第四十一話:実質的敗北
シャドウメイジの黒い霧が渦を巻き、その中心から長い鎖が伸びた。それは一瞬でコトネを捉え、彼女の身体を空中に吊るし上げる。
「きゃっ!」
コトネが驚きの声を上げるが、すぐに鎖がさらに強く締まり、彼女の動きを完全に封じた。
「コトネ!」
エリオスが叫ぶ。しかし、彼が一歩踏み出そうとした瞬間、シャドウメイジが鎖を軽く引き締める仕草を見せた。
「そこまでだ、エリオス。これ以上近づけば、この娘の命は保証できんぞ」
シャドウメイジの声は冷たく響き、周囲の空気を凍らせるような威圧感を伴っていた。
「……卑怯だ!」
しゅうが拳を握りしめながら叫ぶが、その表情には焦りと苛立ちが混ざっている。
「卑怯? それは人間の価値観だろう? 戦いにおいて、勝利するための手段に善悪などない」
シャドウメイジが冷笑を浮かべながら言うと、鎖がほんの少しだけ引き締まり、コトネが苦しげに声を漏らした。
「やめろ!」
エリオスの声が響くが、シャドウメイジはその言葉を無視するかのように続ける。
「さあ、エリオス。お前には選択肢が二つある。ネクロスの力を解き放つか、それとも、この娘を失うか――どちらを選ぶ?」
ポルフィはその光景を見つめながら、胸の内で強い葛藤を抱いていた。
『こんな状況で、わらわは……』
彼女は拳をぎゅっと握りしめる。自分の力でこの場を一掃することは可能だった。しかし、それは彼女が魔王であることを暴露する行為でもある。
「まさか、こんな形で奴がエリオスにネクロスを求めるとは……」
ポルフィは小さな声で呟いた。
『ネクロスの力は彼の身体を蝕む危険がある。それを知りながら、それでも彼に選ばせるなど……!』
彼女は視線をコトネに移した。コトネの顔には苦痛の色が浮かんでいる。それを見て、ポルフィは歯を食いしばった。
その時、エリオスの右手に刻まれた紋章が鈍く輝き始めた。
「また俺の力を使えと言うのか、ネクロス……」
エリオスの心にネクロスの低い声が響く。
「いいや、我が主。これまでの力ではない。今こそ、我が与えた剣の本来の力を引き出す時だ」
「本来の力……?」
「そうだ。滅びを超えた力――“冥煌閃刃”だ。その刃は、お前の決意に応じて形を変え、敵を消し去る。だが、その一撃には覚悟が必要だ。刃が触れるすべてを断つ威力、味方すら巻き込む危険を伴う」
エリオスは目を閉じ、深呼吸をする。
「俺には守るべき仲間がいる。命を懸けてでも、彼らを守る」
「ならば応えよう……我が主よ。その覚悟、試させてもらおうか」
エリオスが剣を構えると、その刃が黄金と漆黒の光を放ち始める。周囲の空間が軋み、シャドウメイジさえ一瞬たじろぐ。
「何だ、その力は……!」
エリオスが低く呟くように詠唱を始める。
「悠久の闇よ、我が意志に従い、全てを裂く光を生め。守護と滅びの刃よ、我が敵を貫き、道を切り開け――冥煌閃刃!」
刹那、剣に凝縮されたエネルギーが爆発的に広がる。その威圧感に、シャドウメイジが動揺を隠せない。
エリオスが剣を振り下ろすと、黄金と漆黒の斬撃が空間を裂き、シャドウメイジの闇の壁を粉々に砕く。その衝撃波がコトネを縛っていた鎖を断ち切り、彼女の体がゆっくりと地面に降りた。
「コトネ、大丈夫か!?」
エリオスが駆け寄り、彼女を支える。
「エリオス……ありがとう……」
彼女の目には安堵と感謝が浮かんでいた。
「クッ……! お前、本当にその力を解放するとはな!」
シャドウメイジが後退しながら冷たい笑みを浮かべる。
「だが覚えておけ、その力には代償が伴う。滅びの剣を振るう者には……必ず終焉が訪れるのだ!」
彼の姿が黒い霧と共に消え、静寂が広間を包む。
エリオスの体がふらつき、コトネが慌てて彼を支える。
「エリオス、大丈夫!? 無茶しすぎだよ……」
「大丈夫だ……けど、今の力、まだ完全に制御できていない……」
しゅうとポルフィも駆け寄り、心配そうに彼を見つめる。
ポルフィは眉をひそめながら心の中で呟く。
『あの力……まさかここまでの威力とは。あやつの決意がどれほどのものか、この目で確かめた……』
しかしその一方で、彼女は自らの正体が露見しないよう、言葉を飲み込んだ。
「エリオス、本当にすごかったよ。あの剣、めちゃくちゃ強かったけど……」
しゅうが少し笑いながら言葉を続ける。
「無茶したら、私が怒るからね!」
「それでも、仲間を守るためなら……俺はまた振るうさ」
エリオスの言葉に、コトネとしゅうは黙って頷いた。
「さて……わらわらもそろそろ休息が必要じゃな」
ポルフィがあえて軽い調子で話を切り替える。
「皆の者、まずは戻って傷を癒すことじゃ。シャドウメイジの言葉が示す通り、戦いはまだ続くからの」
シャドウメイジが闇に溶け込むように消えたかと思われたその瞬間、辺りに不気味な笑い声が響き渡った。
「まだ終わりではない……ここからが本当の始まりだ」
突然、闇の中から漆黒の鎖が飛び出し、しゅうを絡め取った。
「な、何……!?」
しゅうが驚きの声を上げるが、その鎖は彼女の体をがっちりと捕らえ、力を吸い取るように絡みついていく。
「しゅう!」
エリオスが剣を構え、しゅうを救おうと駆け寄る。しかし、闇の壁が瞬時に立ち上がり、彼の進路を遮った。
「残念だったな、小僧。貴様の仲間は預からせてもらう!」
シャドウメイジが姿を現し、笑みを浮かべながら鎖を引っ張る。
「離せ! しゅうを返せ!」
エリオスが必死に叫ぶが、シャドウメイジは薄笑いを浮かべたままだ。
「ふん、あの娘には興味深い力が宿っている。春華顕現――その力を我々のために利用させてもらう」
「そんなことはさせない!」
エリオスが剣を振り下ろし、闇の壁を破ろうとするが、シャドウメイジは軽く指を鳴らすだけでさらに強力な壁を作り出した。
「無駄だ。今のお前では、この壁を破ることなど不可能だ。そして、貴様の仲間も二度と戻らない」
しゅうは鎖に引っ張られながらも必死に抵抗する。
「エリオス! 私、大丈夫だから……あんまり無茶しないで!」
「しゅう……!」
エリオスは歯を食いしばりながらも、無力感に苛まれていた。
ポルフィはその様子をじっと見つめていた。
(やっと邪魔者が消えたな)
ポルフィの目に喜びが浮かび上がるが、その感情を隠すように冷静を装っていた。
「では、さらばだ。もっと力をつけてから追いかけるがいい
まあ私はシンジゲートのなかでもっともつよいからな!」
シャドウメイジが薄ら笑いを浮かべながら、鎖を引き、しゅうを闇の中へと消え去らせる。
「待て! しゅうを返せ!」
エリオスが叫びながら闇の中へ飛び込もうとするが、その闇の壁は消え失せ、手に何も触れることはなかった。
「……くそっ!」
エリオスが拳を地面に叩きつけ、悔しさに震える。
「エリオス……」
コトネがそっと彼の肩に手を置くが、エリオスの顔は俯いたままだった。
ポルフィは遠くを見つめながら、内心で考えを巡らせていた。
(春華顕現の力を持つ者を敵に奪われたとなると、事態はさらに悪化する可能性が高い。……だが、だがあのものが消えたおかげで…慎重に行動せねば)
彼女は冷静な声でエリオスに語りかけた。
「しゅうはまだ無事じゃろう。この程度のことで折れるような者ではない。まずは、次の手を考えるのじゃ」
「……次の手……」
エリオスが呟くように答えたその瞳には、再び小さな炎が灯っていた。
「絶対にしゅうを取り戻す。それがどれだけ困難でも……俺は諦めない」
コトネもその言葉に頷き、静かに言葉を添えた。
「そうだね。今は無茶をしないで、しっかりと準備を整えよう。私たちで絶対にしゅうを助けるから」
1章ここで区切り悪いですが終了です
また時間をおいて投稿します
毎日読んでる方には迷惑かけますがよろしくお願いしますm(_ _)m




