第二十一話 マーサ・ワイズ
「ふぅ………ふぅ……………」
そう息を荒げるのはこの船の船長、マーサ・ワイズだ。
目は大きく見開いており、その目は紅色をしていた。ボロボロの服は返り血によって真っ赤に染まっている。
そんなマーサの耳のこんな声が聞こえてくる。
「スミス様がメリーに殺された」
マーサはその言葉を聞いては頭の中で同じことを何回も繰り返した。
(おねぇさま……死んだ………スミス…死んだ……混乱……殺人………恐怖…殺す……殺す…殺す)
マーサは人の居ない道を進んだ。
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「ん?おい!マーサ!!何処にい……」
そう言った男の腹にマーサはナイフを突き刺した。
「………」
その様子を見た周りの人は声すらも出せなかった。あまりの恐怖に。
マーサは男に刺したナイフを引き抜いた。返り血が噴き出し、マーサの白い髪や茶色い絨毯を赤色に染める。
「あぁ………あああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
その言葉と共に周りの人間は混乱状態に陥った。抑える事のできない恐怖を爆発させ、周りの人など関係なしに我先にと逃げだして行く。
マーサはその混乱に乗じて人を殺して行く。逃げ遅れた者、周りの人間に押され倒れた者、諦めて神に祈りを捧げる者、全てを容赦なくぶった切って行く。
マーサの周りにはもう人が居なくなっており、呻く死体だけが残された。
マーサは歩き出した。この船から人を消す為に。
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「ああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
船内では様々な悲鳴が共鳴していた。
マーサはスミスが死んだことによって混乱した人々をさらに混乱させた。
恐怖によって壊れた人間の力は想像を超える。自分が生き残ろうと武器を持ち味方を殺す者、勇敢にもマーサに立ち向かおうとする者、黒い海に飛び込む者、しかしそんなことをしても無駄だった。
マーサは船の甲板の上にあるドーム状の建造物の中を鮮血のプールに変えた。地面に生えていたであろう草たちは全て真っ赤に染まり、空の暗い色と相まって不気味さを醸し出した。
「ケホッ……まだ………のこってる………」
空も海もすべてが黒色に染まっている。その風景は地獄そのものだ。
マーサは船内に残っている人間をどんどんとナイフで刺していった。刺して、刺して、また刺して。
そして、船の中からは悲鳴が聞こえなくなった。
マーサは誰も居なくなった船内を歩いていた。
「ケホッ………ゲホッ!……………」
マーサは咳をしながら歩いていた。
「………おねぇさま……」
マーサはスミスが居た部屋に入った。
中には血も出さずに倒れている死体が一つだけあった。苦しんで死んだのか椅子が倒れていたりと暴れた跡があった。太ももには解毒剤を注入しようとして失敗した跡がある。
「……おねぇさま………ゲホ…ゲホッ!!」
マーサはスミスの隣にしゃがみ込んだ。
「………おねぇさま……やくそくしたじゃん……いっしょに死ぬって……………ゲホッ!!」
マーサは口から血を吐いた。
「………もう……わたしはだめみたい…………ゲホ!ゲホッ!!」
マーサは立ち上がり、外が見えるテラスへと向かった。
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テラスから見る景色は黒一色だった。黒い雲に黒い海、そして遠くには黒い大陸があった。
この船は核放射線によって汚染され、人が生きていけないような海域に入った。
「ゲホッ!!……ガホッ!!!」
マーサはテラスからの景色を眺めていた。
「……おねぇさま………もう…しんじゃいそう………ガハッ!!」
マーサはふらつき、近くの柵につかまった。
「………」
マーサは返り血によって赤色に染まった髪の毛を風にたなびかせ、汚染された風を感じた。
この船は大陸に近づいていた。何大陸かは分からない。
「………はじめて……みた………そとの…ゲホ!!……せかい……ゲホッ!ゲホッ!!」
マーサは膝を付いた。
「………おねぇちゃん…………いまから…いくね………」
マーサは掴んでいた柵を離し、倒れた。
トサ、という音が鳴った。
「………」
マーサは目を半分開けたまま息を引き取った。
誰も乗っていない船は止まることを知らず、大陸に向かって進んでいた。
やがて船は大陸に着いた。船は陸に乗り上げ、そのまま倒れた。
マーサは外に投げ出された。しかしもう動く気配は全くない。
陸は一面漆黒に染まっており、草一つすらも生えてない。陸の上にはまるで炭が乗っているかのように黒い砂が覆いかぶさっていた。それが風に乗って何処かへと飛んで行っている。
ザー、ザー、ザー、という波の音が誰も居ない大陸に響いた。
メアリー・セレスト号は誰も居ない大陸に横たわっていた。
「メアリー・セレスト号失踪事件……ねぇ」
メリーさんは暗い道を歩いていました。手には新聞を持っていますが暗すぎる為文字は殆ど見えません。
「………マーサ、元気にしてるかな?」
メリーさんは死んでいると分かっておりながらもマーサに対して心配の言葉をかけました。
メリーさんは新聞を折り畳み、体の何処かへとしまいました。
「まぁいいわ。任務は成功、もう私には関係ない事よ」
メリーさんはカタカタという足音を立てながらいつもの公衆電話へと向かいました。




