第十七話 ジャックザリッパー撲殺計画
「よし、落ち着いてきただろう」
星宇はアリスに向かってそう言う。
星宇とアリスは謎の部屋に居た。
「はい、少しは」
アリスはそう答える。
「とりあえずジャックがここに侵入してきた件は他人に任せよう。俺たちが集中するべきなのは今夜のジャックザリッパー撲殺計画だ」
「………名前ダサいですね」
「気にするな。それより少し着いて来てほしい所がある」
「は、はい?」
星宇は謎の部屋の扉を開けた。
「着いて来い」
「え、あ、ちょっと待って」
星宇はアリスの言葉を無視して道を歩き始めた。
アリスは星宇に追いつこうと急いで部屋を出た。
「えっと、どこに移動してるんですか?」
「見れば一瞬で分かる」
星宇は歩くスピードがとても速く、アリスはそれになんとか追いついて移動した。
「見ればって………」
アリスと星宇は人が多く行き来する中央広間を歩き、分かれ道を曲がってどんどん移動する。
「………着いたぞ」
星宇は突然止まり、アリスはそれに追突した。
「イテッ」
「すまない」
星宇は小さく、目立たない扉を開け、中に入った。
「あ!ちょっと待って!」
アリスはそれに続いて急いで中に入った。
アリスと星宇が入ったのは広い武器庫のような所だった。入った扉からは想像出来ないほどに広く、二階部分まである。壁にはロッカーのような物が並んでおり、そのロッカーの中には武器が詰まっているのが分かった。
「えっと………なんでここに?」
「武器を取りに行くためだ」
「ま、まぁそりゃそうでしょうけど………で、なんでここに?」
星宇は黙ったまま武器庫を歩き出し、一つのロッカーの前に立った。
「これだ」
「これって………私のロッカー?もうこの中から荷物は全部抜き取ってますよ?」
「あぁ、そうかもな。中を開けてみろ」
アリスは言葉のままにロッカーを開けた。
「………え?」
中には黒いマスケット銃のような物と一つの畳まれた服があった。
「お前をクビにならなければ渡していた物だ。まぁ今渡すが」
「………クビにしたのあなたじゃないですか……」
「………」
星宇は黙ったままだった。
「……まぁ……いいや」
アリスは畳まれていた服を伸ばした。
「………………」
アリスはしばらく黙った。
「………なんでこんな可愛らしい服なんでしょうか?」
畳まれていた服は青色のメイド服のような物だった。しかし腰にはナイフの鞘やマスケット銃を背中に引っ掛けるフックなどがあり、戦闘用という事は伝わってくる。
「お前は囮になるんだからな。だからできるだけ目立つ物を……」
「もっと他にありませんでした!?」
「無い」
「………」
アリスは何とも言えない気持ちを抑え、服をロッカーの中に投げ入れた。
「で、もう一つの方、そっちがお前にとって一番嬉しいかもな」
「………これの事ですか?」
アリスはロッカーの中に立てかけられていた黒いマスケット銃を取り出した。
「お前が備品返却しなかった物だ」
「ギクッ………」
「まぁ別にいい。あれは全部のパーツをこちらが改造し、修復やらなんやらしただけで根本的な取り扱い人はお前だしな。こちらが持っていても糠に釘だ」
「………よく分からないことわざ使いますね」
アリスはマスケット銃を隅から隅まで見た。とても綺麗で美しく、漆黒を解き放っている。
アリスはそんなマスケット銃を見て一つ思ったことがあった。
「………ん?あ、あれ?これ弾発射できるんですか?」
そのマスケット銃には火薬を詰める所が無く、ハンマーも無くなっていた。
「あぁ、コイル可動式を採用している。装弾数は最大十発、銃口から中にニッケルメッキ弾を入れて棒で押し込めばリロードできる」
「………装弾数……コイル可動式……これマスケット銃じゃないですね」
「扱い方は変わらない。お前の戦い方に合うように頑丈に作っている。像が踏んでも壊れないだろうな。有効射程は一キロメートルから三キロメートル」
「あ、案外飛ぶんですね」
アリスはマスケット銃をロッカーに戻そうとした。
「何をしているんだ?もう準備をしろ。作戦実行時間に近づいている」
「………………え!?」
☆☆☆
ジャックは家の中に入った。
「ニャー(おかえり、案外早かったね)」
「うん、ちょっとした事が起きてね」
「ニャー(まぁ生きてるならええか)」
ジャックは赤色に染まったコートを脱ぎ捨て、フードとマフラーを外した。
「……ニャー?(……なぁ、アリスってヤツ居たじゃないか?)」
「うん、いるね」
「ニャー(アイツ、精神が全く安定してないように見える)」
「確かにそうだね。それに関して少し計画があるんだよ」
「ニャー?(その計画とは?)」
ジャックは机の上に置いてあった何も入っていないコップを手に取った。
「あのアリスって子をね………殺人鬼にさせるの」
「………ニャー?(………なるほど?)」
「前メリーと話したときに気付いたけど別に殺人鬼が複数人居た方が私にとって都合がいい。だから増やそうという話」
ジャックは小さな冷蔵庫から取り出したアップルジュースをコップに注いだ。
「ニャー?(ソイツが予想以上に強くなってお前でも歯が立たなくなったら?)」
「そんなことはないよ………多分」
ジャックは椅子に座り、コップに入った飲み物を飲み始めた。
「ニャー……(多分ねぇ……)」
「ま、その時はその時で考えるよ」
ジャックは一瞬でコップに入った飲み物を飲み干した。
☆☆☆
アリスは中央広間に居た。プロテクターの仲間はそこに殆ど集まっており、星宇から作戦について教えられていた。
「作戦については以上だ。質問がある者は?」
星宇が大声で言う。そして数十人が手を挙げる。
「そこのお前」
星宇が指名する。
「あまりにもこの作戦、力技過ぎないか?」
「それに関しては自分でも十分承知の上だ。他に質問は無いか?」
他に質問は無かった。
「………よし、もう時期作戦開始時間になる。各自己の持ち場にスタンバイし始めろ。部隊で動く奴らは上官の指示に従え」
「「「「「「はい!!」」」」」」
殆どの人間がそう言い、それぞれが動き始めた。
「………はぁ、みんなよく気合入るなぁ……死ぬのが怖い人もいるだろうに………」
アリスは小さく呟いた。
「おい、アリス」
星宇がアリスに近寄ってくる。
「は、はい!」
「………緊張しすぎている。もっと気を落ち着かせろ。少しのミスが命取りになるし、お前はこの作戦の中でも重要な人間なんだぞ」
「は…はい……」
アリスの手は震えていた。
「………どうした、震えが止まってないぞ」
「いや………失敗したらどうしようかと考えちゃうんです……訓練でも失敗続きだから………」
星宇は屈み、アリスの目を見た。
「安心しろ。失敗なんかしない」
星宇の真っ黒な目は優しく、温かみを感じるほどだった。
「………ありがとうございます…頑張ります!わたし!」
アリスは手の震えを落ち着かせた。
「………じゃ、じゃぁ自分、ミカさんと一緒に行きますね」
アリスは長い間星宇と目が合っていた為、顔を赤らめていた。それが恥ずかしいのかアリスはそそくさと星宇から離れていった。
「………………………ふぅ………」
星宇はため息をついた。
「………綿のようにつかれるな……………」
星宇の声のトーンはいつもとは違い、黒い声になっていた。
☆☆☆
ジャックは机の上で何かをいじっていた。
「ニャー?(何作ってんだ?)」
「爆弾」
「ニャオ(わお)」
「まぁ正確に言うと閃光弾だね。相手を失明させたり鼓膜を破ったりしてくれる」
「ニャー?(別にそんな目立つ非致死性の物作る必要あるのか?)」
「………ないかも」
「ニャー……(さいですか……)」
ジャックは休むことなくずっと手を動かしていた。
「ニャー?(けどそれ自分にも被害が来るんじゃないか?)」
「………まぁその時はその時だね」
「ニャー?(ところで今日は何時くらいに出るんだ?)」
「んー………これをあと三つくらい作り終えたらかな?」
「ニャー(そうか)」
「ま、すぐに終わるよ」
ジャックは作り終えた閃光弾を隅から隅まで見た。
「ほい、二つ目」
ジャックはその閃光弾をそこら辺に投げた。
「ニャー(早いな)」
「まぁね、師匠の家ではよく物作ってたし」
「ニャー(知ってる)」
ジャックは三つ目の閃光弾の制作に取り掛かった。
その頃アリスとプロテクターの人間百人程度、JCT部隊二百人程度がジャックの居る街、ホワイトチャペルに集まっていた。
「………思ってたより広いですね……」
アリスはホワイトチャペルの東側、一番の大通りに居た。仲間は五十人程度居る。
「ホワイトチャペル、ここは第三次世界大戦を生き延びた王族が立てた街よ。まぁその王族はもう死滅しちゃったけど」
ミカがそう言う。
「……けど………やっぱり怖いですね………」
「安心しなさい。囮と言ってもジャックを東通路、ここに誘導するだけ。すぐに逃げちゃってもいいのよ」
「………い、いえ、私は戦います」
「緊張してるわね」
ミカはそう言うがアリスもミカも手が震えていた。
「まぁ私が守ってあげるわ。安心して」
「はい………ありがとうございます……」
アリスは少し落ち着いた様子だった。
「じゃぁ私はもう定位置に着くわ。アイツがいつ動くか分からないし」
「はい…健闘を祈ります」
ミカは建物の隙間に消えていった。
「………………ふぅ………殺してやるよ……ジャックザリッパー………」
アリスは誰も居ないように見える大通りでひとり呟いた。
「………よし、完成!!」
「ニャー(結局七つ作ってる、作るの早すぎやろ)」
ジャックは自分で作った七つの閃光弾をテーブルの上に並べた。
「結構簡単に作れるね」
ジャックはその閃光弾の内三つを腰のリボンにはめ込んだ。
「ニャー?(今から外に出るか?)」
「うん、そうだね。コイツを試してみたいし」
「ニャー(そうか、行ってらっしゃい)」
「うん、行ってくる」
ジャックは自分の基地を出ていった。
数秒後、ジャックは基地の中に帰って来た。
「ニャー?(おかえり、あまりにも帰宅が速すぎるぞ、ちゃんと閃光弾試せたか?)」
「ち、ちがうよ」
「ニャー?(どうしたんだ?)」
「いやー………なんか人の気配が尋常じゃない……この街が囲まれてる……人に………」
「ニャー……ニャー………(なるほど……悪い予感が当たってしまったか………)」
「そうみたいだね」
ジャックは机の上にある閃光弾四つを全て腰に付けた。
「ニャー?(戦う気か?)」
「うん、隠れてても無駄だろうしね。リッパーは屋上から敵の動きを監視して私に報告して」
「ニャー(はいよ、作戦は言わなくてもなんとなく分かった)」
「さっすが。まぁそういうこと。多分全方位囲まれてるからぐるぐる回ってボーンよ!」
「………ニャ?(………は?)」
「気にしないで」
ジャックは机の上に置かれている銃弾や毒針を腰のポーチの中に入れ、フードだけを脱ぎ捨てた。
「ニャー?(それ、脱いで戦うのか?)」
「うん、視界が狭められるしね」
ジャックはフードの猫耳部分から何かの機械を取り出し、それをマフラーの中に埋めた。
「ニャー………ニャ(あの赤い目を使うつもりなんだな………止めはしないが)」
「……まぁあの数なら使うしかないよね」
「ニャー?(ところで基地は移動させるか?)」
「うーん……どこにしよっか………まぁ後で考えよう。じゃ、動き始めるよ」
ジャックとリッパーは自分の基地の中から出ていった。
ジャックとリッパーは建物の屋上に移動した。風が鳴き、ジャックの水色の髪の毛を揺らした。髪の毛の一部はもう濃い水色に染まっており、戦闘態勢であることが伝わる。
ジャックとリッパーは東方向に繋がる道に居た一人の女性を見た。距離は三百メートルほど離れている。
「………罠だね」
「ニャー(罠だな)」
「まぁ罠でもいいや」
ジャックは建物から降り、東方向に繋がる広い道を歩き出した。
「ち、近づいてますね………」
無線越しにアリスは喋る。
「大丈夫さ、ジャックが攻撃を開始したらすぐ逃げろ」
「わ、わかりました………」
無線は完全に切れた。切られた、と表現する方が正しいかもしれない。
「……みんな黙っちゃったか……もう作戦開始か………」
アリスは近付いてくるジャックを見た。
「こんばんは、こんな所に居ちゃ危ないよ?左目も怪我してるようだし」
ジャックがそう言う。
「そうだな、けど危ないなんてこととっくの昔に分かってる」
「へぇ………敵はこっちは四十……いや、五十人くらいかな?」
ジャックは周りを見渡した。
「………」
アリスは黙り、少し後ずさりしながらマスケット銃を構えた。
「まぁいいや。ところでさ……」
ジャックはアリスの顔を見た。
「……みんな殺される準備はできてる?」
ジャックは赤い目をアリスに向けた。




