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侯爵家の裏事情1〜転生姉妹は婚約破棄の舞台に挑む〜

作者: パル

お読み下さりありがとうございます




スゥーー、ハァーー、

スゥーー、ハァーー·····


「ヴィオラー、いつまで深呼吸するつもりなのぉー?そろそろ中に入ろうよー」


「分かったわ。プリムラも深呼吸して、心を落ち着かせてから入場した方がいいわよ!」



 卒業パーティーの受付を済ませ、会場の扉の前で私は深呼吸をして心を落ち着かせた。


 今、後ろに居るのは、卒業生の家族として一緒に入場することになっている父様と母様。

 それと、深呼吸をする私を急かしている妹のプリムラだ。


 後ろを振り返り、父様とプリムラ、母様の順に視線を向けると3人は微笑みながら小さく一度頷いた。


「行きましょう」


 私は頷き返すと、目の前に開かれた卒業パーティー会場の扉へと足を踏み出した。





 私が深呼吸をして心を落ち着かせていたのには理由がある。


 それは、今から行われる卒業パーティーで、私は婚約者から婚約破棄を言い渡されることになっているから。


 この国ドルジア国の王太子、第一王子のアルフォンソ殿下。金髪碧眼のスラリとした体型の彼は容貌が優れ美しい顔の持ち主で、その御方こそが私の婚約者様である。


 そしてこの事実を知ったのは、妹のプリムラが私の婚約者と恋仲だから。


 だからといって、私を憐れむ必要はない。寧ろ褒めてもらいたい。

 だって、本当に大変な思いをしてこの日を迎えることが出来たのだもの。



 私とプリムラは、この日の為に共同作戦を進めてきた。作戦最終日が今日なのだ。


 今から戦いに挑むかのように、私は気合いを入れて隣にいるプリムラに声をかけた。


「プリムラ。上手くやってよ」


「ヴィオラもね。ねぇ、それより睫毛が取れそうなんだけど?大丈夫かしら?」


「今日は、いつもより長い付け睫毛にしたからちょっと重くてそう思うだけよ。大丈夫、完璧よ!」


「せっかくの卒業式なんだから、ヴィオラも少しはオシャレしてくればよかったのに。今日もソバカス沢山描いたのね?メガネのフレームも太すぎよ。それ、前世のときのじーさんみたいな眼鏡よ」


「フフッ、これでいいのよ!」




◆◆



 私たち姉妹は転生者だ。

 前世で私たちは、同じ小中学校に通う幼馴染みだった。そして前世で私は···プリムラにいじめられていた。

 高等学校からはお互いに違う学校へと進学したが私は寮のある学校へと進学した為に、その後プリムラと会う機会はなかった。


 そしてその日が訪れた。そう、私たちが歩道橋から転落死した日だ。


 大人になった私たちが出会った日。


 その日は、仕事で何年か振りのお盆休みをもらえた初日。私は久しぶりに家へと電車を乗り継ぎ帰省することにした。

 家から最寄りの駅で降り立つと、道を挟んだ反対側のバス停へと向うために歩道橋を渡り始めた。階段を登り終わると、先にある階段に向う途中で前方からやってきた見知らぬ綺麗な女性に私の名を呼ばれたのだ。


 久々に帰ってきた故郷。見覚えがないだけで、子供の頃の知り合いなのかも?と思い、軽く会釈をした。

 すると、彼女は突然笑い出し「ハハッ!あんた、まだ生きてたんだ!」と暴言を浴びせてきた。

 その様子で私は瞬時に彼女が誰だかを悟ると、その場からすぐに離れるために足を動かした。彼女の動きの方が早かった。肩から下げた私のバックの紐を彼女の手が握っていたのだ。その為、彼女の握る手が私の歩みを止めた。

 私は引き戻される形で彼女にぶつかった。彼女は手すりを越えて橋から体が投げ出された。彼女は、私のバックの紐を握ったままだった。


 そして、私が姉のヴィオラで、彼女はひとつ年下の妹のプリムラに···二人は姉妹として、私が趣味で書き始めた小説の中の侯爵令嬢に転生していた。





 私とプリムラが共同作戦を開始したのは、私たちの前世の記憶がよみがえったときだ。 

 それは、私がアルフォンソ殿下との婚約が決まったということをプリムラに知られたとき。


 知らせが届く数日前。アルフォンソ殿下の婚約者候補を集めた茶会が催された。

 プリムラはそのとき、彼に一目惚れをした。その後、邸に戻ってからの数日間は王子様との結婚を夢見ていたのだ。


 元々私には、婚約者となる男の子が決まっていたし、王子のことは見た目が華やかな人だなとは思ったけれど、それだけだ。

 だって仕方がない。後は、婚約書類を神殿に提出するだけとなっていた婚約者となる男の子のことを、私は大、大、大好きだったのだから。


 そんなプリムラの前に突如として現れたライバル。私だ。アルフォンソ殿下の婚約者として選ばれたのは私だった。


 父様にその事を告げられると、私は絶句した。しばらくはプリムラには知らせることが出来ずにいた。彼女は自分が選ばれると信じて疑わなかったためだ。 


 数日後、とうとうそれを知ってしまったプリムラは、突然怒り狂い出した。顔を赤くさせてこちらを睨みつける姿に私は恐怖を感じた。


 プリムラは怒りで、私は恐怖でその場に倒れた。そして目を覚ますと同時に、プリムラと私は前世の記憶が呼び起こされていたというわけだ。



 お互いが転生者だと認識するまでに時間はかからなかった。

 プリムラの言語がいままでと違うのだ。そして、その言葉は私の前世の言葉だった。


「プリムラ?その言葉って日本語だよね?」


「は?マジ?日本語分かるの?」


 私たちは、懐かしむかのように前世を語り合った。

 しかし、私は自身のことをプリムラに話すことはしなかった。それは、プリムラが一番最初に告げた前世の名前を聞いたからだ。

 意気揚々と前世を話すプリムラには申し訳ないが、私は彼女に自身のことを話す気にはなれなかった。

 その為、嘘で固めた自身の話をすることにした。


 まず、プリムラには前世の私を知らない人として思い込ませた。

 そして、転生先のこの世界は小説の中の世界だということ。

 その後で付け足したのは、小説を途中までしか読んだことがないということ。



 次の日、私は邸の庭園へとプリムラを誘った。昨夜考えた私の作戦計画を話すためだ。


「ねぇ、プリムラ。プリムラはアルフォンソ殿下と結婚して、王妃様になりたいのよね?」


「そうよ。それなのに、ヴィオラが婚約者に選ばれるなんて···ズルいわ!」


「私は、逆よ!アルフォンソ様と結婚したくない。王妃様になりたくないわ!」


「えぇー!ヴィオラ、マジで言ってるの?」


「うん。だって、せっかく転生できたのよ。私はこの世界を見て回りたい。自由に、好きなように生きて行きたいわ」


 そう言った後で、この小説には婚約破棄の場面があったはずだと、私はプリムラに話しをした。


···と、いうことは?

 悪役令嬢は私に決まった。

···って、いうことは?

 王子が慕うヒロインが現れる。


「だからね!プリムラがヒロインになればいいのよ?」


「え?私?···私が···ヒロインに?···いいかも!」

 私の言葉にプリムラは食い付いた!


 もちろん、私はプリムラがヒロインになるために協力する。だから、私にも協力してほしい。婚約破棄ではなく婚約解消を目指して!


 彼女に私の思いを告げると、プリムラは瞳を輝かせ満面の笑みで互いに協力し合うことを約束してくれた。


 そうして、お互いの目標に向かって共同作戦を進めることになったのだ。





「ヒロインはピンクゴールドの髪に菫色の瞳だったはず。プリムラも瞳の色が似ているし、髪を染めればヒロインになれるわよ!そして、私が悪役令嬢になれば完璧だわ」


 そう、プリムラの瞳の色は藤色なのだ。髪の色は薄い金。それなら髪をピンクに染めればプリムラがヒロインになれる。

 顔は、ちょっとブサイク···いや、ちょっと可愛さが足りない。でも、前世の私の知識とプリムラの腕をフル活用すればいいだけだ。


 あとは体型。

 こればかりはプリムラ次第。ポッチャリには程遠い体型なのだ。どうにかダイエットを成功させてもらわなければ。



 プリムラの前世の自分語りの中で、美容師だったと言っていた。オシャレが大好きで、メイクの腕にも自信があると話をしていた。

 整形技術がない世界でも彼女の腕を存分に発揮させれば、メイクでどうにかなるはず!


 私の案はどうかと尋ねると、薬剤が無ければ髪を染められないよと、プリムラは首を傾げた。


「染毛料ね!分かった。···後は?メイクに必要なものを教えて!無いなら作るしかないじゃない?」


 無いならば、どうにかしよう。そう意気込んではいたのだが。なんだかんだで、どうにかしてくれたのは父様だった。


 プリムラとの共同作戦を決めたその日。私とプリムラは、夕食後に父様と母様に事の内容を話し協力を仰いだ。

 家の親は、ちょっと変わってる?いや、かなり変わっているので話しやすく、プリムラを可愛がっている父様と、私を可愛がってくれる母様は、二つ返事で快諾してくれた。


 父様に提案をし、贔屓にしている商会に作ってもらった染毛料は、1年後には完成した。案外早い内に出来上がった。ただ、持続性が無く月に一度は髪を染めなくてはならないのだが。


 


「アイプチと、つけ睫毛···か···」


 それと、メイクに必要なアイプチとつけ睫毛は私が作ることにした。


 私の今後の黒い計画のためである。黒い計画?うん。今はまだ内緒。


 私は侯爵邸の厨房に行き、料理長にお願いした。


「これが欲しいのだけど···」


「ヴィオラお嬢様。絵が上手ですね。お茶の時間のデザートにランブーキウイをお出しいたしますね」


「え?ち、違うわ!ケバケバした皮が欲しいの」


 絵に描いたそれは、ランブータンとキウイフルーツの中間的な果物。この世界の果物だ。この皮で、つけ睫毛が作れるはず。そして料理長からランブーキウイの皮と小瓶に入っているビネガーをもらうと、最後の材料を求めて侍女長を探した。


「お邪魔してもいいかしら?」


 侍女長は、使用人たちの休憩室でお茶をしていた。多分、サボっていたのだろう。私がドアを開けると、侍女長は大きく口を開けて菓子を口に入れるところだった。


「ヴィ、ヴィオラお嬢様!···ど、どうかされましたか?」


「休憩中に突然ごめんなさい。侍女長がコレを直してくれたときに使ったものが欲しいのです」


 私の胸の上に付けられた、お気に入りのリボンの付いたブローチを見せた。


「あら、何か壊してしまったのですか?私が直しておきますわ」


「え?ち、違うわ!工作するのに必要なの」


 そして、最後に天然素材のゴムボンドを手に入れた。


 よし、これで作れる。


 部屋へ戻るとティーウォーマーに3つのキャンドルを置き、ティーポットにビネガーを入れたものをその上に載せた。

 小さい器にゴムボンドを入れ、そこへ熱くなったビネガーを少しずつ注ぎながら混ぜ合わせる。


 そして完成したのが、アイプチと睫毛を付けるボンドだ。


 脇下の皮膚の弱い場所に付けて、刺激を確認する。そして、入浴前に脇下をチェックした。うん。赤くなっていないし、ペリっと剥がれる。


 寝支度を済ませ終わると、次にランブーキウイの内側の厚い皮を剥いだ。それを1ミリ以内の幅になるように下から上へと切っていく。そして一晩放置すればつけ睫毛の完成だ。


 どうして、こんなに簡単にって思われても仕方がない。だって、ここは私が書いていた小説の世界なのだから!

 


 プリムラに出来上がったアイプチとつけ睫毛を見せると、さっそく鏡台の前に移動した。


 思いの外、臭いも無く使い勝手も良かったらしく大喜びで瞳をキラキラと輝かせた。


 しかし、喜んだ後にプリムラは直ぐに表情を変えてどんよりとした。


「でも、ヒロインが現れたらどうするの?」


 あぁ。そうだよね。そう思うよね。


「そうね。それは、ヒロインが現れる頃に考えましょう。大丈夫よ。現れたとしても、家は侯爵家。ヒロインは男爵令嬢だったから父様と母様に言えば何とでもなるわ」


「どうするの?」


「ん―――そうね···確かヒロインは私の1つ下の学年だったはずよ。プリムラと同じ年齢ね。2年間休学してもらいましょう」


「どうやって?」


「確か、領地が田舎で困窮していたはずだから、事業の手助けをする代わりにってことにしましょう」



 と、プリムラには言ったが、ヒロインは現れない。だって、私が書いていた小説のヒロイン設定は『小説のヒロインになりたくて髪をピンクゴールドに染めた転生者』だったから。

 どこぞの貴族令嬢だとか平民だったとかの細かい設定は、まだ書いていなかった。


 その『髪をピンクゴールドに染めた転生者』がヒロイン。つまり、ヒロインはプリムラなんだよね。


 執筆途中だったのもあるが、中々名前を決められなくて、ヒロインをPちゃん、悪役令嬢をBちゃんって書いていたのだ。

 家名だけは決めてあったし、変わった侯爵家に生まれたことからここが私の書いた小説の中だと気がついたのだけどね。




 そうして、プリムラは毎日のダイエットを頑張った。我が家の食卓からデザートも無くなった。体を動かす為に家庭教師を雇った。かなり健康的な日々を送るようになったのだ。


 そして、プリムラよりも1年早く私が学院に入学する日がやってきた。


 薄い茶色に染めた髪を三つ編みで一本に束ね、眉を極太に描きソバカスを描いてフレームの太い黒縁眼鏡を装着する。フフッ、これで完璧だ。


 入学式まで婚約者であるアルフォンソとは会っていなかったこともあり、当日は茶会以来初めて私を見た彼は、自分の目を疑ったかのように頬を強張らせた。


 そしてプリムラが入学してくる一年間は、アルフォンソに対して何事にも俯き加減で、発する言葉も必要最低限に、テストでは敢えて違う解答を書き、目立たず更に控え目に···侯爵令嬢である矜持もあるので、彼以外の前ではある程度に留めて学院生活を送った。


 次の年にプリムラが入学してくると、私は急いでアルフォンソに紹介した。


「アルフォンソ殿下。私の妹のプリムラです。今日入学式を迎え、これから学院に通うことになりました」


「私はアルフォンソだ。君が···ヴィオラの妹?···これからは、何か分からないことがあれば私に声を掛けてくれ」


 プリムラを見る彼は、キラキラと瞳を輝かせながら優しく微笑んだ。


「プリムラ・スプリングと申します。ありがとうございます」


 彼に熱い視線を送りプリムラが礼をとった。すると彼はプリムラの腕に自身の手を添えた「礼はいらないよ」と頬を赤らめて。


 出会いからして、私のときとは大違いなのだが?フフッ、第一関門突破したわね。

 私は心の中で叫んだ『ヨッシャー!』


 そして、これから始まる第二関門、プリムラがアルフォンソとの恋を深める学院生活。


 私は期待を込めてプリムラに視線を送る。


 プリムラは私をチラリと見ると、親指を立てて片目をつぶった。




 学院が始まる前までに可愛いヒロインになりたいとプリムラは色々やって···いや、色々あって、めっちゃ可愛い女の子に仕上がった···いや、生まれ変わった?といった感じだ。


 体型はダイエットをした成果が実を結び、太目ポッチャリからスレンダーボディへ!一重の瞼はアイプチを使い二重瞼へ!アイラインを薄く引き、つけ睫毛でキュートな目元に仕上がった。唇に付ける紅の範囲を狭くして口を小さく見せるテクニックも素晴らしい。


 さすがプリムラ!前世の腕をフル活用すれば見た目が超可愛いヒロインになれたのだ。


 そう、見た目は大事!


 アルフォンソも見た目は良し。プリムラも見た目は良し。二人共、満足出来てウィンウィンだね!




 プリムラの学院生活が始まり半年が過ぎた頃から、私とプリムラが学院内で会うときは決まって彼女の隣にはアルフォンソが居るようになった。


 そんなとき、私は決まって少しだけ俯くのだ。そしてプリムラから話しかけられる設定だ。


「あっ、お姉様。今、アルフォンソ様が一緒に居てくださっているのは――」


「いいのよ。学院内のことは、生徒会長であるアルフォンソ様にお伺いするのが一番ですわ。では、私は授業がありますので失礼させていただきますわ」


 毎回こんな感じの繰り返しだ。


 一年を過ぎた頃の学院内では『殿下は、毎回プリムラ様とご一緒しているようですがいいのですか?』とか『殿下は、婚約者が彼女のような振る舞いをしておいでですわよ?』などと、遠回しにプリムラとアルフォンソの仲を私に非難するように言ってくる貴族令嬢達が出てきた。


 プリムラに聞けば、彼女を直接叱責する高位貴族の令嬢も何人かいるらしい。


「ヴィオラ!大丈夫だって!それに、呼び出されるとワクワクしちゃうんだ!どんな言葉を使って言い返そうかって。彼女達が私に言い返された後の顔はマジ笑えるよ」


 はぁー。いや、プリムラを心配しているわけではない。アルフォンソが離れていかないように、きっちり手綱を持っていてほしいと言いたかったのだが···。


「卒業まで、残り半年を切ったのだから上手くやってよね」


「わかってるって」



 そして、残りの半年は更に学生達がエスカレートしていった。しかし、さすがはプリムラだ。アルフォンソの心をガッシリ掴んで離さなかった。アルフォンソがプリムラの盾となるかのように、周囲の貴族令嬢達を牽制し始めたのだ。


「アルフォンソの態度、あからさま過ぎじゃないかしら?貴族令嬢達を敵に回さなきゃいいのだけれど···」


「大丈夫だって!ヴィオラは心配性なんだから!私が宥めればアルフォンソは言う事を聞くしね。それより、一週間後の卒業式の準備を進めましょう!」


 私が心配しているのは、自分の身なのだが?貴族達から廃太子を求められたらプリムラも王妃になれないのに···。そうなってから、プリムラから私に苦情が来るのを避けたいってこと。分かってないなー。


 私の心配はそれだけではなかった。

 

 転生先のこの世界が前世の私が書いていた執筆途中の小説の中なのだが、重要なのは···そう、まだ執筆途中だということ。


 確か···卒業パーティーが始まる前。Bちゃんが婚約破棄を言い渡されたところまでしか書き進んでいなかったのよね?なので、卒業パーティーからは私にも未知の世界なのだ。


 というより、ストーリーをちょっと変えたような気もするが?著者だから書き直しができたようなものなのかしら?



 ともあれ、これから先は未知の世界。婚約破棄後がどうなるのかは予想がつかない。


 だからこそ、私はプリムラに共同作戦を提案したのだ。私が婚約破棄後に断罪されないようにだ。

 願わくば島流しなんていう思いも更々ない。第二の人生こそは好きに楽しく生きていきたい。幸せになりたーい。


 私は自由を!プリムラは王子を手に入れるために長年準備をしてきた。


 そして、第二関門を無事に突破し、明日は最終決戦日。



···私は、卒業パーティーの日を迎えた。




◆◆




「プリムラ。始まるわよ」


「ヴィオラは本当に心配性なんだから。終わったら、お互い名演技だったと笑い合いましょう」



 今から姉妹で始める大舞台。場所はセレスティア貴族学院の大広間。観客は、学院の卒業生とその両親。国王陛下と王妃がゲストとして招かれている学院の卒業パーティーで、私と妹は今から役者になりきるのだ。めちゃくちゃ緊張して体中に冷や汗が流れる。




「卒業生答辞、ドルジア国第一王子アルフォンソ王太子殿下」


 卒業代表者として名を挙げられた彼が、金の前髪をかきあげ、長い睫毛から覗く碧眼は何かを決意したかの様な目付きで真っ直ぐ壇上を見た。スラリとした魅力的な美男子が壇上へと足を踏み出すと、周囲の人達はその様子に釘付けになっているようだ。


 隣に立つプリムラも、胸の前で両手を合わせ藤色の瞳を輝かせて食い入るようにその様子を見ている。私もアルフォンソの容姿は実にカッコいいと思う。でも性格がね···そういう設定にしたのは私だが――。



 彼が壇上に立つと一礼してから口を開いた。

「先にこの場を借りて皆に知らせることがある」


 彼はそう言うと、次に壇上に来るようにと妹のプリムラを呼び寄せた。


 プリムラは私に向かって視線を送ると、私はコクリと頷いた。


 壇上にプリムラが到着すると彼はプリムラを隣に立たせた後で、こちらを睨み付けた。


 それと同時にプリムラは私に視線を向けると右瞼を一度閉じて私に合図を送り、私が頷く。それを確認したプリムラは彼に小さく耳打ちをした。



 そして今、舞台の幕が上がった。



「ヴィオラ・スプリング嬢!貴女との婚約を破棄させてもらう!これ以上プリムラ嬢への無礼な所業を見逃せぬ。私とプリムラ嬢との仲を嫉妬し、叱責、嫌がらせなど数多く妹を貶めてたのだ。そんな貴女は私の隣に立つ者として相応しくない。皆に平等に対応し、辛くも笑顔を絶やさないプリムラこそが私の隣に相応しい。私はプリムラに真実の愛を見つけたのだ」


 よし!きたー!

 ここからが私の見せどころ!


 私を鬼のような形相で睨みつけながらアルフォンソはそう言うと、私はニコリと微笑んでから口を開いた。


「婚約破棄をお受けします」

「その代わりに、私からも殿下にお願いしたいことがございます」


「なんだ?今までの罪を見逃せとでも言いたいのか?」


「いいえ。私の願いは、プリムラ一人だけを妃としていただきたいのです。真実の愛の相手が妹だけだと、他に愛を注ぐことはないとお約束していただけるのなら、私は愛しい妹のために婚約破棄を受け入れます」


「愛しいだと?ヴィオラ、そなたはプリムラをいじめていたではないか」


「いいえ、プリムラをいじめるなんて私には覚えがありません。ただ、厳しく指導してきたことは確かです。私も妹も両親に甘やかされて育ちました。その為、学院に入学すると侯爵令嬢として至らない点が多かったのです。そして、成人するまでの学園生活の中で侯爵令嬢としての矜持を持つために互いに切磋琢磨し合っていました。プリムラは、私の大事な妹ですわ」


 そしてここからがプリムラの見せどころ!



「アルフォンソ様、姉様が言ったことは本当ですわ。私はいじめられておりません。厳しく指導を頼んだのは私ですもの」


 いかにも『大好きな姉様の悪口を言わないで』見たいな表情と口調で、更にさり気なく上目使いで腕にしなだれるところが目茶苦茶甘え上手!


「姉様に叱られたと言い何度も泣いていたではないか?」


「姉妹ですもの、喧嘩をするのは日常ですわ。アルフォンソ様、姉様からはたくさんのものを戴いて今の私があるのです。頼りになる姉様ですの。そんな姉様を···破棄···するだ···なん···て···」


「そうだったのか。私が間違えていたのか。···それでは···婚約破棄ではなく解消としよう」


 はい。きたー!

 解消頂戴しましたー!


「ありがとうございます。婚約解消をお受けいたします」

「その代わりに、卒業パーティーが終わったら妹との婚約を結んでいただいても宜しいでしょうか。国王陛下と王妃様、そしてこの場には国を背負う貴族の方々がいらっしゃいます。この場の皆様が証人となって下さることでしょう。そうすることで、妹を一日でも早く安心させてあげたいのです」


「あぁ。そうしよう」



 アルフォンソ殿下はそう言ってプリムラを見ると頬を赤らめた。


 隣に立つプリムラが恥じらいながら柔らかに微笑んだ。


「プリムラ、どうか私と結婚して欲しい。必ず幸せにする」


「はい。幸せにして下さい」


 いや、まだだから···

 これから婚約なんだけど?


 そう思うも、肩の荷が下りた私はこのときばかりはかなり嬉しくて舞い上がった。


 その後で卒業パーティーが続行されると、楽団の演奏に合わせてダンスが始まった。ダンスを踊る相手がいない私は、広間の壁へと移動すると一緒に入場していた父様から声をかけられた。


『ヴィオラ。上手くいったね!』


 その後で母様も。


『本当に···ヒヤヒヤしたわ』


 父様と母様が小声でそう言いながら抱きしめてくれた。私は『うん。今日まで長かったわ』と返すと父様と母様を抱きしめ返した。



「卒業生なのだから、最後の思い出に私と踊ろう」


 その後で、父様は眉を下げると柔らかな表情で私を見た。


「父様。ありがとう。でも――」


 父様と腕を絡めて隣に立っている母様が驚愕の顔で私の···私の後ろに?視線を向けた。


「ご歓談中失礼いたします。ヴィオラ、私と一緒にダンスを踊って下さいませんか?」


 そう言われ振り返ると、白銀に青味がかった長髪をひとつに束ね深く暗い碧色の瞳が私を見据えていた。どう見ても、一緒にダンスという雰囲気じゃないよね?


「グレイル···様」


 彼はグレイル・シルベスター侯爵令息。シルベスター侯爵家の次男で、私より2つ年上の再従兄弟である。

 彼の瞳が私を冷ややかに見据えていて、背筋が凍るようだ。


「ヴィオラ。手を出せ」


 目茶苦茶怖くて、言われた通りに手を出してしまった。

 彼は私の手を取ると「行くぞ」と言ってダンスの輪に向かって連れて行かれた。


 そのままダンスを踊る羽目になってしまったが、周囲からの視線が私に向かって突き刺さる。いや、半分はグレイルに向かっていると思う。


 『氷の貴公子』と令嬢たちの間で囁かれている彼がダンスを踊っているのだ。「初めて見た」とか「今日は顔が怖くない」とか聞こえてくる。


 というか、彼は騎士服姿だ。みんな見てる場所が違くないか?ってツッコミたい。それと、ダンスを踊れたんだ?って私は思うし、顔は怖いだろうと心の中で呟いた。


「ちょっと、グレイル。突然なんなのよ。婚約破棄···解消されたばかりの私と踊るなんて、正気じゃないわ」


「おい、さっきの茶番はなんだ?」


「えっ?」


 グレイルの問に私は首を傾げて見せると、彼は「フッ」と笑った。


「なぜ?婚約を取り止めた?」


「私からじゃないわ。殿下から言われたの」


「わざとそうなるように仕向けた。画策したな?」


「し、仕方なかったのよ。プリムラはアルフォンソと結婚したいと言うし、私は彼が嫌い···じゃなくて苦手だったから···」


「ふーん。それで?ヴィオラはこの後どうするんだ?」


「私?···楽しく生きていきたい。外の国にも行ってみたい。自由に生きつつ幸せにもなりたい。『王妃では自由に生きられないわ。プリムラはキラキラ輝く宝石がよくて、私はキラキラ輝く人生を選んだだけよ』」


 途中から小声でそう言うと、グレイルは私の耳元で囁いた。


『そうか。わかった』


···何が分かったのだろうか?



 卒業パーティーも無事終わりが近づくと私はグレイルから離れて父様と母様と一緒に国王陛下と王妃が鎮座する前へと移動した。


 プリムラとアルフォンソも笑顔でこちらに向かってくると宰相から既に国王陛下がサインをした書面を渡された。


 今、貴族たちの前でプリムラの婚約が成立したのだ。


 そしてこれが最後、大取りだ。私は気合いを入れ直し、賭けに打ってでた。


「殿下、先ほど私が申したお願いを受理して下さったこと、心より感謝いたします。妹だけを唯一の妃とするお約束として、聖なる誓いをプリムラにして下さいますか。これで、プリムラの未来が明るいものだと私も安心でき、私の婚約解消も無駄ではなかったのだと胸に仕舞うことが出来ますわ」


「···でも、それは」


 アルフォンソはチラリと国王陛下に視線を向けるが、彼が卒業パーティーの席でやらかしてしまった手前、陛下は頷くしかなかったのだろう。貴族たちの冷やかな視線がこちらに向かって刺さっているかのようだしね。



 聖なる誓いとは、結婚するに当たり生涯唯一の伴侶とする誓い。何があっても離婚は出来ず、伴侶以外の者と交わることも出来ない。と言うことは、将来国王となるアルフォンソとプリムラの間に子供が授からなかった場合は、第二王子の子供か現国王の弟である王弟殿下、もしくはその子供に王位が継承されることになるのだ。


「···わかった」



 そして、アルフォンソがプリムラの両手を取ると誓いを立てた。

 これで二人は離婚も出来ず、再婚も出来ない。他者と交わることも一切出来ずだ。


 その様子に『ふぅー』小さく息を吐く。


 どうにか終わった。無事に終わった。

 長い時間を費やした一つの終着点が終ったのだと私は胸を撫で下ろした。



 長居は無用と思い、私は父様と母様に『サッサと帰りましょう』小声で言うと、早々にその場を離れることにする。


 会場の扉を出ると、扉の先には一人の男性が壁にもたれかかり腕を組んでこちらを見据えていた。グレイルだ。


 私達が扉から出てきたところで彼はこちらに向かってくる。


「スプリング侯爵様。至急お話したいことがあります。馬車に同乗させて頂いても宜しいでしょうか」


「グレイル。先程は、ヴィオラと踊ってくれてありがとう。至急の話し?···では、馬車の中で話そう」


 彼は父様に許しを得ると他愛もない話しをしながら馬車乗り場まで向かい、一緒にスプリング侯爵家の馬車に乗り込んだ。


 馬車が動き出すと、プリムラを待たなくていいのかと言う彼に、妹は王家の馬車が送り届けてくれることを話す。


 その後で、彼は複雑な表情を浮かべ私を見た。


「それで、至急の話しとはどんな話かな?」


 父様がグレイルに話しの内容を尋ねると、彼は「えっ?」と驚きの表情で私をチラリと見た。それに続き母様も「あら?」と言って私を見るとニコリと微笑む。父様は理由が分からずでいたが、母様が私に笑顔を向けながら肘で父様の腕を突くと「あっ!」と言って大きく目を見開いて私を見た。


 全く理由が分からずにいるのは私だけ?なぜ皆で私を見る?私が何かした?


「ヴィー。俺はダンスを一緒に踊ったよ」


 そう言って、隣に座るグレイルは私の手を取ると顔を覗き込んでくる。


···は?ダンスを踊ったね。

···ん?ヴィー?







「···あ、あぁぁぁぁぁー!」


「まさか忘れていたとは言わないよな?」


 いいえ、すっかり忘れていましたが?なんて、言えるわけがない。


「お、覚えています。大丈夫。覚えていますとも!」


 顔を引きつらせながらも私はニコリと笑顔を作った。


「婚約が取り止めになった瞬間から履行されるのだったよな?」


「その様にしました···よね」



 私は父様をチラリと見ると、父様と母様は柔らかな表情を浮かべコクリと頷いた。



 共同作戦が終了したと思ったら……。


 私の第二の人生は、休む暇もないらしい。



誤字脱字がありましたら

申し訳ございません。

m(_ _)m

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