第十二話 殺人鬼休戦?
昼の二時程度、ジャックは大きな狐色のコートを着ながら大勢人がいる東地区の街を歩いていた。ジャックの髪の毛や肌、服は全てそのコートで隠れている。周りにいる大勢の人々は誰もジャックに興味を示していなかった。
(メリーさん………都市伝説と言われてる殺人鬼、活動地域はアトランティス大陸全域、基本どこへでも一日あれば来る………けどそりゃ当然遠い所なら行くのに時間がかかる。そして私と戦う日の前にメリーの活動が見られなかった。つまりメリーは私とは反対の北地区に住んでるのかな?汽車を使っても一日は掛かる距離だけど……)
ジャックは万年筆でメモに情報を書き集めていた。
その時前から来た男がジャックにぶつかる。ジャックは抵抗もせず、地面に尻もちをついて転んだ。
「イテッ……」
「お、おっと、お嬢さん、大丈夫かい?」
「う、うん」
ジャックの声のトーンはいつもより高くなっていた。
ジャックは立ち上がり、「大丈夫です」と言ってその場を離れた。
「………二十四人目」
ジャックは先ほどぶつかった男の背中にボタンサイズの何かをくっつけていた。そしてジャックは角を曲がり、できるだけ先ほどの場所から離れていった。
数秒後、ジャックの後方からは爆発音と多数の悲鳴が聞こえた。
⬜︎⬜︎⬜︎
ジャックは道端で新聞を買い、中にある内容を読んでいた。内容の殆どはジャックに殺された人の情報やジャックに関するデマ情報だ。
ジャックは適当な石ブロックの上に座ってそれを読んでいた。
「お嬢ちゃん、迷子になっちゃった?お母さんは?」
ジャックは顔を上げる。そこには一人の男性が居た。
「あ、こう見えても私、もう十四歳なんですよね……もう義務教育は終えてますよ」
「お、おっと、それは失礼、すまないね」
男は気恥ずかしそうにジャックから離れていった。そしてその男の背中にもボタンサイズの何かがくっついていた。
「………二十八人目」
ジャックは新聞をしまい、男が進んだ方向から逆の方向に進んでいった。
(うーん………情報が少なすぎる………)
ジャックは道を歩きながら考えていた。
(南地区に拠点を置いてる……ってことくらいしか情報がつかめない……まず私に関するニュースが多すぎる!!どんだけ私の事が好きなの!!)
ジャックは信号の切り替わった横断歩道を歩く。車は殆ど無いが歩く人々は沢山いた。
(うーん……謎だなぁ………ん?甘い匂い………ダメダメ!!今はダメ!!」)
ジャックは己の欲を抑えながら街の中心部へと移動した。
(うーん、また会いに来るとは言ってたしその時に情報吐かせればいいかな?)
ジャックは暗い路地の中へと入り、暗い道を進んでいった。
ジャックはその路地で突然話し出した。
「メリー、ずっと着いて来てるんでしょ?しかも私が家出た瞬間から」
ジャックの声が路地の中に響き渡る。
「………よく分かったね、あとメリーって人から呼んでもらえたの初めてかも♪」
メリーが突然現れた。もう新しい帽子を被っている。
「………アンタはストーカーか?」
「……まぁそうかもね(メリーって呼んでくれなくなった!?)」
「メリー、アンタは何故依頼された人たちだけを殺しまわるんだ?」
「教える義理が無いね」
「じゃぁ次、何故傷がすぐに回復するんだ?」
「それも…」
「教える義理がないんだな、分かった」
「そう」
「じゃぁ最後、殺される覚悟はできてる?」
ジャックは飛び跳ね、壁を伝ってビルの屋上まで来た。日光がジャックの体に色を付けた。
ジャックはメリーにスピードを向けた。
「………私……日光ダメなんだけど………」
ジャックは何かに気付いた様子だった。
「……なるほど、じゃぁ路地の中で戦ってあげる」
ジャックはビルから降り、また暗い路地の中へと入った。
「あ、従ってくれるんだね」
「……………お前と戦うとなんか楽しいもん………」
メリーはニコッと笑った。
「………ツンデレさん」
「うるさい!!!!」
ジャックはメリーに向かって容赦なくナイフを投げ飛ばした。
しかしメリーは投げられたナイフを掴み、受け止めた。
「待って、今私は戦いたいってわけじゃない」
メリーが言った。
「じゃぁ何?ボードゲームでもしたいの?チェスならできるよ?」
「それもいいかもね………ってのは冗談、ジャック、少し相談があるのよ」
「何さ?恋の悩み?」
「うんそう……なわけない、あなたの目標は人類の滅亡でしょ?」
ジャックはメリーから投げられた自分のナイフをキャッチした。
「うん、そうだけど?」
「で、別にあなたにとって私の存在は邪魔じゃないんじゃない?私も人間を殺していってるわけだし」
「突然殺しかかってすぐに逃げる人間が何を言ってるんだ?」
「ま、私は定期的にジャックに殺しかかりに行くよ。けどさ、別に休戦してもよくない?」
ジャックは驚いた。何故なら殺人鬼同士で休戦しようと言っているのだから。
「はぁ!?何言ってるんの!?私はお前を殺す、お前も私を殺す、それなら今戦って決着つければいいじゃん!」
ジャックは明らかに動揺していた。
「ま、そうよね………なら三日後の夜、またここに来なさい。"決着"というものをつけてあげるわ」
「………なにいってんだ……まぁそこでならお前を殺していいってわけでしょ?それならその話にのった。またその時に殺し合お」
「よし、話は成立ね」
メリーはジャックに手を差し伸べた。
「………誰が握手するか……」
ジャックはメリーから離れていった。
「………あと一つ、ジャック、もしも戦いが引き分けになったら休戦成立ってことでね」
ジャックは何の返事もせず、メリーから離れていった。
⬜︎⬜︎⬜︎
ジャックは自分の家へと帰って来た。
「ただいまー」
「ニャー?(おかえり、どうだった?)」
ジャックは狐色のコートと首に付けているフードとマフラーを脱いだ。そして椅子に座った。
「全くメリーに関する情報は掴めなかった。けど三日後に会うことになったよ」
「ニャー(そうか)」
ジャックは自分の髪の毛をバサッと広げた。
「あー暑い!流石に暑い!!」
「ニャー(そりゃそんな重ね着してたら暑いわな)」
ジャックは手袋と靴も脱ぎ、ショートジャケットを繋げている胸元の紐を外した。
「………………なんか手袋まで脱ぐと寒いな………」
「ニャー(寒いんか暑いんかハッキリしな)」
ジャックは手を太ももと座っている椅子の間に挟み、手を温めた。
「三日後東地区の街の中心部で待ち合わせだって、リッパーも来る?」
「ニャー(いや、俺はいいかな、ここはジャック一人で行くべき)」
「あら、リッパーがそう言うなんて珍しい………まぁいいや、この三日間のうちに自分の戦闘感覚を取り戻しておこう。メリーとの戦闘に備えてね」
「ニャー(そうするのが無難だな)」
⬜︎⬜︎⬜︎
三日後、ジャックはいつもの活動服を着て街の中心部へとやって来た。
この三日間ジャックはメリーに関する情報を搔き集めながら人を殺し回り、メリーとの戦闘に備えていた。
「こんくらいの時間に来るはず…」
時刻は午前一時半程度、人が行動する音が少し聞こえるがジャックはそれを無視して路地の中に立っていた。
「………一応最後に整備作業でもするか」
ジャックは拳銃の整備を始めようとし、自分の右腰にあるはずのフライバーストを取り出そうとした。
「……………あれ?………無い……」
ジャックは体の隅から隅まで触れた。しかしどこにも自分が探しているフライバーストが見当たらなかった。
「もう……師匠にあれだけ準備は怠るなって言われたのに……ま、いいや、スピード君に頑張ってもらおっと」
その時、遠くから足音が少し聞こえた。
「………ん?」
ジャックは足音のなる方向を見た。そこには警官三名が居た。まだ少々遠くにいるが声が届く程度の距離だった。
「こんばんは~」
ジャックは警官三人に向かっていった。警官は男二人、女一人の構成だった。
「………ん?……待て、あ…アイツって………」
女性の警官が言った。
「ん?多分だけど君たちが思ってるのであってるよ」
ジャックがそう返す。
「………やっぱり……ジャックザリッパーだ……今日はこの街に来ないんじゃないのか?」
「……奴の思うことを推測することなんて無理だ……あくまで私が言ったことも予想に過ぎない……」
警官達がコソコソ話していた。
「なんかコソコソ話してるけど、まぁいいや、暇つぶしに遊んであげる」
ジャックは左腰からスピードを取り出し、警官の一人にそれを向けた。
「とりあえず一人は減らしておこっと」
ジャックは引き金を引こうとした。しかし引き金が動くことはなかった。
「………あれ?え?………こんな時に?」
女性の警官はテーザー銃を取り出し、それをジャックに向けた。ジャックは警官の事を無視して自分が持っている銃を見ていた。
「……待って、なんでこんな時に壊れちゃうの?ちょっと!」
ジャックはスライドを引こうとするが硬くて引けなかった。しばらく使っていなかったのが原因だろう。
ジャックは警官の方を見た。
「………………ちょっと見逃してもらえたりする?」
「見逃す馬鹿が何処にいる!!!!奴を捕らえろ!!!」
男の警官二人が同時にジャックに向かって銃を放った。
ジャックはナイフを腕にセットし、警官から飛んでくる銃弾を弾き飛ばし、警官に接近した。
すると男の警官の一人が前に出てきて、何かを展開させた。
防弾折り紙シールドだ。防弾折り紙シールドは警官達を包み込み、ジャックの攻撃を防いだ。しかしジャックによってそれは引き裂かれた。
ジャックは空中に大きく跳躍し、手に持っていた銃の狙いを定め、警官に向かって撃とうとした。
「……あ!そうだった!!」
ジャックは感覚で戦っていた為、銃が撃てる物だと思っていた。
「ふぐっ!!」
ジャックは地面に腹から着地した。
「今だ!!!」
女性の警官はジャックに向かってテーザー銃を放った。ジャックはそれをなんとか避けた。しかし二発目に気付かなかった。
「ああぁぁ!!!!ああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
ジャックの背中にはテーザー銃の針が刺さっていた。
「今だ!!!ジャックを捕らえろ!!!」
男の警官はジャックに向かって走り出した。
「ううぁぅぅぅあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
ジャックは白目を剝きながら地面に倒れた。ジャックは動くことができなかった。
(や、やばい………!!)
ジャックは女性の警官から放たれる二発目のテーザー銃を食らい、意識が途切れようとした。
しかしその時、突然黒い影によってテーザー銃の電線が切られた。
「あぁ!!!!……………ふぅ………ふぅ……」
ジャックは痛みを堪えながらぎこちない動きで周りを見渡した。
しかしそこには警官以外誰も居なかった。
ジャックは無理矢理背中に刺さったテーザー銃の針を抜いた。
ジャックに向かって走っていた男の警官は足を止めていた。
「お、お前ら!!!奴を捕らえろ!!!」
女性の警官が叫ぶ。
「……メリー…かな?………ちょっとは……感謝する……」
ジャックは痺れる体を無理矢理動かし、前に居た男の警官二名の足を切り裂いた。そしてその男たちが悲鳴を上げる前に首にナイフを刺し、引き抜いた。
「………ジャックザリッパー……に勝てる訳なかったか………上官の指示通り出会ったら逃げた方がよかったな……」
「当たり前…だよ……けど……君が私に…初めてダメージを与えた…警官だよ」
ジャックはヨレヨレとした足取りで警官に近づいた。
「わ、私はここで…死ぬのか……」
「そうだよ…君はここで死ぬ運命」
警官は死を受け入れた様子だった。
「怯えない人間はあんま好きじゃないんだけどね………バイバイ」
ジャックは女性の警官の腹部に一本のナイフを刺し、その後ナイフに付いているボタンを押した。
するとナイフの刃先からは二酸化炭素ガスが一気に噴射され、警官の腹を爆散させた。
ジャックは顔に付いた返り血を自分の袖で拭き取った。
「…助けてくれたんだね、メリー」
その時、ジャックの目の前にメリーが現れた。
「助けてもらったらなんて言うのが正解?」
「………………死ね」
ジャックはメリーの喉元に向かってナイフを伸ばした。しかしそれはメリーの喉元の一歩手前で止まった。
メリーは全く動じずに立っていた。
「ジャック、あなたは助けてもらった人間を殺すのに躊躇するでしょ?」
「………」
「あなたは殺人鬼として……人間として未熟よ、言ってしまえば子供」
「……………そうかもね」
ジャックはメリーの喉元に震えたナイフを刺そうと伸ばした。しかしメリーは簡単にそれを避けた。
「しかも助けてもらってナイフを振るうって………恩を痣で返すつもり?」
「……まずお前が先に私に襲い掛かっただろ………助けてもらったもクソもない。あと私はまだ十三歳、まだ子供」
ジャックは腕を下した。
「で、どうする?決着をつけるの?私は万全の状態じゃないんだけど」
「そりゃ当然、ターゲットを殺すよ。たとえ相手がピンチでもね」
「ならなんでターゲットの私を助けた?」
「……あなたが私以外の人間に殺されるのが嫌なだけ」
「ふふ、ツンデレが」
ジャックとメリーはその言葉を合図に動き出した。




