰もこの件を解決出来ずにいたが、嫌われている張本人である悠太も何とかしたいと思っていた。
そんな中、とある朝、寮でスマホをいじってよそ見をしていた悠太と、前から来る葵がすれ違いざまに肩がぶつかる。
悠太
「おっと…!悪い!」
相当フラストレーションが溜まっていた葵。きっかけはこんな些細なことだったが…
葵
「…!…この!」
悠太
「!」
八つ当たりのように悠太を強く突き飛ばす。葵は軽く八つ当たりをしたつもりだった、しかし思った以上の衝撃でバランスを崩す悠太。
悠太
「うわぁ!」
葵
「え?」
咄嗟に受け身を取ろうとして誤って左腕を前に出してしまった悠太…そのまま彼の全体重が左腕にかかった状態でバタンと倒れる。
悠太
「うおおおおおおおお!」
葵
「嘘…。」
痛みで悶える悠太。思わず口を塞ぐ葵。悠太の声を聞き凛キャプテンをはじめとする部員たちが駆け寄る。
凛
「悠太?悠太!どうした!大丈夫か!」
悠太
「…う…何とか…。」
口ではそう言いつつもまだ左腕を押さえて倒れている悠太。
凛
「左腕…利き腕か…すぐに病院に連れてかねばだな…。美穂!監督を呼んでくれ!」
美穂
「分かった!」
咄嗟に監督に電話する美穂
葵
「…わ、私が突き飛ばしました!」
震えた声で自白する葵
葵
「…全員、分かってましたよね…私だけが彼のこと…ずっと嫌っているって…だから…。」
悠太
「…!」
凛
「…今お前が話したこと…それは本当か?」
葵
「…はい。どんな罰でも…。」
悠太
「違ぇ!俺がスマホ見てよそ見して歩いてたらコイツとぶつかってこうなっただけだ!この副キャプテンは悪くねぇ!」
一同
「!?」
葵
「…なんで?…なんで庇うのよ!なんで嘘つくのよ!私がイライラしてたから押し倒したの!私に責任があるから私が罰を受ける!」
凛
「…事情はよく分からんが両者の意見が食い違ってるな…まずは葵…お前の言うことが真実なのだとしたら、お前は先ほど罰と言ったが、確かにこれは度を超えた許されざる行為だ…。」
凛がそう冷たく言い放つことで部内の空気がギスギスする
悠太
「だから待って!…!」
居ても立っても居られない悠太が何かを言い出そうとすると、早々に監督が到着した。
花蓮
「うっす!話は大体聞いたよ。悠太くん?」
倒れている悠太の元に近寄ってしゃがみ込む花蓮
花蓮
「…なるほど…左腕ってのは確かに心配だね。車寄せてるから早速病院行こう!立てる?おんぶしようか?」
悠太
「馬鹿!歩けるわ!右腕支えて起こしてくれ。」
そう言って花蓮に右腕を支えられながら起き上がって玄関に向かう悠太。去り際に凛たち部員に言い放つ。
悠太
「いいか?被害者の俺の判断なしに勝手に罰だのなんだの決めんじゃねぇぞ!お前たちが目指すのは女子甲子園!俺は何の関係もないんだ!戦力上影響はしない!だからお前ら内でいざこざを起こすなよ!」
その悠太の主張を聞いた花蓮は…
花蓮
「うーん。まぁ事情が色々ありそうだから、とりあえず午前はいつも通りの練習して、病院から帰ってきたら診察結果云々踏まえて私らで話し合って決めましょう。それでいい?凛?」
凛
「…はい。」
こうして花蓮は悠太を連れて病院に向かった。左腕に傷を負った悠太。編入のみならず今後の彼の野球人生はどうなるのか。また重苦しい空気感漂う大阪桃園高校野球部はどうなってしまうのか…。




