第三十八話 ジャックとの日々
前話した通り、今回でジャックとの話は終わりだ。かなり雑に話してると感じるが………まぁいいだろう。話すのも難しいんだ。
とりあえず一気に話を進める。ジャックが十二歳の頃だ。
いつものように訓練をする予定だった。まさかこれが最後の戦いになるなんて私は思わなかった。
ジャックはいつものように「戦いましょう!」と言い、私を中庭まで連れてきた。特に変わりのない風景、油断していた。
いつものようにジャックはナイフ一本を握ったまま立った。
しかし、その時になって気付いた。これまでと何か違う。まるでこれまでを子猫だとするのなら、今は虎だ。
ジャックの覚悟が段違い、普段まではお遊びだったと言うようだ。
そう感じた。
「………残殺、どうかしたか?」
「いえ、今日こそ本気で殺すと思っているだけです」
「それは毎日言っているだろう。どうしたんだ」
「もう一度言います。”本気”で殺すんです」
ジャックの目は今日は本気の赤色をしていた。
「………私はちょっと外に出かけてくるわ。二人で楽しんでて」
とアリットは逃げ出した。
俺だって逃げ出したい気分だった。こんな少女からこれまでを凌駕する量の殺気が放たれている。これまで感じた中で最強の殺気、逃げたい。
しかし逃げる訳にもいかない。あの猫であるリッパーですら逃げずに戦いを見ている。
俺はジャックの殺意を受け止める。これが使命だ。
「………分かった。今日は違うんだな……さぁ、本気で来い、最後の授業をしてやる」
俺はこれが最後になると直感で予想した。これが外れていたら最高に恥ずかしいだけだが。
「ありがとうございます。では、本気でやります」
と、ジャックは嬉しそうに返した。
数秒後、赤い煙幕がジャックの腰から吹き出し、中庭をものの数秒で埋め尽くした。
この煙幕はジャックのみが透視できる煙幕、俺の視界は閉ざされた。
しかしそれでも動かない。相手の動きをただ待つ、それが俺の戦い方。
数秒後、ジャックがナイフを担ぎ、後方から突進して来た。しかし俺は分かっている。これはジャックの発明品、小型3Dプロジェクターだ。
予想通り、それは罠で私の体をすり抜けた。
「アハハ〜!中々引っかかりませんよねぇ」
その台詞の後、俺に向かって左右からナイフが飛んで来た。当然私はそれを避け、ナイフを一本手に取った。
その時にワイヤーが二本私の足に絡みついて来た。そのワイヤーをナイフで断ち切ろうとするがどうやら鉄、ワイヤーの切断は無理と判断し、力技でワイヤーを引っ張り、拘束を解いた。
そしてその時に思う。ジャックの準備が段違いだ。煙幕にプロジェクターにワイヤーに普段の罠、他にもまだ罠があるだろうが罠の数が多い。
本気で殺しに来ている。
これが俺に残った感想だ。
「師匠、まだまだですよ!」
と楽しそうなジャックの声、煙幕に掻き消されて方向は掴めなかった。
手榴弾が投げ込まれるが蹴飛ばし、ジャックのナイフの攻撃はギリギリで避け、飛ばされるナイフを弾き、罠の多さにうんざりして来た。
飛ばされて来る銃弾は実弾、ジャックの魔改造デザートイーグルから放たれた物だろう。
その時、着々と赤い煙幕が晴れて来た事に気付く。この一瞬の隙を見逃す訳がない。
俺は煙幕を掻い潜り、煙幕のない所に移動した。
地面には恐らく手榴弾の爆破痕が残っている。
「罠を仕掛けるのは良いが、それに引っ掛かるとは思うな」
「へぇ〜、そうですか」
その時、俺に向けて四方八方からワイヤーが絡みつくように飛んで来た。アリットのワイヤー、ナイフ程度で断ち切れないプロテウス製。
初めて感じた。まずい。
しかし焦らない。ワイヤーの網目を掻い潜り、そのワイヤーを避けた。
「こ、これは避けれないとは思いましたが、流石師匠です」
という声が建物の屋根から聞こえて来る。
「武器をありがとうな」
俺はワイヤーを一本手に取った。これ程度で武器になる。
しかし一つ気付く、触り心地が妙だ。
「そ〜んな事も配慮してそれには液体火薬を練り込んでます!」
ワイヤーに火が付き、一瞬で爆発した。
咄嗟にワイヤーから手を離したから大丈夫だったが、少し遅れれば致命傷だった。
「……準備が段違いだな、一体いつまでその罠が持つか」
「アハッ!罠は師匠が死ぬまで持ちますよ!」
「……師匠にとって弟子が私を超えた時が一番幸せだ」
「へぇ、じゃぁさっさと死んで下さい!!」
「口が悪いぞ」
ジャックは屋根から飛び降り、私の前に立った。一対一をしようと言うように。
「しかし、罠の配置などは良かった。褒めよう」
「えへへ〜、褒められるといつでも嬉しいですね」
「そんな油断が命取りだぞ」
俺はジャックの背後に一瞬で移動し、ジャックの足に向かって回し蹴りを放った。ジャックを転ばす気でいた。
「そ〜んなのも想定済み☆」
ジャックは俺の回し蹴りにわざと当たり、転んだ状態のまま私に銃を向けた。そしてそれを放った。
ほぼ0距離の射撃、左頬を銃弾が掠った。
しかしそれ程度、動揺に値しない。俺は転んだジャックの腹を思い切り蹴り飛ばした。
「ぐえっ!!!」
口から唾を吐き出したジャックは門近くまで飛ばされた。
ちょっとやり過ぎたか、しかし相手が本気ならば此方も本気で答えねばならない。
「……これまで食らった事ない威力ですね………けどこれ程度でやられるように育てられていません」
ジャックはすくっと立ち上がった。まぁ多少の痛みには元から強い体質の筈だ。
「師匠は本当にいいんですか?私に殺されちゃうんですよ?」
「さっきも言っただろう。弟子が師匠を超える瞬間が一番幸せだと。あといつから俺を殺した気でいた?」
「えっへっへ………もう未来は見えました。私が勝つ未来」
「やれるものならやってみろ、俺は逃げるかもだぞ」
「逃げませんよ、私の師匠は弟子から逃げるなんてしません………よっ!!!」
ジャックがナイフを片手に突進してきた。しかしこれも単純な技、簡単にジャックを受け止めた、と思った。
後方からナイフが振るわれた。俺はそれを殆ど勘で避けた。
そして、前方に居たジャックは消えていた。
「師匠、あなたが見ていた物はすべて本物ですか?」
ジャックの発明品の一つだろうが、この時俺には分からなかった。
「遠隔操作型幻想3Dプロジェクター、とでも言いましょうか」
前方に居たジャックはどうやら幻想、蹴られて飛ばされた拍子に一瞬で幻覚と入れ替わったのだろう。
気付けなかった。現役時代ならばすぐに気付けただろう。しかし俺ももう五十歳という高齢、簡単に言えば衰えた。
ジャックは連続してナイフを振るう。まるで空気を切り裂くような速さで振るわれるナイフは吸い寄せられるようだ。
この時に気付く。
圧されている。
俺自身の弟子に負けそうだ。それもそれで嬉しい事だが。
「ほらほら、反撃してみてくださいよ!」
「………」
ジャックの隙を付き、ナイフを蹴飛ばそうとするがどうやら手の平に固定されている。武器を奪うのは不可能か。
しかも定期的に飛んでくるナイフが厄介だ。まるで俺の隙を付くようにナイフが飛んでくる。それをなんとか紙一重で避けているが疲れてくる。
疲労が溜まって来た。まずいと直感した。
その時ジャックの腰から煙幕が噴き出てきた。赤色の煙幕、またもやジャックにしか見えない物。
ジャックはその煙幕の中に消えていった。
またまた始まる罠地獄。
「これは避けれますか?」
とジャックが楽しそうに言った直後、足元にワイヤーが絡みつき、周りに三つの手榴弾が落ちて来た。
まずい、そう直感した。
手榴弾の内二つは俺の手の届く範囲にあり、弾き飛ばしたが残り一つは避けれない。
足の裏を手榴弾に向け、うつ伏せになった。
「あはは!引っ掛かった!!」
ジャックが煙幕の中から飛び出して来た。あの手榴弾は爆発しない罠だったか。
ジャックが俺の顔面に向かい、ナイフを振り落とす。俺はジャックの腕を掴み、そのナイフをなんとか止める。
硬直状態、それもこちらが圧倒的不利。
「師匠、たとえ力の差があってもこの体勢ならばいずれか師匠が負けますよ」
「………どうしようか、ジャック、もう一度考え直さないか?」
「言葉で改心させようとするのは無理ですよ、これが改心と呼べるが謎です……が!!」
ジャックが俺の顔面に向かいナイフを振り落とした。首をひねってギリギリで避けることができた。ジャックのナイフは石の地面に刺さった。
俺はジャックを蹴り飛ばし、距離を取ろうとした。
しかし足に絡みつくワイヤー、プロテウス製、嫌な予感しかしない。
数秒後、ワイヤーが爆発するように燃え出した。
避けることができない。俺の足は致命傷を負った。しかしまだ歩ける程度、まだ戦える。
「師匠、その足じゃ無理したらダメですよ、今楽にします」
ジャックが後方から現れ、ナイフを突き刺そうとした。
「そうか、しかし攻撃がまだ単純だ、残殺」
「本当にそれは本物ですか?」
後方に居たジャックは消えた。
そしてまた煙幕の中からジャックが現れ、そして消えるを繰り返す。
3Dプロジェクターなんかじゃない。ジャックが無理矢理自分の体を動かし、影分身している。
いつ本物の攻撃が来るか分からない。
そしてその時は突然訪れる。
「師匠、死んで!」
ジャックが後方から襲い掛かる。しかし自分は後方に居たジャックをナイフで切りつけた。
切り付けた筈だったんだ。
ジャックが消えた。それも、音速を超えるスピードで。
ソニックブームが一瞬で俺の体を貫通した。
「さぁ、これはどうでしょう!」
と前方から現れ、楽し気に言ったジャック。
そのジャックが刺して来たナイフを避けれなかった。
ナイフが心臓を貫通した。痛みが湧いてくる。暖かい己の血が滴る。
ナイフが刺されたんだと実感する。
「………え?」
ジャックには想定外の事だったのか、ぽかんとしている。
自分でも避けられると思った。しかし攻撃による疲労、視覚的情報の限度オーバー、そして音速を超えたジャックのソニックブーム、そして最後に、突然現れたジャック。
数多くの状況とタイミングが重なり、奇跡が起きた。自分にとっては不幸でしかないが。
「え………う、うそでしょう?まぼろしでしょう?」
まだ現実が見えないジャック。
その時、煙幕が晴れてジャックの顔が見えるようになった。
ジャックの髪の毛は一部赤色に染まっていた。
ジャックの本気の姿を最後に見た。
「え……まだわながたくさんのこってますよ?」
ジャックの顔から涙が落ちてきている。自らの手で殺したのに悲しみを覚えている。
「………残殺、自らの手でやったことだろう?何故悲しんでいる?」
「い、いや、かっちゃうなんて……おもわなかったです………」
「………お前は師匠を超えた。誇れる事だ。悲しむな」
ナイフはしっかりと心臓に刺さっている。死ぬ、この二文字が迫ってくるが気にしない。
「うそうそうそ………なんでっ………なんでかってくれなかったんですかっ!!」
「無茶言うな、お前が強かったから負けたんだ」
「いやだ………ししょうがしぬなんてこと………よそうしてませんっ……ひぐっ…………」
その時に血まみれになった腹にジャックが頭を押し込んできた。とにかく痛かった。
「いやだぁぁ!!いやだぁぁ!!!しなないでくださいっ!!!」
「………お前が殺して何を言っている………自分の殺人に責任を持て………」
意識が擦れていく。まず心臓にナイフを刺されてもなお喋り続けているんだ。
「………お前はよくやった………誇れる弟子だ………」
俺はジャックの頭を撫でてやった。
「いやっ!!いやっ!!」
「痛い痛い………そんな頭を打ち付けるな………」
「うぅ………ごめんなさい、ごめんなさい………」
「謝るな、お前は何一つ間違ったことなんてしていない………あと話を聞け」
「きいてます………きいたうえでやってます………」
視野も擦れ、そろそろ死ぬと思って来た。
こんなに突然死ぬのか、少し驚いた。
「………南地区に行け………そこで殺人鬼として生きろ………」
「……………え?」
「お前は殺人鬼として優秀に育った………一人の殺人鬼だ………そうだ、お前に名をやろう」
「そ、そんなとつぜんいわれても………」
「ジャック・ザ・リッパー………この名で活動しろ………」
「え………え?なんですか………そのなまえ………」
視野も喉も完全に潰れた。ジャックの顔を最後に見ることも無理なようだ。
まだ少し話したいことがあった。しかしそれも叶わない。
しかし、まだ聴覚は残っていた。
「うそ、うそ、しんじゃいや!!へんじして!!!へんじして!!!」
まったく、身勝手な奴だと感じる。
もっと別れって物を感動的だと思っていた奴にはすまない。実際の別れはこんなんだ。
俺だってもっと感動的に負けたかった。しかし叶わない。
聴覚も潰れ、意識も潰れ、完全に死んだ。
しかし、自分の信念はそう易々と消えない。
魂の姿になった。それが今の俺だ。
この話を語っている俺は、魂の姿だ。
そしてついでに一つ、魂の姿になったらこの”小説”を認知できるようになる。まぁ、認知したから何だって話だが。
君達を視認できるから、君達に語りかけている。意味があるかどうかは別だ。
俺が魂になり、ジャックの下へ行ったときには既に私は土に埋もれていた。
ジャックは目に涙を浮かべながらもリッパーの指示に従って後処理をしたのだろう。
そしてジャックは翌日に荷物をまとめ、家から出て行った。門も閉めず、片付けもせず、ただ、当時の姿を残していた。
そして数日後に名を馳せる事になる。
「ジャック・ザ・リッパー」殺人鬼の一人としてまた歴史に名を切り刻むのであった。
これが、今のジャックができるまでの話だ。多少間違えをしているかもだし多少語り方が下手だったかもしれない。しかも数々の別のストーリーを飛ばしている。まぁそれは後々語ろう。
自分でもこんなパッと死ぬとは……何度も言ってごめんな、自分でもこんな突然前触れもなく死ぬとは思っていなかったんだ。
ふぅ、流石に今日は喋りつかれたな、しばらく休む。作者もこれだけ書けば大変だろう。
じゃぁ、次に話すとしたらスパイ時代の話だな。まぁまた今度話をしよう。
じゃぁな。




