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第二ボタン

作者: 美月つみき

 校門へと続く道にある早咲きの桜は蕾を付け始めるころ、卒業式が明日に迫っていた。

 俺は行きたかった高校に合格して、四月からは花の男子高校生だ。

 隣を歩く雪乃とは幼稚園のころからの付き合いだ。

 どんなに大きな喧嘩をしても、結局こうやってふたりで帰るのが日常だった。

 これが明日で終わりだと思うと何とも言えない寂しさが募ってくる。

 高校に入ったらすれ違うだけの他人になってしまうかもしれない幼馴染という関係。

 いつの間にか好きになっていて、ずっと傍で守りたいと思える初恋の人。

 だが告白する勇気はないヘタレ野郎が俺だ。

 感傷に浸って小さくため息をつくと、隣を歩いていた雪乃が芯の通った黒い瞳をきらきら輝かせながら俺の顔を覗いてくる。

 「んだよ、びっくりすんじゃん。」

 「ねぇ、悠人は誰かに第二ボタン誰かに渡すの?」

 突然投げかけられた質問に固まってしまった。

 ……第二ボタン。

 渡すことを考えなかったわけじゃない。

 でも幼馴染という関係すら終わってしまうんじゃないかと思うと怖い。

 まさか雪乃がそのことを聞いてくるとは思わなくて、動揺を悟られないように口元をマフラーで隠す。

 「あぁ、そういえばそんな風習あったな。……でも雪乃には関係ないだろ。」

 「関係あるよ、幼馴染だしさ。悠人って好きな人の話してくれたこと一度もないし。まぁ一応悠人も思春期の男の子だし、誰かしらいるんじゃないのかなって気になったのさ。」

 関係が終わるのは怖いと言いながら、幼馴染だからと言われるのも癪に障る。

 どこまでいっても女々しい自分に腹が立つ。

 「あー、そういうことね。まぁ俺、そういう色恋ごとは興味ないの。……雪乃こそいないのかよ、好きな人。」

 やってしまった。

 今まで聞かないようにしていたのに。

 感情に任せて聞いてしまったことを後悔しても、口から出た言葉を取り消す術はない。

 雪乃はうーんと唸りながら、こっちを見て優しく微笑んだ。

 「私はいるよ、好きな人。高校に入ったら会えなくなるかもしれないし、後悔するのは絶対に嫌だから明日告白する。人も多いだろうから探すの大変そうだけどね。」

 そう言うと雪乃はひとつにまとめた黒い髪を揺らしながら前を歩き出す。

 小学校のころから誰よりも雪乃を見てきたはずなのに知らなかった。

 相手は誰だろう、俺の知らない人かもしれない。

 雪乃の隣に違う人がいるのを想像すると、胸が苦しくなって言葉が出ない。

 ぐるぐる回る思考の渦に飲まれながら歩いていると、いつの間にか雪乃の家の前に着いていた。

 「到着!それじゃ、また明日ね。」

 後ろを向いて玄関の扉を開けようと鍵を探し始めた。

 明日誰かに告白をするなら、いま伝えるべきなんじゃないか。

 関係が壊れたっていいじゃないか、終わってしまうかもしれないんだから。

 でも口から出た言葉は違うものだった。

 「……あぁまた明日な。」

 雪乃は優しく微笑むと鍵を見つけて家へ入っていく。

 言えなかった自分が恥ずかしくて、悔しい。

 ……これじゃだめだ。

 雪乃は後悔しないように伝えると言っていた。

 俺もこの気持ちが迷惑でも気持ち悪くてもいいから、ちゃんと雪乃に伝えよう。

 前に進めるように、後悔しないように。

 暫く立ち尽くしたあと手を固く握り締めた。

 

 ――

 温かい陽ざしに見守られながら卒業式は無事に終わった。

 最後のホームルームが終わって、クラスの奴らはアルバムに寄せ書きを書きあっていた。

 早く雪乃を見つけないと伝えられないかもしれない。

 急ぎ足で教室を出ようとするとクラスの友達に声をかけられたが、学ランを見て察してくれたのか頑張れと背中を押してくれた。

 やっとかよとも聞こえた気がしたが、無視して雪乃を探す。

 教室にいないし、下駄箱に靴が入っていない。

 急いで靴を履いて外に出ると、応援してくれているのか強い風が背中を押してくれた。

 校門の近くでは親や友達と写真を撮ったり、後輩に名札を渡したりしている人で溢れていた。

 もう告白が終わってたらどうしよう、昨日伝えてられていれば。

 不安と後悔からくる焦りでなかなか見つけられない。

「悠人。」

 聞き覚えがある心地のいい優しい声。

 ゆっくり後ろを振り向くと雪乃はそこにいた。

 そしてただひとこと探したんだよと彼女は呟いた。

 それを聞いて俺は本当に馬鹿な奴だと悟った。

 この気持ちが届くように手の中にある第二ボタンを差し出して、真っ直ぐ瞳を見ながら伝える。

 「雪乃、ずっと前から好きでした。意気地ない俺でよければ付き合ってください。」

 「遅すぎるよ。ずっとその言葉を待ってたよ。」

 手のひらにちょこんと乗っている第二ボタンを大事そうに手に取ると、いつもと同じ優しい眼差しで、今まで見た中で一番の笑顔でそう言う雪乃は誰よりも可愛かった。

 これから先もふたりで歩けることに喜びを嚙みしめながら、校門を後にした。


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