第二十四話 守る為に
アリスは真っ暗な空間で起き上がった。
「え………どこ……ここ………」
「おはよ、アリス」
そう背後からバートリと思われる声がした。
「あ、バートリ……おは………」
振り向くと、背後には水色髪を持つジャックザリッパーが居た。
「あ、あああああぁぁああぁぁぁぁ!?!?!?!?」
アリスは飛び上がり、後ろへと一瞬で後退りした。
「おはよって言ってるじゃん。なんで返事してくれないの?」
声はバートリ、見た目はジャック、アリスは混乱していた。
「あああぁぁあぁっぁあぁ!!?!?!?」
アリスは必死に後退りした。しかし、体が思うようには動かない。
「な、なんでなんでなんで!?!?あ、あぁあぁぁぁ!?!?!?」
目の前にいるジャックのような者はナイフを取り出し、アリスに迫って来た。
「痛いのはさいしょだけだよ、安心して」
「い、いや!な、なにがあぁぁ!?」
アリスは必死に逃げようとしているが四肢が全く動かない。恐怖によるものか。
「や、やめ!!近付かないで!!!」
しかし、ジャックが止まるわけがない。
「安心して、痛くはない」
そう言い、ジャックはアリスの眼球に目掛けてナイフを突き刺した。
○○○
「………………ぅへ………」
アリスは椅子の上で目を覚ました。まだ目がショボショボしておりあまり周りが見えない。
「な、なにあれ……へんな…ゆめ………」
アリスは目を擦り、体に力を入れようとしたが失敗した。
「あぁ……ゆめなんてみるの……ひさしいな………」
アリスはハッキリとしない意識の中で体に力を入れ、起き上がり、周りを見渡した。
そして、一つのことに気付いた。
「……あれ?バートリ?」
バートリが部屋から消えている。単純にトイレに行っているという説もある。しかし物音が全くしない。
「バートリ?いるの?」
アリスはそう言ったがバートリからの返事は返ってこなかった。トイレに行っているという最後の説は消え去ってしまった。
「バートリ!?バートリ!?どこに!?」
アリスは立ち上がり、バートリが寝ていたベッドの下に駆け寄った。
「……立ち上がった跡が………外に行ってる!?」
アリスは地面に落ちているマスケット銃を拾い上げ、出口へと繋がる隠し通路を急いで進んだ。
外はもう夕暮れを超え、夜を迎えていた。
「え……そんな寝てた!?朝から……夜までって………ってバートリを探さないと!」
アリスは地面を見た。しかしコンクリートでできている。その為、足跡は全くない。
「…………とりあえずこっち!」
アリスは己の勘だけを頼りにこの薄暗い路地を走り始めた。
アリスの髪の毛が冷たい風を浴びて揺れている。
(一体私を置いて何処に……まず起きなかった自分も当然悪いけど!)
アリスは「バートリ!」と声を張り上げながら路地を走り回っている。
(まず時間経つの早いよね!?絶対早いよね!?)
その間にもアリスは考え事を進めていた。
(夜が来るの早すぎ……というか夜?夜って……)
アリスは一つのことに気が付いた。
「私が殺人鬼になる時間帯じゃん……」
そう、アリスはこれまで夜の間だけ殺人鬼になっている。
(と、とりあえず今は正気を保ってる……やっぱり精神状態の問題もあるみたい………殺人鬼になるトリガーは多分精神の崩壊だと思う……うん、とりあえずバートリを探さないと!)
アリスは広い路地をとにかく走り回っているがまだバートリの姿を見つけていない。
「バートリ!何処にいるの!返事して!」
その声は路地によく響き渡った。
その時、遠くから声がした。
「おねぇちゃん……」
小さな声だったがアリスは聞き逃すことがなかった。
「バートリ!!」
アリスは声の聞こえた方向へと走った。
走って、走って、走って、息を荒げる頃、アリスは声の元まで辿り着いた。
そこにはバートリが一人だけで立っていた。
「バートリ!一体何処に行ってたの!?」
「おねぇちゃん………」
アリスはバートリに歩み寄ろうとした。その時だった。
「や~っぱりアリスと繋がりがあったか」
ジャックが空から降って来た。そしてバートリの隣に着地した。
「いやー有能だね、流石仲間になりたいと言うだけある」
ジャックはバートリの隣に立ち、バートリの首にナイフを突き付けた。
「別にアリスを殺したいって訳じゃないけど、あんまアリスには仲間を作らず活動してほしいんだよね」
「………そのナイフ、どうするつもりだよ……」
「君の行動次第、この子を捨てるかそれとも守ろうとするか」
「………」
アリスは黙り込んで一歩後退りをした。
「………おねぇちゃん……」
バートリは必死に何かを訴えている。
(助けなきゃ………私が助けないと………………けど……バートリにとってジャックと一緒に行動するのは夢だったんじゃ?いや、そんな事ない……だって今ナイフ突き付けられてるんだもん!)
アリスはマスケット銃を構えた。
「おっと、やる気?やるんだったら……」
ジャックはバートリの首筋を少しナイフで裂いた。
「きゃあぁ!!!!」
バートリがそう叫んだ。
「こうしちゃうよ?」
ジャックのそのセリフに怖気付くと同時に強い怒りが湧いて来た。怖気付いたからといって行動を止める訳にはいかない。
「……その腕を下せ………さもないと撃つぞ!!」
「へぇ、面白いね、主導権を握ってるのは今こっちだよぉ?」
「黙れ!!」
アリスはマスケット銃を一発撃った。ジャックはその弾丸を当たり前のようにナイフで弾いた。
しかし、ジャックがナイフを使った一瞬のうちにバートリは逃げ出していた。
「あーっと、想定外………ほら、仲間になりたかったんじゃないの?」
「………」
バートリはジャックの呼びかけに動じず、アリスの下へと駆け寄った。
「おねぇちゃん!!」
バートリはアリスの後ろに一瞬で隠れた。
「怖かったね、安心して、おねぇちゃんが守るから」
アリスは視線をジャックに向けた。
「あーあ、想定外の事だった。まぁいいや、もう仲間になる気がないってことはよく伝わったよ、だからここで死んでもらおう」
ジャックはデザートイーグルのように見える変な形の銃を取り出した。
「と、とりあえず隠れてて………奴は………容赦ないから………」
「わ、わかってる」
バートリは首から垂れ下がる血を押さえながら言った。
「感動的だったけど、私の心には響かないよ。じゃぁね」
ジャックは拳銃をバートリに向けた。
「させない!」
アリスはジャックの拳銃に向けてマスケット銃を撃った。
その銃弾をジャックは当たり前のように銃の側面で弾き飛ばす。しかし、次の瞬間。
「!?」
弾かれた銃弾は外壁の脆い部分に当たり、外壁の一部がジャックに降り注いできた。
「あーっと、邪魔」
ジャックは降り注いでくる石の塊を”ナイフで真っ二つに切り裂いた”。
「え!?は!?」
アリスは驚いた声を出した。バートリも声には出していないが驚きの表情をしている。普段の不愛想な顔から考えられない程に。
「いやー、壁が脆くなってるんなら先に言ってよ……」
ジャックがそう独り言を呟いた時、バートリがアリスの前に立った。
「ば、バートリ!?やる気なの!?」
「………まかせて」
バートリはポケットから小さなナイフと首掛けのペンダントを取り出した。
「自ら戦おうとするなんて勇敢だね、今なら戻ってくること許すよ?」
「………」
「……黙り込むなんてつまんないね、もういいよ」
バートリは静かに首掛けのペンダントを開いた。
「………ん?なにそれ」
「………みたい?」
「うん、そりゃ」
「じゃぁ、みせてあげる」
バートリはペンダントをジャックに向けた。そして、それを左右に揺らし始めた。
「や、奴にも通用するの!?」
「わからない」
ジャックはそのペンダントを吸い込まれるように見つめていた。
ジャックの目からは光が消え、完全に動きを停止した。
「え、え!?こんな簡単に眠らせれるの!?」
「………」
バートリは黙り込みながら少し焦りの表情をしていた。
「ん?バートリ?」
「………このぺんだんと、ひとからりせいをけしさるもの………」
「う、うん?」
「りせいでせいぎょされてるにんげんは、ここがつぶれればせいめいかつどういがいのうごきをとめる………」
「………うん?」
「けど………じゃっくみたいに…ほんのうでうごいているにんげんは………」
「………あ!?」
「りせいでのせいぎょをうしなって……ほんのうでぼうそうしてしまう!」
ジャックの目の色は赤色に染まっていた。
「まずいことしちゃった……にげて!おねぇちゃん!!」
アリスがジャックに目線を戻すと、ジャックはナイフを構えて立っていた。
「………」
普段の陽気で狂気的な雰囲気とは異なり、全く感情を感じれない。
そして、ジャックはアリスに向かって飛び掛かって来た。
「うっ!?」
アリスは急いでマスケット銃を掲げ、ジャックのナイフを防いだ。
しかしジャックはもう片方のナイフを振い、アリスの肩に斬撃を与えた。
そしてアリスを蹴飛ばした。
「イッタイ!!!」
アリスは肩から血を垂れ流しながらジャックの動きを見た。
「………」
動きは鈍いが明らかに殺意を持った動きだ。
「に、逃げるしか……バートリ!すぐに逃げて!少しくらいは自分が時間を稼げる!」
「だ、だめ、じゃっくにひとりでかてるわけが……」
「心配ご無用、アイツの実力は知ってる!」
「お、おねぇちゃん……」
「いいから!逃げて!」
「………」
バートリはアリスを置き、後方へと走り出した。
「………」
ジャックはその様子を見つめていた。
そして、ジャックが動くのは一瞬だった。
アリスの目にも止まらぬ速度でバートリに向かって突進し、ナイフを振るった。
「バートリ!!」
バートリは肩後方を全面切り裂かれた。
「きゃあぁ!!!」
バートリは地面に躓き、倒れた。
(あぁ、そんな!ダメダメダメ!!)
ジャックはナイフを構えている。今からアリスが急いでも、もう間に合わず、ジャックのナイフはバートリを貫通するだろう。
(ダメ!!ダメ!!!……)
アリスはマスケット銃を構えた。
その時、アリスは一つのことを思いついた。
(……あの殺人鬼状態の私なら……間に合う?)
アリスは殺人鬼状態の方が明らかに身体能力が向上する。それを上手く使う気だ。
(制御できないかもしれない……間に合わないかもしれない……けど!それでも呼び起こしてみるしか!)
アリスの考え事は1秒にも満たない時間で行われていた。
(条件は揃ってる……残りは…意図的に呼び起こすだけ……"守る為に"使うんだ!この殺人鬼を!!できる!自分なら!!)
アリスの瞳は紅色に染まっていきました。
(できる!できる!!自分ならできるんだ!!……)
しかし、瞳は片方紅色、片方金色と完全には染まっていませんでした。
(あ…あぁ……ああああああああああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁあああぁああぁぁぁあああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!!!!!)
そして、アリスは長い長い長い夢を見始めました。




