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三殺事件 ~The End of World~  作者: Red
第十三章 勝本と弟子
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授業

 ちょうど円の中心ほど。明るいランタンの隣に居る男は、黒い髪を乱雑に切った跡がある。黒いシャツに黒いジーンズを着た男『日向勝本』。その服は、赤色に汚れている。


 どうするか。目の前の男と、どう会話すればいいのか。まず会話していいのか。向こうから見れば私の服は完全に闇に紛れて見えないはずだ。しかし、扉を開けた為、中にいることはバレているだろう。


「……僕は失敗をした」


 そう悩んでいた時、勝本がそう呟く。


「僕は知ってしまったんだ。だから、こうなった」


 意味不明な言葉。一体何を知ったのか、それは話されない。


「僕は……僕は世界を理解してしまった」

「師匠。何故私を呼んだのですか」


 三百メートルほど離れた位置。私は彼に近づいた。

 空気が重くなる。黒い空気が空間を覆い尽くすように、被さるように、存在する。


「もう、師匠と呼ばれるような筋は無い。私は許されざることをした」

「……私から見れば、あなたは永遠に師匠です」

「僕は……」

「それ以上話さないでくd……」


「この空間を作ったのは僕だ」


 なんとなく予想はできた。何を知ったのかは分からない。しかし、それを理由にしてこの施設で事故を起こし、大量に人を殺した。もう、そんなこと予想できてる。

 けど、勝本の口から言わせたくはなかった。


「僕は人を殺した。極悪人だ。罪なき人を大量に殺した」

「……あなたは国を救ったでしょう。この研究施設が存在していたままなら、核爆弾が完成していてもおかしくない」

「僕は……それでもいい。殺してしまっても、どうせいい」

「……?」


 何を言っているのか理解はできない。おそらく、勝本自身も理解できていない。


「師匠、私をここに呼んだ理由は何ですか」

「……”僕を殺してほしい”」


 勝本との距離は三十メートル程だった。明るいランタンが勝本の疲れ切った表情を照らす。数日間寝ていないような顔。そして、とにかく不気味だったのを覚えている。


「……師匠」

「師匠と呼ばれる筋合いはない。僕はキミの事を弟子とも生徒とも思っていない。僕はただ、生きてほしくてキミを救っただけなんだ」

「……あなたは師匠だ。誰が何と言おうと、私から見れば師匠だ」

「………………やっぱりキミは、面白い人間だね」


 私はその時フードを脱いだ。しっかりと勝本の顔が見たかった。そして、もう私は行動を決めている。


「そこまで師匠と呼ぶなら、いっそのこと最後の授業をしようか」

「……承知」

「今日の授業内容は、僕を殺s……」


 私は先端に刃物がついたワイヤーを取り出し、勝本に向けて投げる。しかし、彼も判断が速かった。既にナイフを手に握ってワイヤーに刃を当てている。私はすぐにワイヤーを投げ捨て、捨て身で突進した。

 姿勢をできる限り低くし、勝本の足を小型ナイフで狙う。しかし、私が足を狙っているなんて彼も分かっているだろう。足を狙うふりをして、実際に狙うのはまだ空中をただよっているワイヤー。


 勝本が足への攻撃を避けるために後ろへと飛んだ瞬間、丁度姿勢を低くしていた私の手の位置にワイヤーが落ちてくる。それを左手で握り、右方向へ体を大きく回転。そして、遠心力を利用してワイヤーを加速させ、それを勝本の腹に向けて放った。


 細いワイヤーはまるでむちのように、勝本の腹を打撃する。

 しかし、刃物がついている方は私が握っている。勝本の腹にはただのワイヤーしか当たらない。つまり、攻撃が浅い。これ程度では、彼を"止めること"はできない。


 ワイヤーを空中に放り投げ、フードを深く被る。こうすれば相手からは影も見えないだろう。

 相手と距離を離し、後方へと周る。足音がバレないよう、遠くへと手に持っていた小型ナイフを投げた。そして、新たに手に持つのは愛用の西洋剣『グラディウス』と呼ばれるもの。しかし、これを当てる気はない。


「師匠、私と何度戦ったのかわかっているのです?」

「……四百四十四回」

「そして、私が勝った回数は?」

「……ゼロだ」

「この授業は破綻している。生徒が可能なレベルの授業でないと、着いていけやしない」


 勝本の目は私を追っていた。人間なら姿すらも見えないはず。勘か、それとも他の何かか。

 何にせよ、隠れて攻撃するなんて勝本には通用しない。元から分かってはいた。


「……キミは充分成長しただろう」

「師匠から見れば、私はまだ三流のままだ」


 私は西洋剣を握り締め、勝本へと猛進した。

 勝本もまた、ナイフを握って防御の体勢となる。


 私が放つ攻撃は全て受け流された。脳天へ剣を振り下ろしても軽く避けられ、胴体を狙った攻撃もナイフで防がれる。渾身の力を使った攻撃ですら、勝本のナイフ捌きには勝てない。


「キミは勘違いをしている。戦えてるじゃないか」

「どこが戦えてるんですか。師匠はまだ、"攻撃をしていない"じゃないですか」


 腰からサイレンサー一体型の銃を取り出し、それを勝本に向けて放つ。しかし、照準すら合わせる暇はなかった。銃弾は勝本を掠める程度。当たらなかった。


 勝本と距離を離し、腰から鉤爪かきづめがついたワイヤーを取り出して、落ちている岩へと鉤爪を引っ掛ける。

 そして、ワイヤーを持ちながら勝本へと突進した。しかし、攻撃する訳ではない。勝本の隣を高速で通り抜ける。


 何度か同じように勝本の隣を通り抜け、彼の周りをワイヤーで囲む。勝本自身もワイヤーで囲まれていることを理解しているはずだ。だが、動かなかった。


 ワイヤーを一気に引っ張り、それらが勝本を拘束しようと動き出す。しかし、そのワイヤーが勝本の肌に触れようとした瞬間、一瞬で切り落とされた。

 まぁ、想定済みのこと。動揺はしない。


「師匠、あなたは間違えているでしょう。あなたを必要としている人はまだ居る」


 もうワイヤーは全て使い切った。

 呼吸を整えるため、一度足を止める。


「そういう問題では無いんだよ。私は、生きる意味を見失った」


 勝本の顔が光り続けるランタンに照らされる。それもまた、疲れ切った顔。どこから見ても同じだった。


「……何を知ったか、答えることはできますか?」

「工作員ならば、僕を捕まえて拷問ごうもんさせて聞き出せばいいだろう」

「捕まえることができれば楽ですよ」


 勝本の武器はどうやらナイフ一本のみ。

 私は銃をしまい、腰からマッチを一本だけ取り出した。


「……師匠が消えてから数ヶ月間。私は個人で特訓をしました」

「あぁ、なら僕を殺せるだろう」

「本気を出します」

「……いいだろう。やってみろ」


 この時、本気を出すとは言ったものの、既に本気は出していた。私は一生勝本に勝てない。そんなことは、互いに分かっていたはずだ。


 しかし、状況さえよければ勝てる。これは勝本自身から言われたこと。どんな強靭きょうじんな敵だろうと、頭脳と技能と判断さえ正しければ、勝てる。



 そして、勝本に勝つ準備は整えた。

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