11 油断
ローゼン公爵が戻ってきた。
側妃マリアベルは騎乗できないため、ハッシュレイ湖に置き去り中だ。
公爵は、連絡の取れない状況に業をにやして騎乗で別ルートから帰ってきたようだ。
その姿は窶れ果てており、いつもの傲慢な態度は鳴りを潜めている。
「ローゼン公爵、どうした?視察はまだ終わっていないと思うが?」
宰相の言葉にいら立つ公爵。
「ハッシュレイ湖に離宮などと、われらを謀りましたな!」
「はて?謀ったとは?」
「我らが通過した後、橋が、橋が落ちたのですぞ!陰謀としか思えません」
「ああ、落橋の事は調査が済んでいる。よもや腐食していたとは・・・。
走っている最中でなくて何よりでしたな」「幸運だ、さすがはローゼン公爵だ」
しらじらしいセリフにローゼン公爵はプルプルと肩を揺らし、怒りをこらえていた。
王宮までの道中、クワイエット公爵家を始めとした傘下の家に伝令を走らせたが、全く連絡がつかない。
そのうえ、自身の屋敷すら、監察されているため、出入りを禁止されている。
(どうなっておるのだ?何故我が傘下の者に連絡がつかない。
王宮にいる密偵達とも全く連絡が取れんとは。誰だ、誰がこのような事を画策しておるのだ?)
権力を握ってから、すべてを掌握し、思い通りにしてきたローゼン公爵は、油断していた。
王と王妃の不仲は王宮中の噂となっている。
その後、二人が接触していないことは密偵からの報告で明らかだった。
娘であるマリアベルからは、嬉しそうに王が喜んで誘いに応じている、と聞いていた。
決定打となったのは、第1王子が外交に出される際、右腕と言われる側近のロイドを置いていく、という情報だ。
そのロイドは孫であるギルバートに付くという。
ロイド殿が側近になるなら立太子は目前ですね、と、誰が言ったのだったか。
だから油断したのだ。
ハッシュレイ湖に離宮を建てたいので、視察をしてほしいという王のお願いに応じてしまった。
(マリアベルとギルバートに行かせればよかった)
今、公爵は心の底から後悔していた。
「ローゼン公爵、お疲れのところ申し訳ありませんが、監察の報告があります」
そう言って眼鏡をくいっとあげながら目の前にロイドが来た。
「監察・・だと?」
「はい、ギルバート殿下の監察を行っております」
「何も聞いておらん」
「そうですか?まあ、事前に告知はしませんよね、普通」
そう言われ、目の前のロイドを見たローゼン公爵は、自分が嵌められたことに気が付いた。
しかも、ロイドのような、孫のような若造に、だ。
「それでは、すべての監察報告は提出済みです。
ギルバート殿下の教育はまだ終了しておりませんので、引き続き監察いたしますが、そのほかの監察については終了させていただきます。
全ては陛下と議会に提出しておりますので、この書類をご確認ください」
ロイドはそう言って公爵に書類を渡すと、宰相たちにぺこりと頭をさげると退出していった。
ロイドの仕事は 監察 である。
その後の事はロイドの範疇ではない。
ローゼン公爵は、ロイドの提出した書類を確認しながら、自分の足元が音を立てて崩れていくのを感じた。
王宮の密偵に始まり、配下の貴族達の行ってきたすべての罪状がつまびらかにされている。
そこからローゼン公爵までたどり着き、そこから指示を出していた公爵まできちんと証拠が積み重ねられ、すべてが書かれている。
宰相たちに促され、貴人牢へと歩いていくローゼン公爵の足取りは覚束なかった。