第三十五話:試験開始
王都から北へ続く道を進むエリオスたちは、試験地である「北部の森」に到着した。ここは古代から自然が広がる広大な地域で、冒険者たちには「試練の森」として知られている。その名の通り、迷路のように入り組んだ地形と魔物が生息し、試験会場としては申し分ない場所だった。
「さすがに雰囲気が違うね……これが北部の森か」
コトネが森の入口を見上げながら呟いた。森を覆う木々は空を隠し、薄暗い中にひんやりとした湿気が漂う。足元には苔むした石が散らばり、誰かが長い間手を入れていないことを物語っている。
「道らしい道も見当たらないな。地図を見ながら慎重に進むぞ」
エリオスが前に立ち、剣を軽く抜いて周囲を警戒する。その姿を見て、しゅうが小さく笑いながら付け加えた。
「心配しなくても、私たちには強力なガイドがいるじゃない。ね、ポルフィ?」
「うむ!我輩の知識を存分に活かすがよい!」
ポルフィは胸を張りながら、誇らしげに地図を手に取った。しかし、その手には一部が焦げた地図があり、思わずコトネがツッコミを入れる。
「ポルフィ、それ焦げてるんだけど……さっき何かやった?」
「ふむ、ちと触れたら火が走っただけじゃ!問題なかろう!」
ポルフィが悪びれずに答えると、エリオスは苦笑いを浮かべながら歩き始めた。
「とにかく、進もう。目的地は森の中央付近にある古代の遺跡だ。それまで気を引き締めていくぞ」
一行が森の中に入ると、途端に周囲の気温が下がり、不気味な静けさが広がった。風の音すら聞こえず、聞こえるのは足元を踏みしめる音だけ。
「なんか変な感じ……普通、森にはもっと動物とか鳥の声がするよね」
コトネが不安そうに呟く。その時、彼女の杖に僅かな反応が起こる。
「みんな、気をつけて!何か近づいてる!」
しゅうが杖を握りしめ、警戒する。突然、茂みから数体の魔物――黒い体毛に覆われたオオカミ型のクリーチャーが飛び出してきた。その瞳は真紅に輝き、牙からは毒が滴っている。
「来たか!全員、準備しろ!」
エリオスが剣を抜き、前に立つ。
「ヴァンガード・スラッシュ!」
エリオスの剣が光を帯び、一撃で先頭のオオカミ型魔物を薙ぎ払う。その間にコトネが詠唱を始めた。
「光の盾よ、守護の力を与えよ――ライト・シールド!」
彼女が放つ光の壁が一行を守り、次の攻撃を防ぐ。
「燃え広がれ、紅蓮の床よ――炎の罠となり、敵を捉えよ!フレイム・ブレイズ!」
しゅうの詠唱と共に、足元から炎が広がり、残る魔物を包み込む。炎の中で吠え声を上げた魔物たちは次々に力尽きていった。
「ふん、この程度か。さっさと次に進もう!」
しゅうが勝ち誇ったように杖を振り下ろす。その姿にコトネが少し微笑みながら、手を掲げた。
「でも、気を抜かないで。きっとこれからが本番だよ」
奥へ進むにつれ、森の雰囲気はさらに変わっていった。木々が異様に曲がり、地面には奇妙な紋様が刻まれている箇所が増えてくる。
「これは……魔法陣?」
ポルフィがその紋様を観察しながら呟いた。
「何か分かるのか?」
エリオスが尋ねると、ポルフィは真剣な表情で答える。
「おそらく、ここは封印の場じゃ。だが、この封印が弱まっているように見える。何か大きな力が解き放たれたのかもしれん」
その言葉に一同が緊張を強めた。その時、突然地面が揺れ、足元に亀裂が走る。
「危ない!みんな、離れて!」
エリオスの叫びと共に、一行は飛び退く。その瞬間、地面から巨大な蛇のような魔物――「大蛇グラフナー」が姿を現した。その体は青白く光り、鱗には冷気を纏っている。
「やっぱり……ただの森じゃなかったか!」
しゅうが冷や汗をかきながら構える。その間にポルフィが笑いながら前に出た。
「ふむ、我輩に任せよ!」
ポルフィが詠唱を始める。
「呪われし夜の力よ、我が意に応じ、敵を討て――ダーク・レイヴン!」
ポルフィの周囲に黒い羽を纏った鳥型の魔法陣が現れ、その翼が魔物を切り裂いた。しかし、大蛇グラフナーは怯むことなく攻撃を繰り出してくる。
「くそっ、強いな……でも!」
エリオスが剣を構え、再び前に出る。
「ヴァンガード・スラッシュ!」
鋭い光を帯びた剣が大蛇の頭部を切り裂き、動きを鈍らせた。その隙にコトネが援護に回る。
「神聖光輝の刃よ、暗黒を斬り裂き、不浄なる者を裁け――レイ・ブレード!」
光の刃が大蛇の体を貫き、その巨体を地面に倒れ込ませた。
「よし、あと一押しだ!」
エリオスがそう叫ぶと、しゅうが最後の詠唱を始めた。
「灼熱の球体よ、我が力を乗せ、敵を焼き尽くせ――ファイア・ボルト!」
炎の弾が大蛇の胴体に直撃し、轟音と共に消し炭となった。
「ふぅ……なんとか倒したね」
コトネが額の汗を拭いながら呟く。一方で、しゅうは満足げに杖を掲げた。
「やっぱり私たち、強くなってるよね!」
ポルフィが小さく笑いながら呟く。
「ふむ、まだまだ先は長いがの」
エリオスは剣を収め、前を見据えた。
「目的地の遺跡のほうが厳しい戦闘になると思う……全員、気を引き締めていこう!」
試験の第一段階となる「迷宮」の入口に到着した。それは古代の石造りの建物で、苔むした壁や崩れかけた柱が長い歴史がありそうな雰囲気だった
迷宮の内部に足を踏み入れると、空気はひんやりとしていて、わずかに湿気を含んでいた。暗がりの中に並ぶ壁には、古代文字が刻まれた石板が並び、不気味な光を放っている。
「この雰囲気……本当に迷宮だね」
コトネが周囲を見渡しながら呟いた。彼女の杖の先が光を放ち、薄暗い通路を照らしている。
「道が複雑そうだ。地図がない以上、手分けするのは危険だな」
エリオスが剣の柄に手を置きながら、周囲を警戒する。
「ふふん、でも私たちにはポルフィがいるじゃない?」
しゅうが軽い調子で笑いながらポルフィを振り返る。
「確かにこの迷宮、魔力の流れが非常に複雑じゃが……我が感覚を頼るのも悪くなかろう」
ポルフィはゆったりとした調子で呟くと、目を閉じて集中し始めた。
「迷宮は生き物のように変化することがある。油断は禁物じゃぞ」
しばらく進むと、迷宮が開けた場所に到達した。広間の中央には巨大な魔法陣があり、突然その模様が赤く光り始めた。
「罠か!?」
エリオスが身構えると同時に、床が振動を始め、広間の壁から鋭い槍が飛び出してきた。
「全員、気をつけて!」
コトネが咄嗟に杖を振り上げ、光の盾を展開する。
「光の盾よ、守護の力を与えよ――ライト・シールド!」
彼女の詠唱が響き、眩い光の壁が仲間たちを守る。
「この槍、どんどん早くなってる……!」
しゅうが額に汗を浮かべながら警戒する。
「これだけじゃないみたいだ!」
エリオスが叫ぶと、魔法陣から黒い霧が立ち上り、それが人型に変化していく。次の瞬間、漆黒の鎧を纏った魔物が剣を構えて出現した。
「また戦いか。ちょうど試験にはうってつけだ!」
エリオスは剣を抜き、真っ先に魔物へ突進する。
「ヴァンガード・スラッシュ!」
光を纏った斬撃が魔物を斬り裂く。しかし、相手の鎧が硬く、完全にはダメージが通らなかった。
「くっ、手ごわい……!」
「私も援護する!」
コトネが杖を構え、再び詠唱を開始する。
「神聖光輝の刃よ、暗黒を斬り裂き、不浄なる者を裁け――レイ・ブレード!」
放たれた光の刃が魔物の鎧を破り、その動きを一瞬止めた。
「ここは僕の出番だね!」
しゅうが前に出て、両手を広げると炎がその手に集まり始める。
「灼熱の球体よ、我が力を乗せ、敵を焼き尽くせ――飛べ、紅蓮の閃光よ!ファイア・ボルト!」
中型の火球が魔物に直撃し、炎が鎧を包み込む。しかし、魔物はなおも立ち上がり、剣を振り回した。
「まだ倒れない……!?なんてしぶとさだ!」
しゅうが驚く中、エリオスがすかさず反応する。
「みんな、もう一押しだ!総攻撃を仕掛けよう!」
ポルフィが軽く肩をすくめながら口を開く。
「まあ、この程度の相手、時間の無駄にしかならんのじゃが……良い。見せてやる」
彼女が魔法陣を指差すと、その指先に赤い光が集まる。
「古の呪文に封じられし力よ、混沌を切り裂き、秩序を取り戻せ――カタストロフ・ライト!」
眩い閃光が広間全体を包み込み、魔物は一瞬で消滅した。
「これで道は開けるの」
ポルフィが満足げに微笑むと、エリオスたちは安堵の息を漏らした。
広間を抜けると、迷宮は再び細い通路に変わった。道は何本にも分岐しており、どちらに進むべきか見当がつかない。
「ここでまた時間を取られるわけにはいかないよね」
コトネが地図の代わりに壁の模様を観察していると、しゅうが不満そうに呟いた。
「こういうとき、運任せで進むのも手だと思うんだけどな~」
「それでハズレを引いたらどうするつもりなんだ?」
エリオスが少し笑いながら言うと、しゅうはむっとした表情を浮かべた。
「エリオスだって、あんまり慎重すぎると時間切れになっちゃうよ?」
ポルフィがそんな二人のやり取りを聞きながら笑い出す。
「なんとも賑やかじゃの。まあ、今回はわらわが道を教えてやる」
彼女が通路の中の一つを指し示し、全員がその先へ進むと、光が漏れる出口が見え始めた。
「もうすぐ出口だ!全員、最後まで気を抜くな!」
エリオスが叫び、仲間たちは一斉に走り出した――。




