番外編:変化
第2王子ギルバートは今、庭で土と格闘中だ。
今までは何をしても側近たちがほめそやし、教育係も少しできただけで大げさに褒めてくれた。
母や祖父たちも、『お前こそ王の器にふさわしい』と言っていた。
自分は王族である事を当たり前として過ごしてきた。
だが、現在は王室典範にのっとったカリキュラムで再教育を受けている最中だ。
そして、教育係筆頭のマイルズからは、日々色々な課題を与えられている。
今まで考えたこともないようなことを、自分の頭で考えなければならない課題ばかりだ。
だが、ギルバートは意外とそれが楽しかった。
知らなかったことを沢山の資料を見ながら検討していく、そこから別の発想が生まれる。
別の課題から他の課題の問題点が浮かび上がる、そう言った思考の連鎖を思っていた以上に楽しんでいたのだ。
マナーについてもサミーが乳母のごとく厳しく躾けていた。
決してギルバートを馬鹿にすることなく、毎日同じことの繰り返しをさせることで、自身の所作が身につき、それが自然と振る舞いにも表れるようになった。
そんなある日、監察部のロイドから【貧民街の衛生問題に関して】という課題が与えらえた。
「マイルズ、私は貧民街の事を何も知らないのだが、知るにはどうしたらいいだろう?」
「そうですな、まずは貧民街の資料を取り寄せますので、それをお読みください」
そう言ってマイルズは貧民街周辺の資料を取り寄せてくれた。
だが、どれだけ資料を読み込んでも、ギルバートには全く想像ができなかった。
「マイルズ、貧民街を近くで見たい」
そう言われ、マイルズも流石に驚いた。
「ギルバート様、それは少し難しいかと」
「どうして?」
「下町とは違い、貧民街は本当に治安も悪いのですよ?
そんなところに王族が出向くなど・・・、ありえませんね」
「だが、自分の目で見てみないと、貧民街が何に困っているのか私にはわからないんだよ」
「それは確かにそうですが、でもしかし・・・」
それでも返事を渋るマイルズにギルバートは名案を思い付いた。
「ロイドに頼んでみよう」
兄であるクリスフォードが帰国して、ロイドは現在側近としてそちらで働いているという。
だが、監察部の顧問として現在も在籍しており、そのあたりから何とかお願いできないだろうか、と思いついたのである。
早速手紙を書き、マイルズに託した。
「ロイド殿」
応接室に入ってきたロイドにマイルズは立ち上がって声をかけた。
「マイルズ殿、お久しぶりです」
「本当に久しいですのぉ」
「ギルバート殿下はいかがですか?」
「日々研鑽を積んでおられるよ。実に楽しそうにな」
「流石マイルズ殿ですな、ところで本日は?」
「ロイド殿の予想通り、ギルバート殿下から手紙を預かってきましたよ」
そう言って手紙を渡した。
中を確認したロイドは、眼鏡をくいっとあげると、「本当に流石です」と感想を言った。
ギルバートが貧民街に行きたいと思うようになったのも、マイルズがとロイドが相談して教育を進めた結果であった。
すでにギルバートが視察できる準備は整っており、すぐに予定が組まれた。
初めて目にした貧民街でギルバートが何を感じたのかは本人しかわからない。
だが、それからのギルバートの日課に、〈庭いじり〉が追加された。
彼が植えたのは、一般的によく知られる薬草と、栄養価の高い葉野菜だった。
後日、兄であるクリスフォードから何故それを?と聞かれたとき、ギルバートはこう答えたといこう
「貧民街は人がたくさんいましたが、仕事がない、と言っていました。
何ができそうか聞いたところ、貧民街の土地で何か作ってみたいと言われたのです。
下町で仕事を探すには文字の読み書きが難しいから、と。
幸い、私には貧民街で育てやすくて売り物になりそうな物を探す時間も伝手もありますから、マイルズに頼んで簡単に栽培できる薬草を始めに育ててみました。
サミーからは栄養素の高い葉野菜なら育ちが早く、誰でも手を付けやすいと言われましたので、それも育ててみました。ただそれだけの事です」
そう言ったギルバートだったが、初心者であるギルバートが育てても簡単で収穫も安定的だったことから、国の予算が編成され、貧民街での薬草栽培が始められたのだ。
採れた薬草は王家が買い取り、王宮医務室で薬になる。
それを安価で販売することで、流行病の発生を抑えることにもつながっていった。
葉野菜については、孤児院の庭などで栽培するようになり、その栄養価の高さから、クッキーやケーキ、スープといったものが作られるようなり、王都では栄養食品として重宝されるようになった。
クリスフォードの治世になると、もはや貧民街と呼ばれていた地域は姿を消し、公爵となったギルバート主導で改良を続けられた薬草が育てられている。
ギルバートは領地を持たず、王都近くの王領で薬草の品種改良などに励んでいる。
「ロイド」
「お呼びですか?陛下」
「また育児休暇申請書って・・・・」
「陛下が体制を整えてくださったおかげで、妻と子育てに専念できます」
そう言ってロイドはくいっと眼鏡をあげた。
「それはそうなんだが、宰相になってもそれは適用されるのか?」
すこし恨めしそうにこちらを見るクリスフォードに、ロイドは笑顔で返した。
「国のトップに近い者から見本を見せませんとね」
「ううぅ、私も絶対育休を取ってやるからな!!」
「もちろんです、陛下」
その後、クリスフォードは王として初めて育休を取得したとして歴史に名を遺すのであった。