第10話 それは無理ってこれは本心?
悠太を中心とした輪の中に、かつて葵や真琴と共に悠太をいじめていた由佳が悠太の許しを得て仲間に入った。しかし、由佳は葵や真琴と仲違いしたとは思っておらず、時折葵や真琴に話しかける。
由佳
「葵、真琴、彼…悠太の練習のことやけども、どうやら葵が前に言ってた、男女の違いで悠太から教わっても為にならないんじゃないか、悪影響になるんじゃないかって話、問題なさそうやで。どうやら凛キャプテンがスランプに陥ったのもそれが原因なんやけど、それを体験した凛キャプテンがちゃんと線引きしてるんやと。」
葵
「…」
真琴
「ふーん。」
由佳
「…」
3人の会話はあまり弾まない。この状況に痺れを切らしたのか、間もなくして真琴も由佳と同様に悠太に謝罪して、悠太に許してもらった。これで葵は完全に孤立することに。代わりに葵がいじめられるような陰湿な展開にはならなかったが、葵と他の部員に溝が生まれて、副キャプテンとしての威厳を失いつつあるのは火を見るより明らかだった。それでも頑なに葵は悠太に心を開こうとしない。
そんな状況で葵を気にしながらも、悠太のチーム内の評価が変わって誇らしいのは、そのきっかけを作った張本人である美咲だ。多くのチームメイトから評価される悠太。たまに悠太が他の部員の指導に夢中で、自分を見てくれない時は頰を膨らます美咲。その様子を見て親友の彩花は嫉妬かと揶揄うも、全力で否定する。
日中でも特に不自由なく練習できるようになった悠太。それでも単純に女子部員用の練習メニューだと足りないからと門限破りのブルペン投球は続けていた。それに付き合う美咲。彼女はチーム内でもトップクラスの体力の持ち主なため、ブルペン捕手を夜に担うぐらいなら大した負担にはならない。それ以上に、自分が見てきた中で一番の投手の球を出来るだけ多く補りたいという捕手としての本能が彼女を動かしていた。
野球以外の雑談もするようになった2人。確実に互いに心を開き合っていた。そして美咲は悠太に自分の夢を語る決意をする。
美咲
「私ね。夢があるんだ。子供の頃…小学生の頃からずっとある選手に憧れて、その人みたいになりたいと思ってた。女性なんだけど、男子野球の世界に挑んでった選手がいたの。」
悠太
「そんな選手いたのか。」
美咲
「うん。その人は成し得なかったんだけど、私はその人みたいに、男子野球に挑んで…。」
ここでスゥーっと深呼吸をする美咲。そして声を大にして悠太に自分の夢を告げる。
美咲
「男子と同じ甲子園に!出場したい!」
悠太
「!」
美咲
「そのために…努力もした!実力もつけた!やってやるんだ!」
自分の胸の内に秘めていた思いを解き放ち、強く意気込む美咲。それに対して悠太は…
悠太
「あー無理じゃね?」
美咲
「え」
唖然とする美咲
悠太
「なんだ。俺が知らないだけで前例があるのかと思った。やっぱりないのか。じゃあうん。無理だと思うぞ。」
美咲
「…」
自分の熱い思いとは裏腹に軽く無理を連呼する悠太。頭の中が真っ白になる美咲。似たようなことを言われた過去の記憶がフラッシュバックする。
「女子のお前が男子と同じ甲子園?そんなの無理に決まってるだろ」
美咲
「…」
悠太はまだ喋り続けてる。
悠太
「この野球部って女子甲子園に行くんだろ?だったら尚更…」
美咲
「…そっか。あんたもか。所詮大阪桜苑に行くような投手はみんなそう…。」
悠太
「え?」
ボソッと呟いた美咲。その声がよく聞き取れず聞き返す悠太。しかし…
美咲
「もういい!」
美咲はそう叫ぶと涙目になりながらブルペンから飛び出した。慌てて呼び止めようとする悠太
悠太
「お、おい!どこ行くんだよ!まだ投球終わってねぇぞ!」
しかし美咲は行ってしまった。
悠太
「…なんなんだ?あいつ?クソ!まだ投げたりねぇのによ!しゃーねぇ…ネットに向かって投げるか…。」
こうしてネットに向かって投げ始める悠太。しかし、ここ最近はずっと美咲のミットに向かって投げていたので、物足りなく感じる。美咲が怒った理由もよく分からず、今日は早めに切り上げた悠太。次の日になれば元に戻っているかと思いきや…
悠太
「おはよう美咲!」
美咲
「…。」
美咲は悠太と口を聞かなくなる。この様子を見ていた彩花がすかさず美咲に話かけに行く。
彩花
「なんかあったん?」
美咲
「…私は彼を信頼するのはまだ早かった…それに気づいただけ。」
そう言って美咲は1人で行ってしまった。
彩花
「なーにやらかしたんよ悠太?」
悠太
「いや、俺は…」
悠太は、彩花に昨夜の出来事の一部始終を伝えようとしたが…
悠太
「昨夜、美咲を傷つけてしまったのは事実だ。ただ想像以上にデリケートな件だ。俺自身で何とかしてみせる。悪い。彩花含め全員、美咲にも迷惑をかけちまったが、俺が責任を取る。いつも通りにならないかもしれないが、いつも通りに動いてくれるか?」
彩花
「…手ぇ出した訳ちゃうよね?それだと通報もんやけど。」
悠太
「そういうのじゃねぇ!俺の発言が美咲を傷つけたんだ!だから俺が何とか弁明しなきゃ!」
自分がしてしまったことに焦り始める悠太。最初は美咲を案じ何が起きたか気になっていた彩花も、この悠太の姿を見て追求はせずに悠太に一任することに。
彩花
「分かったわ。これ以上は探らんといたる。他の部員が探ろうとしても止めといたるわ。その代わり美咲は頼んだぞ。」
悠太
「…!恩にきる。」
日中の練習が始まる。悠太が各部員に随時指導をするものの、相変わらず美咲との会話はなし。美咲は黙々と通常メニューをこなしていた。凛キャプテンをはじめ、察しの良い部員はすぐにそのことに気づき、悠太や美咲に聞こうとするもすぐに彩花が仲介してその件には触れさせないようにする。
しかし何日か経ってもなかなか美咲に対してどうすれば良いか分からない悠太。
悠太
(クソ!具体的に美咲に対して何をすれば良いんだ?まず、美咲がこうなった原因は明らかだ。俺が美咲の男子の甲子園出場の夢を無理と言ったこと。俺は普通に今まで前例がないから無理だろうと、ただ事実を軽く言ったつもりだったが…。)
頭を抱える悠太。美咲は一向に悠太と会話をしようとせず、悠太への信頼をなくし、ヤケクソ気味に元から悠太を嫌う葵に忠誠を誓ったかのように動く。当てつけのようであっても孤独だった葵は喜んだ。
葵
「美咲ちゃん!やっぱりアイツ!ていうか男なんてみーんなデリカシーのないクズよ!あーあ。みんなも早くそれに気づいてくれればいいのに。」
美咲
「…男はみんな…全くです。」
以降も悠太と美咲の関係は膠着状態が続く。そしてついに、ストレスを抱えた状態の2人のパフォーマンスが劣化してきた。お互いの様子を見つめ、そのことは分かっていても改善しきれない2人。
2年生捕手の理佐相手に投げる悠太。集中力が切れて失投が目立つ。
理佐
「うおっと!悠太君!その球は誰も捕れないよ!」
悠太
(マズイな…。本当にどうすれば…。男子の甲子園が無理じゃないことの証明?女子が男子の甲子園に参加する方法の提示!?出来るのか俺に?いや、てかそもそもそれで美咲は満足してくれるのか?)
この手のトラブルは慣れずに苦手な悠太。考え抜いた挙句、決心をする。
悠太
(…素直に謝るか…。)
練習中、美咲が1人でいるところに話しかける悠太。
悠太
「美咲!今夜9時!いつも通りの時間にブルペンに来てくれ!球を捕ってくれなんて言わない!ただ俺の話を聞いて欲しいんだ!」
美咲
「…。」
そして、その日の夜8時40分。ブルペンは歩いて10分もしない場所にあるが、呼び出しておいて自分が後に来るのは失礼だろうと、ブルペンに行こうと寮の玄関へ。
いくら悠太がチームメイトと馴染もうが、これは門限破りに変わりないので、ブルペンに行く時は変わらず予備のスパイクをダミーで用意していた。自分が発案したこの方法は美咲も夜にブルペンに向かう時は真似をしている。美咲の下駄箱を確認すると、美咲のスパイクは入れ替わっていない。つまり、美咲はブルペンにいないということだ。本当に来るのかどうか。そんなことを考えながら、もしも来なくてもネットに向かって投球練習ができる準備をしておいてブルペンに向かう悠太。
ブルペンに入る悠太。すると、既に美咲がこちらを睨みつけてブルペン内に立っていた。
悠太
「美咲!?何で!?」
ふと悠太が美咲の足元に目を移すと、美咲は予備のスパイクを履いている。自分はブルペンにいないと悠太に思い込ませたかったのだろうか。ブルペンにいるということは、美咲は悠太の話を聞くということ。いや、むしろ美咲側が悠太を逃すまいと主導権を握るためにこの行動を起こしたのだろうか。真意が分からず戸惑う悠太だが、本題である美咲に自分の思いを伝え始める。
悠太
「…美咲。ごめん!俺!お前の夢、女子だけど男子と同じ甲子園に行きたいって夢!何も考えずに無理だって否定しちまった!でも本当は無理じゃないよな!やり方…は…ちょっと分かんねぇけど…調べたんだ!なんか、ちょっと昔だけど甲子園には行けなかったがどっかしらの地方大会で女性選手が…」
美咲
「そんなことはどうでもいい!無理と最初に言ったあんたの気持ちが本心でしょ!それに罪悪感を感じてんのは分かったけど、私に合わせて機嫌取ろうとしてんのが見え見えなのよ!」
悠太
「!」
美咲に反論され少し固まる悠太。
悠太
(やっぱりな…。こいつ相手じゃ下手に出たら逆効果だ。だったら…)
悠太
「分かったよ。確かに俺も…お前の機嫌を損ねた張本人である以上…らしくもなく取り繕ってたな。でもこっからは遠慮なく俺の本心を語る…それでもうこの空気感は終わりだ!」
美咲
「!」
自分に罪悪感はあれど、美咲の性格を読んで強気に出た悠太。悠太の本心が今語られる。




