第四十話:ネクロスの可能性
ナレーター
「空に燃え立つ炎の星々よ、敵を焼き払い、大地に痕を刻め――インフェルノ・レイン!」
桜色の炎が天高く舞い上がり、無数の火の玉となって敵全体に降り注ぐ。
「これで終わりだ!」
ナイトフォール、グラウンドクローラー、テンペスト・レイヴンが火の雨に包まれ、激しく燃え上がる。しかし、その威力はあまりにも大きすぎた。
「くそ、戦場全体が……!」
エリオスが叫ぶ中、巨大な爆発が周囲を飲み込み、焦げた大地と黒煙が広がった。
ポルフィの防御魔法――仲間を救…
その時、ポルフィが前に出て杖を振り上げる。
「このような爆発で全てが終わるわけにはいかんのじゃ!」
彼女の瞳が赤く輝き、強力な防御魔法の詠唱が響く。
「混沌を断ち、秩序を守る盾よ――アーク・バリヤ!」
黄金色の魔法陣が広がり、エリオスたちを包み込む。爆発の衝撃が魔法陣に直撃するが、全てを防ぎきる。
「ポルフィ……ありがとう!」
コトネが安堵の声を漏らす中、しゅうはイフリートの姿を見上げ、満足そうに微笑んだ。
「イフリート……やっぱり、私たちは最強だね!」
戦場の混乱が収まり、焦げた大地には静寂が戻っていた。エリオスたちは疲労した体を引きずりながら、ようやく帰路につく準備をしていた。しゅうはイフリートを消し、額に浮かんでいた桜色の逆三角形の紋章も淡い光を残して消え去る。
「全員、無事か?」
エリオスが仲間たちに声をかけると、コトネが少し疲れた顔で笑顔を見せた。
「ええ、何とかね。でも……今日の戦いはきつかったわ」
「ポルフィが守ってくれなかったら、どうなってたか……」
しゅうは肩で息をしながら、ポルフィに感謝の視線を向けた。
「ふむ、当然のことをしたまでじゃ。それより、皆が無事で何よりじゃな」
ポルフィはいつもの軽い調子で答えたが、その顔には疲労の色が見える。
一行がようやく荷物をまとめ、帰る準備を整えたとき、不意に背後から低く冷たい声が響いた。
「ふん……随分と派手にやってくれたようだな」
その声に全員が一斉に振り返ると、そこには無傷のまま悠然と立つシャドウメイジの姿があった。黒いローブは一切汚れておらず、その瞳には不気味な冷笑が浮かんでいる。
「シャドウメイジ……!」
エリオスが剣を構え、警戒する。
「どうしてお前がここに……!?」
コトネが驚きの声を上げる中、ポルフィが眉をひそめ、シャドウメイジを睨みつけた。
「ほう、まだ生きておったか。あの混乱の中、無傷とは驚きじゃの」
「無傷?当たり前だ。私はお前たちと違い、戦場で己を危険に晒すような愚か者ではない
まあ前回はネクロスだったから防げるわけがないのだがな…ダスク…」
シャドウメイジは少し悲しい顔を浮かべながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。その動きには一切の焦りが感じられない。
「何の用だ?」
エリオスが剣を握り締めながら問いかけると、シャドウメイジは彼をまっすぐに見据えた。
「エリオス……いや、“ネクロスの器”よ。お前が私の目的を果たすために必要不可欠な存在だということを忘れるな」
「……目的?」
エリオスが警戒心を強める中、シャドウメイジは嘲るように笑った。
「そうだ。その力――“虚無断界”を含むネクロスの全ての力だ。それを解き放つことで、我々シンジゲートの野望は完成する。お前の力なくしては成し得ない」
「そんな馬鹿げた話に乗るわけがない!」
エリオスは剣を構え直し、シャドウメイジに向かって一歩踏み出す。
「それに……ネクロスの力は、仲間を守るために使うものであって、お前たちの都合で使うものじゃない!」
シャドウメイジはその言葉に反応し、冷たい笑みを浮かべたまま手を広げた。
「仲間を守る、か……。確かに美しい言葉だ。だが、その力を本当に理解しているのか?“虚無断界”の奥底に秘められた可能性を、お前はまだ知らないのだろう?」
「……何の話だ?」
エリオスの眉間に皺が寄る。その様子を見て、シャドウメイジはさらに挑発するように続けた。
「ふふふ、ネクロスの力はそんな生半可なものではない。真なる姿を解き放てば、世界の理そのものを覆すことができる。お前が本気で力を使うことを拒むなら……」
彼はその手を掲げ、暗黒の魔力を周囲に満たしていく。
「お前の仲間たちを、その“力”の犠牲にしてやろう」
「何だと!?」
コトネが杖を構え直し、しゅうも緊張した面持ちで前に出ようとするが、エリオスが手で制した。
「待て。俺が話をつける」
エリオスの声は低く、決意に満ちていた。
「お前が本当に俺の力を求めるなら、なぜ俺を直接襲わない?なぜ仲間を巻き込む?」
「その答えは単純だ。お前は“仲間を守る”という大義を持っている。それがある限り、お前は力の全てを解放することをためらうだろう。だからこそ、私はその“守るべきもの”を脅かすのだ」
シャドウメイジの言葉にエリオスは怒りを抑えきれず、剣を振りかざした。
「お前の目的なんて知るか!俺たちを試すつもりなら、全力で迎え撃つだけだ!」
「ほう……ならば試してやろう。ネクロスの器としての資質をな!」
シャドウメイジは暗黒の魔法陣を展開し、その場に闇の霧が広がっていった。
「全員、構えろ!」
シャドウメイジの魔法陣が闇の霧を広げると、戦場の雰囲気は一変した。冷たい風が渦を巻き、黒い霧が視界を遮る。エリオスたちの周囲には、不気味な気配が漂い始める。
「なんて嫌な感じ……」
コトネが杖を握りしめ、眉をひそめながら呟く。彼女の光の魔法が霧をわずかに切り裂くが、その先に見えるシャドウメイジの姿はますます不気味なものに映る。
「エリオス、気をつけて!何か仕掛けてくるわ!」
コトネの声に、エリオスは剣を構え直した。しかし、その動きにはどこかぎこちなさがあった。
「……わかってる」
短く答えるエリオス。その声は冷静すぎるほど冷静で、普段の彼の熱意や感情が感じられない。
心の声を消されたエリオス――仲間を守るという意志を持ちながら、その心情の重みが封じられている状態で、彼の声にはどこか冷たさが漂っていた。
後方で見守るポルフィ――揺れる魔王の心情
ポルフィは一歩下がった位置から、その光景を静かに見守っていた。戦闘に加わるわけにはいかない――それが彼女自身の選んだ立場だ。
「エリオス……」
彼女は心の中でその名を呟き、目の前の戦況に焦りを感じていた。魔王としての記憶がよぎる。
――ネクロスの器、そして心情を封じられた彼が抱える危険性。それを知っているからこそ、彼女は口を閉ざすしかなかった。
『私が力を露わにすれば、彼らに疑念を抱かせることになる……でも、この状況を見過ごすわけにもいかぬ……』
ポルフィは葛藤していた。エリオスたちを守りたいという思いと、正体を隠さなければならない使命感。その狭間で揺れる心情が彼女を苦しめる。
「わらわがこの場にいることで、むしろ彼を苦しめておるのではないか……」
ポルフィは拳を強く握りしめた。
「さあ、私の“闇”を楽しむがいい!」
シャドウメイジが高らかに宣言すると、魔法陣から無数の闇の騎士が姿を現した。彼らは黒い鎧に身を包み、それぞれが巨大な剣や槍を持っている。
「数が多い……!」
コトネが息を飲む。
「まずはこいつらを片付ける!」
しゅうが前に出て、炎の魔法を構えた。
「灼熱の球体よ、我が力を乗せ、敵を焼き尽くせ――飛べ、紅蓮の閃光よ!ファイア・ボルト!」
中型の火球が闇の騎士の一体を直撃する。しかし、黒い鎧は炎をほとんど通さず、僅かな焦げ跡を残しただけだった。
「効いてない……!?なんて硬さなの!」
エリオスが剣を振り上げ、突進する。
「ヴァンガード・スラッシュ!」
光を帯びた斬撃が騎士の一体を斬り裂いたが、次々に現れる騎士たちがエリオスに襲い掛かる。
「数が多すぎる……!」
エリオスは必死に剣を振るい、攻撃をかわすが、次第に防御が追いつかなくなる。
「エリオス、下がって!私が援護する!」
コトネが光の魔法を発動する。
「神聖光輝の刃よ、暗黒を斬り裂き、不浄なる者を裁け――レイ・ブレード!」
眩い光の刃が騎士の一部を消滅させる。しかし、消えた分を補うようにさらに多くの騎士が召喚される。
「さあ、どうした?この程度の“闇”すら超えられぬのか?」
シャドウメイジは冷たく笑みを浮かべ、魔法陣を強化する呪文を唱え始めた。
「私にとって重要なのは、お前たちではない……ネクロスの力そのものだ。その力を解き放て、エリオス!」
「そんなことをするわけがない!」
エリオスが叫ぶが、その声には感情が欠けている。その様子を見て、シャドウメイジは目を細めた。
「お前が“心”を失っている状態では、その答えには何の価値もないな……」
シャドウメイジの言葉がさらにエリオスを追い詰める。
ポルフィの心の声――苦しむ仲間への想い
ポルフィはそのやり取りを見ていられなくなった。
『わらわの力を使えば、この状況は一瞬で終わらせられる……だが、それをしてしまえば、すべてが露見する……』
彼女の心は揺れる。自分が介入しなければ、エリオスたちが危険に晒される可能性がある。しかし、介入すれば彼女の正体が明らかになり、彼らとの絆が壊れてしまうかもしれない。
「……エリオス、しっかりするのじゃ。普通のものには到達できんほどの“力”があるはずじゃろう……!」
心の中でそう呟くと、ポルフィはぎゅっと唇を噛み締めた。
エリオスは一歩踏み出し、剣を強く握り締めた。
「俺の力は、仲間を守るためにある……たとえ心がどうなろうとも、それだけは忘れない!」
シャドウメイジの笑みが深くなる。
「ふふふ……その答えが、この戦いをどう変えるか……楽しみにしているぞ、ネクロスの器よ」




