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三殺事件 ~The End of World~  作者: Red
第九章 長編 ベネッセ彗星水上特急列車(第三幕「残殺と師匠」開始)
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第三十三話 師匠

 凄まじい爆発はベネッセ特急を脱線させた。

 

 脱線した汽車はまるで獅子の如く暴れ回り、いろいろな物を薙ぎ倒しながら止まった。



「…………う……うぅ……」


 そんな中、ジャックは気を失い、地面に倒れていた。


「……リッパー…………」


 ジャックは立ち上がった。普段ならば一度気絶すれば数時間は起きない。しかし、ジャックはリッパーの為に起き上がった。




「アッヒャッヒャ!!まだ生きているとは驚きですネェ!!」



 ゆらゆらと歩くジャックの元にスパイダーがやって来た。蜘蛛の手を四本足のように使い、宙に浮いている。


「……リッパー……どこ………」

「アハ!リッパーってヤツですか!!」


 スパイダーはまるで何かを知っているような口振りだ。


 嫌な予感しかしない。ジャックの本能がこれから来るスパイダーのセリフを嫌がっている。しかし、それでも聞くしかない。







「リッパーってヤツ、アイツは死にました!!!」







 スパイダーが、血塗れになったリッパーをジャックに向かって投げ捨てた。


 腹を刺されている。出血量が多い。意識も無い。



(うそ………うそ……………)



 ジャックはリッパーを抱き抱えた。しかし、反応は無い。


 ジャックは膝から崩れ落ち、涙を流し始めた。



「アッヒャッヒャ!!たかが猫一匹程度で!!オカシイもんですね!!アッハッハッ!!!」



 スパイダーがそう嘲笑う。しかし、ジャックはそんなの気にしていない。



「うそ……へんじしてよ………リッパー………」


 ジャックの涙が一滴二適とリッパーに落ちる。


「……あ…………あぁ………………」


 ジャックの腕から力無くリッパーが落ちて来た。



「アッヒャッヒャ!!お前が悲しむ姿なんて想像できませんでしたが、結構人間みたいな所あるんデスネ!!」


 スパイダーがそう言った。



 しかし数秒後、スパイダーは今の行動を悔やむ事になった。










 ジャックの髪色が赤色に染まって行っている。根本から、着々と染まって来ている。








 ジャックのオーラが確実に変わっている。スパイダーはジャックの殺意だけで押し潰されそうだ。




(な、ナンデスカコイツ!?こ、攻撃してはいけないと全細胞が言っている!?そ、想定にナイ!?)


 ジャックの殺意がスパイダーに突き刺すように攻撃した。スパイダーはそれだけでもう殺されそうな勢いだ。スパイダーはこう感じた。



(明らかに怒らせてはいけない人間を怒らせた!!!)



 ジャックは静かに立ち上がった。そして、手袋を脱ぎ捨てた。









 ジャックは深い深い赤色、漆赤色しっせきいろに染まった眼球をスパイダーに向けた。


 瞳だけではない。白目であった部分ですら赤色に染まっている。







(クッ…………い、今にも死にそうダ………心拍数が三百は行ってるんじゃナイカ!?)


 スパイダーは強く怯えていた。スパイダーの背中から生える蜘蛛の手は小刻みに震えており、恐怖を表している。


「………」


 そして、ジャックは常に黙ったままだ。思考すらも読み取れない。ただ、強い怒りと殺意があるという事だけが分かる。それが何よりも怖さを演出している。




 そしてジャックは、スパイダーの目の前から消えた。




「な、ナヌ!?」


 スパイダーの全神経がこう言う。

(死ぬ、今死ぬ!!!)




 ジャックは、既にスパイダーの背後に居た。


「な!?」


 スパイダーは蜘蛛の手をジャックに向かって伸ばした。






 しかし、蜘蛛の手はジャックのナイフによって断ち切られた。





「何だt……」


 ジャックはスパイダーの腹に力強い拳をぶつけた。


「グフッ!?」


 ジャックの細い腕から出たとは思えない威力でスパイダーを吹き飛ばした。


(ま、まずいまずいまずい!!)


 スパイダーがジャックに視線を戻す。しかし、もうその頃にはジャックは消えていた。


 ジャックは当然、スパイダーが認知する前に背後に移動した。そして、後頭部を力強い蹴りで吹き飛ばした。


「ヌワアァ!!!」

 スパイダーは木の幹に追突した。


(こ、殺される……殺される殺される殺される!!)

 スパイダーはそう感じた。






(ころす……ころす…ころす)


 ジャックはスパイダーに向けてゆっくり歩いていた。


 スパイダーはジャックから逃れようと後退りする。しかし、四肢がうまく動かないのか、失敗している。


 そして、ジャックがナイフを構えた時。







 



 背後から声が掛かった。



「残殺、落ち着け」










「………………へ?」


 ジャックは後ろを向いた。









 そこには三十歳程度に見える身長180cm程度の男が居た。

 全身を黒い服に身を包み、光を全く反射していない。色が感じられない。

 まさに『黒』と表現するに相応しい。





「残殺、そのままでは数秒後に失明する。今すぐ目を閉じろ」


「………ししょう……?」

「気にするな、とにかく早く目を閉じろ」


「……え、え?なんでししょうが?」

「早く閉じろ」

「は、はい」


 ジャックは目を閉じた。すると、目からは血が涙のように溢れ出して来た。失明寸前だった。


 ジャックが次に目を開けると、目の色は紫色に変色していた。痛々しく見える。


「な、なんでここにししょうが……?」

「安心しろ、しばらく此奴の相手は俺が受け止める」

「い、いや、ししょう……




 ……ししょうはわたしが、みずからのてで殺したはずです」




「………」


 『師匠』とジャックに呼ばれた男は黙り込んだ。


「……気にするな、とにかくお前は自分の体のケアを最優先にしろ、失明してしまったら困る」

「は、はい」

 ジャックは地面に座り込んだ。倒れたと表現した方が正確かもしれないが。それだけ疲労が蓄積されていた。


 師匠はスパイダーとジャックの間に立った。


「だ、だだだだ誰だお前はああぁぁぁ!!!」


 スパイダーが怯えきった声で叫んだ。





「………黒柳、と言えば伝わるだろう?」





 師匠は自らの事を『黒柳』と名乗った。


「な!?い、いや!この場に黒柳が居るはずない!!奴は数年前に消息を立った!!今でもなお見つかっていない人間なんだぞ!!お前が!そんな奴なわけないだろう!!」


 スパイダーは常に怯えた声だ。


「………そうだな、もし信じないと言うなら別にいいだろう。しかし、残殺を傷つけた事は許さぬ」


 黒柳は体のどこからか西洋風の剣を取り出した。


「さぁ、お先にどうぞ」

「う、うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 スパイダーは残った七本の蜘蛛の手を黒柳に向かって伸ばした。






 伸ばしたはずだった。






 蜘蛛の手全てが切り倒された。






 ドサ、という重い蜘蛛の手が地面に落ちた音が鳴った。


(……み、見えなかった……師匠の攻撃………早過ぎる……五十歳超えとは思えない……)

 ジャックは激痛の走る目を押さえながら、片目だけで黒柳の動きを見ていた。


 スパイダーはしばらく時間が経ち、何が起きたか理解した。

「な、なああああぁぁぁぁぁ!?!?!?」


「残殺、俺は人を殺せない。止めはお前が刺せ」

「は、はい!」


 ジャックは片目を押さえながらナイフを持ち、スパイダーの下へと歩き出した。


「く、くるなあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」


 スパイダーはもう対抗する手が残っていないのか、後退りをしている。しかしそんな努力も虚しく、木の根に足を引っ掛け転倒した。


「はぁ…………はぁ………いたい…………」


 ジャックの目は着々と普段の水色に染まっていっている。しかし、白目の部分は紫色のままだ。そのせいか、目線が怖く感じる。


(流石師匠……けどあんなに速かったっけ?まぁ、今はいいや……)

 ジャックがそんな事を思うと、


「昔からこれだけ速かった。残殺、お前が衰えてるんだ」


 まるでジャックの思考を読み取っているように黒柳が返した。

「……そう、なつかしいですね……よくかんがえてることあてられてびっくりしました………」


 ジャックはゆっくりとした足取りでスパイダーの下へと移動した。


「ああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

「……フタバを殺した恨み……それをぶつけるのはわたしのじゆう」


 ジャックはそう言い、スパイダーの心臓に向けてナイフを突き刺した。


「ふああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 ジャックは続くようにしてスパイダーの喉と腹部をナイフで切り裂いた。


 もうスパイダーは声すらも上げなかった。確実に死んだのだろう。




「……はぁ………ししょう、トドメをさしました……よ?」







 ジャックの言う『師匠』はもうその場には居なかった。








「ししょう?ど、どこに?」

 ジャックは辺りを見渡した。しかしどこにもそれらしき姿は見えない。


(……けどよくよく考えたら私がもう殺してるんだし、今この場に師匠がいた事が謎……だけど、師匠もそんな人だったからなぁ………ありがとうございます、師匠)


 ジャックは手に持っていたナイフを地面に突き刺した。


 そして、リッパーの死体の元へと歩き出した。



「はぁ………はぁ……………」


 ジャックの意識は朦朧とし、いつ倒れてもおかしくなかった。

(リッパー……フタバ………はやくいかないと………)


 ジャックはバランスを崩し、転倒しかけるが何とか耐え、リッパーの下へ向かう為に歩いた。


 しかし、そんな苦労も無意味。ジャックは地面にパタリと倒れた。


(あぁ……ダメ………うごいてよ……………じぶん……)






「ジャック!!ジャック!!!」





 そうジャックの耳に聞こえてくる。


(あぁ……しんだリッパーのこえ………わたししんじゃったんだ…………)

「おいジャック!!しっかりしろ!!!」

(まぁ……リッパーといっしょなら……なんでもいいや……)





「ニャー!!!!(ジャック!!起きろ!!)」


 ジャックの耳にしっかりとした声が届いた。

「…………りっぱー……?」

「ニャー!!(そうだ!リッパーだ!)」


「…………リッパー!?」


 ジャックの意識は一瞬で覚醒した。

 ジャックは起き上がり、目の前にいたリッパーを抱きしめた。


「ニャ、ニャー!!(く、苦しい苦しい!!)」

「よかったあああぁぁぁぁぁ!!!!!いきててよかったあああぁぁぁぁぁ!!!」


「……ふふ、幸せそうね」


 そうメリーが言った。

「め、メリー!?いつのまに!?」

「そんな事よりジャック、髪の色どうしたの?」

「え?あ、かみ?」


 ジャックの髪の色は一部赤色に染まっている。しかしその赤色も着々と普段の水色に色を戻している。


「ニャー(一体何があったかは知らんが、とりあえず生きてるってだけで十分や)」

「……けど、リッパーってぜったいしんだはずだよね?」

「ニャー(あぁ、一度は死んだ。何があったかはメリーに聞く方が早い)」


 メリーはにったりとした顔でジャックとリッパーの様子を見ている。


「え?あ、はい?」

「ニャー(ジャックに何があったか説明してくれ)」

「あ、なるほどね」


 ジャックはメリーの方向に顔だけ向けた。胸の下にはまだリッパーが強い力で抱きしめられている。


「私の事を死神と見抜いたでしょ?死神、つまりは死を操る。私がリッパーの体を治療した後にリッパーの体に霊魂を戻したの。だから今この子が生きてるってわけ」

「ニャー、ニャー!!(簡易な説明ありがと、あとそろそろ離してくれ死ぬ!!)」

「あ、ごめんごめん」


 ジャックはリッパーを手放した。


「にしても……ふたばがいきててよかった………」

「……ふたば?」

「ニャー、ニャー?(そんな呼ばれ方懐かしいな、突然そんな呼び方してどうした?)」


「あ、あぁ、むいしきだった……ふたば………」

「……ニャー(……まぁけど別に悪くはないな、改名は三回くらいしてるし)」

「いや、これまでどおりリッパーよびでやるよ」


「そんな事よりジャック、ちょっといい?」


「ん〜、なにさ」


 メリーはジャックの顔面に手のひらを当てた。


「ちょ!?とつぜんどうしたの!?」

「いや、目の怪我が深刻過ぎる。この場で治療するわ」


 メリーがジャックの顔から手を離すと、ジャックの目の色は普段の水色に戻っていた。


「ニャー……(ターゲットを助けるって……)」

「だから今は休戦中よ、関係ないわ」

「あ、ありがとう?けどからだはなおしてくれないんだね」

「それくらいの傷なら自分で治しなさい」


 ジャックは立ち上がった。服がかなりボロボロだ。血が染み込み、爆風で焦げている。

 メリーはしばらく悩んだが、流石にジャックの服は直すことにした。


 メリーは片手をジャックに伸ばした。

「え?えっと、つぎはなに?」

「流石にその服じゃ見過ごすわけにはいかないわ、直してあげる」

「………メリーののうりょくってそんなばんのうなんだ……」


 ジャックの服の傷がどんどんと直って行く。傷が塞がり、焦げた所は治り、血の付いたところは綺麗になった。

「ほら、綺麗になったわよ」

「ありがとう、メリー」


 ジャックはそう言い、メリーに抱き着いた。

「あ、あら、そんな愛情表現なんてある///!?」

「………」

「ま、まぁ悪い気分じゃないわね」

「………ニャー(………メリー、違う、ジャックコイツ寝てる)」

「!?」


 リッパーの言うようにジャックは寝息を立てていた。つまり、抱き着いたのではなくベッドにしようという事だ。

「………関係が深くなったと思ったのに……残念ね………どうしたらいいのこの子」

「ニャー(いい所があるんだ。着いて来てくれ)」


 リッパーは線路の上を歩き出した。


「えっと、つまり担いで移動しろって事?」

「ニャー?(なんだ?俺が担いだろか?)」

「………いえ、いいわ」


 メリーとリッパーは静かな道を歩き始めた。





 しかし、後方の列車の中では、悲鳴が鳴り響き、まるで嵐のようだった。



 だが、この三人には、そんな事を気にする奴は一人も居なかった。

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