第十九話 メアリー・セレスト号
「もしもし、私メリーさん。今あなたの後ろにいるの」
メリーさんはそう言い、ターゲットとなった人にナイフを刺しました。
刺したナイフは胴体を簡単に貫通し、ターゲットを殺しました。
メリーさんは携帯電話を片手にして倒れてゆくターゲットの後姿を見ました。
「………」
メリーさんは黙りながらナイフを体の何処かへとしまい、ターゲットの居た家を出て行きました。
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メリーさんはいつも通り何かを書きまとめていました。
(………はぁ……ジャックの事ばっか気にして全然集中できないわ………)
メリーさんはカタカタという足音を立てながら静かで暗い南地区の街を歩きました。
(………やっぱりジャックを殺すことはできないのかしら………まぁだからと言ってこの体をこれよりも強くすることは不可能だけど)
メリーさんは何処かへと歩いていました。
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そしてメリーさんが着いたところ、それはジャックザリッパーがいる街、ホワイトチャペルでした。人の気配は全くなく、ただただ静かで寂しい街です。
メリーさんは鍵が掛かって入る事のできないはずのジャックの家に入りました。どうやって入ったかはよく分かりません。
「………ニャ、ニャー!?(………だ、だれや!?)」
そうベッドの上に居た黒猫がお出迎えしてくれました。
「リッパー………だったかな?こんばんは~」
「ニャ、ニャー!?……ニャー!!(め、メリー!?……ってどうやって入って来た!!)」
「ジャックってどこにいるの?」
「ニャー………ニャー(無視かよ………奴はどこかで人を殺しまわってるんだろ)」
「へぇ」
メリーさんはジャックの小さな家を見渡しました。特に変な所はなく、生活感の溢れた家です。所々に赤いシミのような物が付いています。
「ニャー、ニャー?(ところでお前、ここで俺を誘拐すればジャックを誘い寄すことができるぞ?)」
「私はそんな惨めな事はしないわ。あと私はターゲット以外に危害を与えることはできない」
メリーさんは机の上に広がっている機械や我楽多を見ました。
「……ジャックって物作りが好きなのね」
「ニャー(あぁ、今は空気圧縮式飛行なんちゃらかんちゃらってのを作ってるらしいぞ)」
「へぇ、あぁ見えて案外頭いいのね」
「ニャー……(案外て……)」
メリーさんは体の何処からか取り出した毒入りのクッキーをテーブルの上に置きました。
「ニャー(毒入りだな)」
「えぇ、毒入りよ」
「ニャー(何とも小賢しいな)」
「じゃ、そろそろ帰るね」
「ニャー……ニャー(何しに来たんだよ……というかまだジャックとそんな親しい関係じゃないだろ)」
「ま、そうかもね」
メリーさんはジャックの家から出て行きました。
「……ニャー?(……鍵閉めたよな?)」
リッパーには疑問が残りました。
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メリーさんは家を出て建物の屋上に腰かけました。
西には動かない時計が三時を示しており、南の遠くには海が見え、北には緑色の山が映り、東にはこちらに向かって来る一人の少女が見えました。
(……ジャックちゃんね………ん?ジャック……ちゃん?)
少女は着々とメリーさんとの距離を狭め、とうとうメリーさんの目の前に着地しました。
「こんな早く三日間って過ぎるんだね」
目の前に佇んでいた水色髪の少女、ジャックザリッパーは呑気にメリーさんに話し掛けました。
「初めまして」
「初めましてじゃないだろ」
メリーさんはジャックの血で染まった服と顔を見ました。なんなら体全身血で染まっており、普段血で汚れてないのが不思議なくらいです。
「随分と殺して来たのね」
メリーさんはそう言いました。
「君もその一人に入りたい?」
ジャックはそう言い、空中へと飛びました。
(………ん?)
メリーさんはジャックの変化に気が付きました。敵の気配が一瞬で変わりました。その気配はまるで子犬が猛獣に変化したようです。
ジャックはメリーに向けてナイフを振り落としました。その振り落とされたナイフをギリギリでメリーさんは避けました。
メリーさんはジャックに向けて一つの銃を向けました。
「遅いよ、メリー」
ジャックはメリーさんの後ろに居ました。
「な!?」
メリーさんはジャックの放った蹴りに飛ばされ、空中を一回転して建物の屋上に倒れました。
「は…速いわね………」
「そうかな?そっちが遅すぎるだけかもよ?」
ジャックの目は赤色に輝いてました。
「この数日間で何かあったみたいね」
メリーさんは起き上がりながら言いました。
「まぁね。とりあえず今度出会うときまでには私に対抗できる程度にはなっておいてね。こんな一瞬で終わっちゃったら楽しくない」
「………えぇ、努力はしておくわ……」
メリーさんはジャックに蹴られた部分の土を手で振り払いました。
「ほら、今日は長いこと外にいたから疲れたんだ。帰った帰った」
ジャックは地面に降り、自分の家の中へと入っていきました。
(………強い……これじゃただ遊ばれてるだけじゃない………)
メリーさんは体の何処かにナイフをしまい、南地区から離れることにしました。
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しばらくメリーさんは道を歩きました。特に何も考え事もしていません。
その時です。メリーさんのポケットから「プルルルルル」という着信音が鳴りました。
「………え?電話?」
メリーさんはポケットから板状の携帯電話を取り出しました。
(………普通の電話番号ね……けどなんで繋がっちゃってるの?こっちは非通知だよ?)
メリーさんはしばらく着信音の鳴る携帯電話の画面を見ました。
「………ま、いいや」
メリーさんは電話に出ました。
「もしもし、私メリーさん」
メリーさんは電話越しにそう言いました。
すると電話越しに誰かの声が聞こえました。
「……………え?」
電話越しに聞こえたのは女性の声でした。
「殺してほしい人、誰かな?」
「………………………は?」
そして電話は切れました。
「………ま、いいや」
メリーさんはターゲットの居る方向へと足を進め始めました。メリーさんの体には朝日が当たり始め、メリーさんの黒色のように見える緑色の髪の毛を照らしました。
(単純な掛け間違え?けどそんな奇跡起きるの?このアトランティス大陸にある電話の数も少ないし………ま、いいや。電話が繫ってきてもターゲットを殺すだけ)
メリーさんは足早に移動して行きました。
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メリーさんが着いた場所、それはアトランティス大陸の中で最も発展している東地区の港町の高級住宅街でした。このアトランティス大陸に工場や大きな農場を持っている金持ち達が集まっています。
(………土地の無駄遣い……)
メリーさんはこの高級住宅街でも異彩を放つ大きな家に着きました。
(戦争を生き延びた財閥の血筋かな?ま、関係ないわ)
メリーさんはその建物に入ろうと足を進めました。しかしメリーさんは途中で気付きました。
(あれ?この家ターゲットというか……誰も居ない?)
家から人の気配は全くしません。その代わりに何だか港の方が騒がしいです。
「………面倒な展開にならいように願うわ……」
メリーさんは人の気配が多くする港へと向かいました。
メリーさんが港に着いた頃には人の気配は減っていました。その代わりに海の方に大きな船が見えます。
(船で逃げるのね……面倒だわ………)
船はまだ近いですが水の上を移動する方法が問題です。
(……難しいかもね………)
メリーさんは着々と離れて行く船を見ながら言いました。
メリーさんの周りを歩く人間達はメリーさんを気にも留めていません。
(………ん?あの船大きくないかしら?目の錯覚?)
ターゲットが乗っている船は近くにいるように見えましたが実際には遠く、ただ船が大きかっただけでした。やはり金持ちのようです。
メリーさんは悩みました。何故ならあの船の大きさなら簡単に食料を数か月分は積めるからです。これではターゲットが陸に戻ってくるかも怪しいです。
その時、メリーさんは立っている桟橋の隣に浮かんでいる舟釣り用の小さな船を見て、考えました。
(あれ?私乗れるんじゃないの?)
メリーさんは死神のような存在です。死神は三途の川で船に乗っています。あとはそういう事です。
メリーさんは船に飛び降りました。ゴト、と船が揺れ、倒れそうになりますがメリーさんは船を安定させ、倒れるのを阻止しました。
そうしてメリーさんは船のオールを手に取り、船を漕ぎ始めました。ターゲットの居る船に向かって。
漕いで、漕いで、また漕いで、とにかく漕ぎ続けましたが、電気エンジンを搭載している大きな船に間に合うはずがありません。
それでもメリーさんは必死に船を漕ぎ続けました。
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昼時になる頃、メリーさんは海のど真ん中に留まっている船に追いつき、貨物室の中まで逃げ込みました。
「ゼェ……ハァ……ゼェ……ハァ……」
どうやってこの貨物室に入ったかは分かりませんし、どうしてメリーさんが乗ってきた船がバレていないのかも分かりません。
「ハァ………ハァ……流石に………疲れるわね………」
メリーさんはそう言いますが額から汗は出ていません。
メリーさんは息を切らしながら荷物の陰に隠れていました。
その時、倉庫の扉が開く音がしました。
「ん?」
メリーさんは気配を消し、倉庫の扉の方向を向きました。
そこには体が小さく、ボサボサの白髪を持った小さな少女が居ました。年齢は七歳程度でしょうか。服はボロボロで、体中に傷を付けています。奴隷のように扱われているようです。
少女は一つの大きな荷物を抱え、倉庫から出て行きました。
「………可哀想な子……」
メリーさんは他人事のように言いました。
メリーさんは立ち上がり、倉庫を一周ぐるりと見渡しました。
「……ん?」
メリーさんは一つの看板のような物を発見しました。
「……メアリー………セレスト号………」
その看板はこの船の名前を記しているようです。
「………」
メリーさんは無言のままその看板から目を離しました。
そしてメリーさんは倉庫から出ました。倉庫から出ると人の声や物音が大量に聞こえます。
ターゲットはメリーさんと真反対の方向にいるようです。メリーさんはターゲットの下へ行くために船の甲板へと繋がる扉を開けました。
「うぅ……」
眩しい光がメリーさんの目に飛び込んできます。
そうしてメリーさんは光に目が慣れたころ、甲板の上に広がる光景に驚きました。
メリーさんの乗るメアリー・セレスト号は着々とアトランティス大陸から離れて行きました。




