第三十七話:炎
迷宮の奥深く、エリオスたちは荘厳な双扉の前に立っていた。黒曜石で作られたその扉には、燃え盛る炎を模した紋章が刻まれ、見る者に圧倒的な威圧感を与えている。扉の周囲には古代文字が刻まれており、微かに赤い光を放っていた。
「この先が最後の試練……って感じだね」
しゅうが少し緊張した表情で呟く。
コトネは扉の周囲を慎重に観察していた。
「間違いないわ。扉の周りの魔力の濃さが異常よ。きっと、この奥に何かが待っている……」
ポルフィが軽く笑みを浮かべながら扉に触れる。
「そうじゃな。この魔力……随分と燃え盛っておるの。わらわでも少し熱を感じるほどじゃ」
「ここで立ち止まるわけにはいかない。全員、準備はいいか?」
エリオスが振り返ると、しゅうとコトネはしっかりと頷いた。ポルフィも一歩後ろに下がり、彼らを見守るような仕草を見せた。
エリオスが双扉を押し開けると、眩い炎の光が彼らを迎えた。
扉の先には巨大な闘技場が広がっていた。天井が高く、壁には炎の模様が彫られている。その中心には、燃え盛る巨大な獅子が悠然と立っていた。全身が炎でできたその獅子は、爛々と輝く赤い瞳でエリオスたちを見据えている。
「これが……最後の試練の守護者ってわけか」
エリオスは剣を構え、獅子の圧倒的なオーラに耐えるように前へ進んだ。
「やばい……ただ立ってるだけでこんな熱量なんて!」
しゅうが汗を拭いながら呟く。
その時、炎の獅子が低く唸り声を上げた。その声が迷宮全体を震わせ、足元の床が割れそうなほどの衝撃が走る。
「侵入者よ……我はこの迷宮の守護者、焔獄の獅子・イネス。この試練を越える者のみ、迷宮の真の力を得る資格を与えられよう」
「力試し……ってわけね。上等じゃない!」
しゅうが杖を構え、炎の魔力を手に集め始める。
「行くぞ、全員気をつけろ!この熱量、並みの攻撃じゃ通らない!」
エリオスが仲間たちに声をかけ、剣を抜き放つ。
イネスが咆哮とともに前足を振り下ろすと、地面から巨大な炎の柱が立ち上った。
「うわっ、危ない!」
コトネが咄嗟に杖を振り、光の防壁を展開する。
「光の盾よ、守護の力を与えよ――ライト・シールド!」
光の盾が炎を防ぎ、エリオスたちは辛うじて直撃を免れた。しかし、熱気は彼らをじわじわと消耗させていく。
「全力で行くしかないね!」
しゅうが杖を振り上げ、炎の魔法を放つ。
「灼熱の球体よ、我が力を乗せ、敵を焼き尽くせ――飛べ、紅蓮の閃光よ!ファイア・ボルト!」
中型の火球がイネスに直撃するが、炎の体に吸収されてしまう。
「えっ!?通じてない!」
しゅうが驚きの声を上げる中、イネスが再び動き出す。
「小細工など無意味……その程度の力では我を倒すことなど不可能だ」
イグネスがさらに巨大な炎の波を放つ。広範囲に及ぶその攻撃に対し、コトネが必死に詠唱を開始する。
「癒しの波動よ、全てを包み、力を満たせ――ヒーリング・バースト!」
光の魔法が仲間たちを包み込み、彼らの体力を回復させた。
「くそっ、こんなのどうやって倒せばいいんだ……!」
エリオスが額に汗を浮かべながら呟くと、ポルフィが微笑みながら前に出た。
「なるほど、ただの炎ではない……その根底には“焔の呪詛”が込められておるな」
ポルフィが呪文を唱え始めると、空間が一瞬ひんやりとした。
「お主ら、無理はするでないぞ。こやつは今までの守護者とは格が違う」
(いざとなったらわしも春華顕現しないといけないのかの…)
しゅうが叫ぶ。
「それは分かってるけど、どうすればいいんだよ!」
ポルフィは冷静な表情を崩さず、しゅうの肩に手を置く。
「しゅう、花雲春色を発動せよ。それがこの獅子を抑える鍵となろう」
「……分かったよ!春華顕現!」
彼の額の目の上側に逆三角形の桜色の紋章が浮かび上がり、周囲の炎が一瞬にして静まったように感じられる。
しゅうが覚醒した力でイネスを一時的に押さえ込み、その隙を見てエリオスが前に出る。
「まだポルフィの前で使うつもりはなかったのだが…」
「永久とこしえの闇よ、万象を呑み尽くし、滅びし大地に断界を刻め――無限の刃よ、虚無を裂き、道を切り開け!虚無断界!」
黒い霧を纏った一撃が、の胸部を貫く。
「なん…だと…」
すると、ポルフィが軽く目を見開き、呟いた。
「その力……やはりな。」
イネスの体が黒い霧に包まれ、やがて消え去っていった。
エリオスが虚無断界を放った瞬間、闇の刃が炎の獅子の胸を貫いた。巨大な獣は苦しげに吠え声を上げ、その燃え盛る体がゆっくりと崩れていく。やがて、炎は赤い光の粒となって宙に舞い、迷宮全体に温かな輝きを放ちながら静かに消え去った。
迷宮内が静寂に包まれたその瞬間、試験用の魔法陣が再び輝き出した。天井の高い空間に広がる光が、戦いの終わりを告げているようだった。
「終わった……本当に終わったんだ」
エリオスは剣を地面に突き刺し、肩で大きく息をついた。その顔には疲労が浮かんでいたが、それ以上に達成感が感じられた。
しゅうが杖を振り下ろして光を消し、笑顔を見せる。
「やったね!あの獅子、本当に強かったけど……みんな無事で良かった!」
「全員無事だったのが何よりだよね」
コトネがヒールを詠唱しながら、軽く笑みを浮かべた。
「癒しの光よ、傷を包み込み、命を癒せ――ヒール!」
杖から放たれる柔らかな光が、仲間たちの体を包み込み、戦いで負った小さな傷や疲れを癒していく。
一息つく間もなく、ポルフィが腕を組み、エリオスをじっと見つめた。その赤い瞳には、いつになく真剣な色が宿っている。
「エリオス、あれは……虚無断界じゃな?」
「……そうだよ。ネクロスの力を借りて使った技だ」
エリオスが答えると、ポルフィは少し間を置いてから小さく笑った。
「やはりな。その力をもっていたか、使いこなせればこれからの戦いで大いに役立つ。しかし、くれぐれも扱いを誤るなよ。」
「やっぱり危険なものなのか……」
エリオスが呟くと、ポルフィは肩をすくめるようにして付け加えた。
「力とはそういうものじゃよ。強大であるほど代償も大きい。だが、エリオス、お主にはその力を乗りこなす素質があるようじゃ。わらわの見る目は確かだからな」
エリオスはポルフィの言葉に小さく頷き、剣を収めた。その姿を見て、しゅうが明るい声を出す。
「ねえねえ、そんな真面目な話はあとにして、まずは出口を探さない?ここで立ち話してたら、いつまでも迷宮から出られないよ!」
(この娘やはりじゃまだな…)
一同が前を向くと、迷宮の奥に一本の光の道が伸びているのが見えた。
「これが出口か……」
コトネが杖を握り直しながら呟いた。
「行こう。試験は終わったんだ。あとは無事に戻るだけだよ」
エリオスが先頭に立ち、仲間たちを率いて光の道を進む。道中、壁に刻まれた古代文字や魔法陣が淡い光を放ち、出口へと導くように輝いていた。
「この光、試験の合格を祝っているみたいだね」
しゅうが感慨深げに言うと、ポルフィがくすくすと笑った。
「そうじゃな。迷宮も、お主らの実力を認めたということじゃろう」
やがて光の道の終着点にたどり着いた一行は、大きな扉の前に立った。その扉には王国の紋章が刻まれ、堂々たる雰囲気を放っている。
「これが出口だな」
エリオスが扉に手をかけ、力強く押し開けた。
眩い陽の光が差し込む中、一行は迷宮を脱出した。眼前には青空が広がり、遠くには王都の城壁が見える。
「外だ……ようやく出られた!」
しゅうが歓声を上げ、両手を大きく広げる。
「本当にやり遂げたんだね」
コトネが安堵の笑顔を浮かべ、エリオスに向かって言葉を続けた。
「エリオス、あなたがいなかったら、きっとこんな風に無事に脱出することはできなかったよ」
「みんながいたからだよ。俺一人じゃ何もできなかった」
エリオスがそう答えると、しゅうがふくれっ面で割り込んできた。
「それにしてもさ、私だって結構頑張ったよね!褒めてくれてもいいんじゃない?」
「しゅうも、すごく良かったと思うよ」
エリオスが笑いながら答えると、しゅうは急に頬を赤くして、そっぽを向いた。
ポルフィがそんな様子を見て微笑みながら、軽く肩をすくめた。
「まったく、お主らは仲が良いのか悪いのか分からんのう」
迷宮から戻ったエリオスたちは、特務部隊の本部でリュカス団長に出迎えられた。
「戻ったか。試験は無事に終わったようだな」
団長の低く力強い声が一行を迎える。
「はい、無事に全員で突破しました!」
エリオスが胸を張って答えると、団長は満足げに頷いた。
「お前たちの力は確かだ。そしてその連携も見事だった。これより、お前たちは正式にプラチナランクの冒険者として認められる」
団長の言葉に、一行は一斉に顔を輝かせた。しゅうが勢いよく拳を突き上げる。
「やったー!ついにプラチナランクだよ!」
「これもエリオスたちと一緒にやれたからだよね」
コトネが微笑みながらエリオスを見つめる。
ポルフィは少し離れた場所で腕を組みながら頷いていた。
「これで王都でもますます注目を集めることになるじゃろう。これからが楽しみじゃの」
新たな道を切り開いたエリオスたち。試験は終わり…
えっ




