2 開始
1ヶ月後、
「それでは留守を頼む」
出立するクリスフォードにロイドは左手でこぶしを握りながら己の胸にしっかりとつけたまま片膝を突けている。
「御身に憂いなく健やかに過ごされますように」
「あぁ、苦労を掛けるがよろしく頼む」
そう言ってロイドの主は馬上の人となった。
クリスフォード達が出発した後、俯きながら王妃は何も言わず立ち去って行った。
肩が震えているように見えるのは気のせいだろうか?
残されたのは国王と側妃
「陛下、王妃様がおひとりで戻られましたがよろしいのですか?」
両手を前に組み、上目遣いに国王を見上げる側妃に
「よい、そなたと共に戻る」
そう言って二人は一緒に戻っていくが、エスコートの手も出されず、国王の顔も渋い顔なのは側妃には目に入って無いようだった。
「ロイド様」
「グリッドか?ギルバート様は?」
「執務室に入られました」
「行くか」
ロイドは書類を手にギルバートの執務室へと向かった。
ギルバートの執務室は騒がしかった。
「ようやくギルバート様の時代が来ましたね」
「第1王子が3か月も王宮を留守にするなんて、体のいい厄介払いでしょうね」
「陛下もようやく側妃様の魅力に気が付いたようですしね」
「立太子が見えてきましたね」
「いつもこんな感じか?」
初めて執務室に来たロイドは防音も警護もしていない状態であけすけな物言いに驚くよりも
残念感でいっぱいになった。
書類を抱えた文官グリッドはため息交じりに
「通常通りです」としか言えなかった。
第二王子の執務室をノックする。
「今日からお世話になります、ロイド・クルーガーです」
「あぁ、兄上から聞いている、よろしく頼む」
ギルバートがニコニコしながら右手を差し出した。
(握手?王子が?自ら?)
ロイドは心中の葛藤を顔に出さないように片膝を突き、頭を下げた。
「堅苦しいな、ロイドさんは」
軽い口調でロイドの肩を叩くのは側近の中でも爵位が一番高い公爵家三男、サミュエル・クワイエット。
「ここは第1王子のところとは違うんだよ」
「もっとフランクにいこうよ」
「そうそう、第1王子殿下からこちらに乗り換えるんだろう?だったら俺達のやり方に慣れてもらわないとな」
「あちらは外国に行かされるくらいしか使い道がないんだろうし」
側近候補達はロイドやクリスフォード達を小ばかにしたような物言いで、視線も侮るような視線を投げてくる。
(馬鹿しかおらんのか)ロイドは呆れていた。
そもそもロイドは第1王子の側近である。
サミュエルたちは第2王子の側近候補でしかない。
その差は大きい。
候補はあくまでも候補である。
第1王子は成人を済ませ、すでに政務の一部を担っている。
その側近たちは当然国政に関わる案件に関わっており、大臣を始めとして王宮の文官達とも議論を交わしあうような間柄である。
今回第1王子クリスフォードが他国の視察や式典に参加するのは、側妃達がどれだけ邪魔をしようとも水面下では対外的にも王太子として認められている証拠である。
ゆえにロイド達側近は王太子の補佐としてその立場は確固たるものであるため、第2王子側近候補などよりもはるかに上なのである。
(わかってないんだな。無知というものは恐ろしいな)
ロイドは苦笑を隠せなかった。
(さて、初日からではあるが、やらせてもらうかな)
ロイドはギルバートの机に書類を置いた。
そして、ついてきたグリッドの手にあった書類は隣の机に置かせた。
「ギルバート殿下、こちらの書類をごらんください」
ギルバートは机に置かれた書類を確認すると驚いた顔でロイドを見た。
「監察?」
「はい、私は第2王子殿下の監察にまいりました」
側近候補達は驚きの表情を浮かべている。
「私は監察対象という事か?なぜ?」
ギルバートも困惑した顔でロイドを見てくる。
「ギルバート殿下は、まもなく王立貴族院に入学されます。
それにあたり、今後王族として執務や公務が任されるようになります。
王族として相応しい知識や力を有されているのかを監察いたします」
「なんとも失礼な感じだな、お前はどの立場から物を言ってるんだよ」
サミュエルが不満そうに食って掛かってきた。
今にも手が出そうな雰囲気である。
「どの立場かといえば、陛下からの勅命を受けた特別任務という立場ですかね」
そう言って手に持っていた国王直筆の勅命書を広げて見せた。
「勅命・・・」
「当然ですが、あなた達側近候補、護衛、従者も監察対象です。
あ、王子費についても調査致しますので、明日からよろしくお願いしますね」
王子費、と聞いて側近候補達が顔色を変えた。
「本日から監察に入りますので、この執務室は封鎖となります。よろしくお願いします」
「ふ、封鎖・・だと?」
サミュエルが驚きのあまり大声で聞き返した。
「当然でしょう、今までの王子費の使用状況を確認しなければなりません。
そのため、こちらにある書類すべてチェック対象なのです。
監察なのですから当然、監察に関わる人間以外は出入り禁止、ここからの持ち出しについても
全て確認してからになります」
ロイドがそういって扉を開け廊下に向かって声をかけた。
「それではよろしくおねがいします」
近衛騎士の記章を着けた騎士が5名入室してきた。
近衛騎士たちはギルバート達を包囲しながら上手に廊下に出してしまった。
「えっ?」「ちょ・・・」「おい、どこへ・・」
突然のことに驚く側近候補達、従者、護衛まとめて離宮へと誘導していく。
手は出さない、あくまでも流れるような連携で近衛騎士たちは無事に離宮へ到着した。
「さすが、近衛騎士、てか、護衛共も一緒に離宮まで誘導されちまうなんて、お粗末な腕前だ」
苦笑しながらロイドが近衛騎士に声をかけた。
「我々もこんな簡単に誘導できるとはおもってもいませんでしたよ」
「我々5名しかいないんですがねぇ」
近衛騎士たちも苦笑を隠せないようだった。
ロイド達が離宮に入っていくと、早速サミュエルが噛みつくように文句を言ってきた。
「おい、ロイド、どういうことだよ。
何の権利があってギルバート様も一緒に閉じ込めるんだよ」
「そうだ、俺たち護衛まで一緒にするなんて、なめてんのか?
俺たちは第2騎士団所属のエリートだぞ」
護衛達の中で一番爵位の高いボレロ公爵家3男ユークスも近衛騎士達に怒鳴りつけた。
「監察、と申し上げました。ギルバート殿下を始めとして全員が監察対象なのですから、他のものと接触したり、証拠隠滅をされないように隔離するのは当たりでしょう」
ロイドが無表情のまま告げると
「俺たちが証拠隠滅すると思ってんのかよ」
「無礼だぞ」「ギルバート様に失礼だ」「何様だ」
口々に文句を言い始めるサミュエル達にロイドは淡々と告げる。
「陛下の勅命による監察です。
ちなみにギルバート殿下たちの身の回りのお世話はこちらで用意した男性使用人で行います。
貴族院入学の際は私も同行して監察いたしますので、その日までこちらでご準備ください。
必要なものがあればその都度離宮入り口に待機する近衛騎士にお申し出ください。
それでは失礼いたします」
ぺこりと頭を下げるとロイドは踵を返して戻っていく。
後ろから怒号が聞こえるが、全く気にもしていなかった。
「やれやれ、側妃様達をうまく誘導しといて本当に良かったよ。
離宮に押し込めてやったから徹底的に調べられる」
「ははは、今頃側妃様のお城をハッシュレイ湖で夢見てんだろうよ」
「豪華絢爛たるお城かな?ま、夢の中だけならいくらでもやってくれればいいさ」
ロイド達は小声で話しながら楽しそうに戻る。
クリスフォードからはギルバートたちの教育をお願いされていたのだが、実際に国王陛下からは
監察をするように、との勅命を受けていた。