後日談:釣果
後日談です。
「陛下、側妃様はまだハッシュレイ湖に?」
「そうだったな、そろそろ迎えに行かないとまずいな」
「ですが、まだ新しい橋はできておりませんわ。
ローゼン公爵を断罪するためとはいえ、そろそろ気の毒になります」
「うむ、監察部に様子を見てきてもらうか」
王と王妃がそう言って側妃マリアベルの様子を見てくるように監察部へと依頼をしてきた。
「ロイド様、陛下たちからの依頼、どうされますか?」
「そうだな、誰か行きたいものはいるか?」
「え!お前行けよ」「いや、そういうお前が行け」「側妃様だし、女性がいいんじゃないか?」
「何言ってるの、若い男性の方が喜ぶわよ」「げ、あんなケバイ・・ゲホゲホ、着飾った側妃様に会いたくない」「香水、まだ振りかけてるのかな・・・」
監察部の誰も手を挙げない。
王宮でのマリアベルは、父であるローゼン公爵の威光をちらつかせ、わがまま放題に過ごしていたのだ。
監察部も度々意見を述べたのだが、ローゼン公爵に一蹴されてしまったことがある。
そしてマリアベルは王の気を引くために、普段から金に糸目をつけずに着飾り、化粧を塗りたくり、遠くからでもわかるほどに香水を振りかけていた。
王宮ではそんなマリアベルの姿に引いている者がほとんどだった。
「結局、ロイド様が行かれるんですね」
「誰も引き受けないから仕方がないな」
ロイドはそう言って少し口角をあげた。
ロイドが行くことになり、ロイドがいるなら、という事で残りのメンバーも手を挙げる者が出てきた。
そして、その中にはロイドの妻となったヴァイオレットもいた。
「夫婦の旅行かよ・・」「ああ、ヴァイオレット嬢とロイド様がイチャイチャしたらどうしよう」
「まさかロイド様がそんな公私混同はしないだろう」
「ヴァイオレット嬢と話せればいいや」「ロイド様のにやけた顔が見たい」
監察部の他のメンバーはそれぞれいろんな思いを抱えながら、ハッシュレイ湖へと出発した。
ロイドとヴァイオレットは通常の上司と部下、という距離を維持し、一部が期待していたようなイチャイチャした感じはまったく見られなかった。
やがてハッシュレイ湖に到着すると、橋を建造している現場を視察に行った。
以前の橋よりも丈夫にするため、腐食を防ぐ液を木に染み込ませ、乾燥させたものを使用するため、通常よりも時間がかかる作業となっていた。
監察部の面々はそれぞれの書類を確認しながら、現場の視察を行った。
夜になり、それぞれの視察報告を行っていた。
「報告は以上だな、問題はなかったようだな」
「はい」「晴れが続いたおかげで作業の進捗がはかどったとか」
「早く橋が架かるのはありがたいだろう」
「そう言えば、おもしろい話を一つ聞きました」
ヴァイオレットがそう言うと、皆が興味深そうにヴァイオレットを見た。
「湖の中央にある建物まで物資を運ぶために馬が通れるくらいの橋を架けたそうなのです。
船で行くには天候によっては行けなくなることもありますから」
「ふむ、それで?」
「最初の頃は高級食材の発注が多かったそうなのですが、最近は調味料や、燻製用のチップなどが所望されるそうです」
「調味料はわかるが、燻製用のチップ?」
「側妃様が飽きられないようにしているのでは?」
「そうかもしれませんね」
「ただ、調理用の道具もいくつか頼まれたそうで、館で何か変化があったのかもしれませんね」
「ドレスや宝飾品の支出はないようだが、本当に食材関連だけなのだな」
ロイドが書類を確認しながらそう話した。
「明日は館までの視察になる、それぞれ気を引き締めて臨んでくれ」
ロイドの声かけを合図にそれぞれが自室へと戻って行った。
「ロイド、貴方の驚く顔が見られるかもしれないわね」
最後まで残っていたヴァイオレットがそう言うと、ロイドは そうかもな と言って、そっとヴァイオレットにキスをした。
「な、まだ仕事中ですわよ!」
「ヴィーの驚いた顔が見れた」
そう言って笑うロイドの顔をヴァイオレット以外はまだ見た事がない。
次の日、騎乗で簡易橋を渡り、ハッシュレイ湖の館を目指した。
簡易橋とはいえ、それなりに丈夫に作られており、馬で早掛けしてもびくともしなかった。
馬車や荷馬車が通るほどの幅がないため、馬に乗れないマリアベルはいまだに館に取り残されているのだった。
館を目指して進んでいくと、湖のほとりに数人の人影が見えた。
「誰かいますね」
「舘の使用人か、側妃様の従者かな?」
そう言ってロイド達が近寄っていくと、どうやら釣りをしている様子が見えた。
「釣れますか?」
監察部の一人が馬をおりてそう声をかけた。
「今日は絶好調よ」
そう返事を返してきたのは女性の声で、監察部には聞き覚えがあった。
全員が驚きを隠せないまま、馬をおりて一人に預けると、その女性にちかづいた。
「あら?あなたロイドじゃない?久しぶりねぇ」
そう言って笑うのは、薄化粧に農民が被る麦わら帽子をかぶり、誰の物かわからないズボンをはいたマリアベル、その人だった。
「側妃様、御無沙汰しております」
「ほんと、久しぶりだわ。陛下はお変わりないの?」
「はい、健やかにしておられます」
「そう、王妃様は?クリスフォード様は?」
「皆お変わりなく、お元気です」
「そう、良かったわ。その、ギルバートは元気にしているのかしら?」
「はい、日々研鑽を積んでおられます」
「よかった」
マリアベルの顔は母親らしくほっとした様子が見て取れた。
「側妃様、それで、ここで何をされておられますの?」
ヴァイオレットがそう聞くと、マリアベルは嬉しそうに湖を指差した。
「この湖にね、魚がたくさんいるのよ。私、今釣りにはまっててね。見て、今日の釣果よ!」
そういうと、側にいた従者が嬉しそうに網を引き上げて見せた。
そこには腹が虹色に光る魚が10匹ほど入っていた。
舘に取り残されてからしばらくの間、マリアベルは荒れた。
どんなに暴れても叫んでも、馬に乗れなければここから出ることはできない。
湖に浮かぶ船に乗れば脱出できるかもしれないのだが、王都育ちのマリアベルにとって湖は恐ろしく、とても船に耐えられそうになかったのだ。
さんざん暴れた後、マリアベルは何をする気力もなくなってしまった。
ひたすら湖を眺めるだけの日々。
そんなある日、湖に人影が見えた。
その人物は何かを湖に投げ込み、しばらくすると何かキラキラしたモノが湖から飛び出す。
毎日ではないが、マリアベルはその人物が何をしているのか興味がわいてきた。
ある日、その人物が来たことを確認してから、侍女たちを連れてその人物に会いに行ったのだ。
「ねえ、あなた、何をしていらっしゃるの?」
マリアベルがそう尋ねると、驚いたその人物は慌てたようにひざまずいた。
「すみません、すみません」
「何をしているか聞いているだけよ。とがめているわけではないわ」
マリアベルの言葉に、ようやくその男は顔をあげた。
「あら、あなた、館の使用人ね」
マリアベルの侍女がそう言うと、その男はバンという名前だと答えた。
「で、バンは何をしているの?」
「コック長に頼まれまして、賄用の魚を釣っておりました」
「魚を…釣る?」
マリアベルは釣りを見た事がない。
彼女は何故かその釣り、という言葉に心を惹かれた。
そしてそのままバンが釣りをする様子を見続けた。
最後に、次に釣りをするときには自分に連絡するように、とも伝えた。
その日、マリアベルはコックに頼んで湖の魚を夕食に出してもらった。
味気ない食事をしていたマリアベルにとって、目の前にいたあの魚が食べられるということに驚き、思っていたよりもおいしく感じられたことに更に驚いた。
しばらくはバンが釣りに出るときに見物をしていたのだが、次第に自分でもやってみたくなり、渋る侍女たちを説得して自ら釣りをするようになったという事だった。
「暇だったのもあるわねぇ」
マリアベルはそう言っておほほ、と笑った。
昼食に誘われ、マリアベルの釣った魚を皆でいただいた。
「人数分釣りあげたのよ」
そう自慢するマリアベルは、王宮よりも輝いて見えた。
マリアベルがコックたちに相談して、館の名物になるように、魚の燻製を作ることも手掛けていた。
「他の調理方法がわかったら知りたいわ」
というのが今の彼女の願いだそうだ。
「側妃様、一緒に騎乗されるなら、館から城へお連れできますが?
陛下からも側妃様が望めば、陸につくまで騎士の同乗を許すと許可も得ております」
ロイドがそう聞くと、マリアベルはしばらく考えていた。
やがて、顔をあげると、
「陛下には、私はハッシュレイ湖でお待ちしています、とお伝えして」
そう言ってにっこりと笑った。
「よろしいのですか?」
ヴァイオレットがそう聞くと、マリアベルは深く頷いた。
「王宮での私はお父様の言うとおりにする人形と同じだったわ。
でも、陛下をお慕いする気持ちは嘘じゃなかったの。
だけど、そんなことより、今は、とにかく釣りがしたいだけ。
釣った魚を加工して、ハッシュレイ湖までの橋が架かったら名産品として販売するわ。
陛下と王妃様にはその時にいらしてほしいとお伝えして」
舘を後にするとき、マリアベルはそう言えば、と
「ギルバートがもしも自由に行動できるようになったら、私の釣った魚を食べさせたいのだけれど」
きっと夢で終わるわね、そうつぶやいた彼女に、ヴァイオレットが答えた。
「夢はかなうから夢なのですわ。側妃様の夢がかなうようにわたくし達監察部も努力いたしますことをお約束いたします」
その言葉に、マリアベルの目から涙がポロリとこぼれた。
側妃を置き去りにしたままで、ちょっと申し訳なかったです。
後日談は今後もちょいちょいあげていく予定です。
※誤字脱字に加え、侯爵と公爵を間違えておりました。
ご指摘ありがとうございます。
うっかり者で本当申し訳ありません。