1 依頼
静かな執務室、ペンと紙をめくる音がする中、
「???」
ビックリした顔で一人の青年が立ち上がった。
「どうした?ロイド」
「1か月後に出発予定の隣国への視察と第3国での式典参加ですが、私の名前が無いのですが」
ロイドと呼ばれた青年を見て、もうひとりの青年がニヤッと笑った。
「あぁ、ロイドは留守番だ」
「留守番ですか?またどうして・・・」
納得のいかない様子のロイドに対して
「ちょっと一息入れよう」
そういってもう一人の青年が皆に声をかけた。
周囲にいた者たちはそれぞれ書類を簡単にまとめると扉を開けて次の部屋に移動していく。
困惑を隠せない顔のままロイドがテキパキとお茶の支度を指示していく。
お茶がいきわたるとロイドは促すように青年に顔を向けた。
「そんなに見つめるなよ、今説明するって」
両肘をテーブルにつけて両手に顎を乗せるという姿勢でロイドを見ているのは、この国の第1王子、
クリスフォードである。
「で?どういうことですか?」
ロイドが睨むように聞き返す。
「お前はすごく優秀じゃん、多分視察とか式典参加についても十分準備してるだろ?」
「はぁ、当たり前ですが、それが?」
「他の側近や従者たちも優秀なんだけど、いつもお前が先手先手で準備しちゃうからこの際お前なしでもきちんと出来るようにしたいんだよね」
「私は成長の邪魔になっていると・・・」
ロイドの顔を見てクリスフォードが慌てて手を左右に振った。
「違う違う、お前が休んでも大丈夫な体制にしておかないと、お前が休んだ瞬間に仕事が滞ってしまうだろう?今後お前が結婚したり出産したりした時に休みやすいようにしたいんだよ」
「結婚の予定はありませんし、出産はできませんが」
生真面目な返答なのにロイドが出産できないと言ったセリフに何人かが噴出している。
「妻の出産時は側についていて、産後もちゃんといたわってやれるくらい休みを取らせたいんだよ。
少なくとも俺の側近や従者、護衛たちにはそのような体制を取らせたいんだ」
「なるほど」
「あと半月で他の側近たちに計画書を作成させるから、一応目を通してくれ。
大まかな変更や間違いがなければそのまま採用してみたいんだ」
他の側近達はうんうんと頷いている。
「ロイド、俺たちも何とか頑張れると思うんだ」
「俺も」
「ロイドの出産時には休ませてやりたいし」
「おい」
最後のセリフに周囲が笑いあってしまった。
「まあ、そういうことでしたら、半月はちょっと長いですね。3日で仕上げてください」
「「「「「は??3日????」
「そうです。緊急事態にもすぐ対応できるように、まずは3日で」
「「「「いやいやいやいや、3日て、ひどくないか?」」」」
「それを確認して再考しなければいけないのですから、それくらい当たり前です」
「「「ううぅ」」」
「もちろん、クリス様も同様にお願いしますね」
ロイドの言葉に側近たちはがっくりしていたが、クリスは(ま、それくらいやってもらわないとロイドの代わりにはなれないってことだから仕方ないか・・・)
結構前向きだった。
「方針がきまったということで、お前には残って別の仕事を頼みたいんだ」
クリスフォードの言葉にロイドはまた困惑していた。
「ギルバートとその側近たちを教育してほしい」
「教育ですか?」
「そう、あいつらはほぼコネで決まった側近だから、かなり能力が低い。
もちろんそれを制御できないギルにも問題ありだ」
クリスのはっきりした言葉に全員驚きを隠せないでいた。
「ギルバート・・第2王子・・とその側近を・・・教育?どういう意味でしょうか?」
「うん、今から説明するよ」
クリスフォードはきちんと座りなおすと一口お茶を飲んだ。
「ギルはさ、側妃が周囲をガチガチに自分の派閥で固めてて、しかも立太子を望んでいるんだ、
これは皆知ってるよな」
皆一様に頷いている。
側妃 マリアベルはローゼン公爵家の出身ではあるが、かなりの野心家である。
本来は王妃の座を望んでいたのだが、王太子がマリアベルに興味を持てないうちに隣国との婚約話が持ち上がり、当時の王太子と隣国の第2王女は結婚までに至ったため、王妃になれなかったのである。
現国王と王妃となった第2王女は政略とはいえ仲が良く、ローゼン公爵共々悔しい思いをしていたのだった。
しかし、ローゼン公爵家はかなりの金をばらまき、
『隣国の王女だけでは隣国の思うままにされてしまう。国内からも側妃を出して隣国をけん制しておくべきだ』という思想を貴族社会に流していき、ついには議会で側妃が承認されてしまったのだった。
王はマリアベルの容姿も気性もあまり好まなかったが、ローゼン公爵からの突き上げが激しく、ついには第2王子が誕生するまで離宮に通わされたのであった。
余談だが、王と王妃の間にはクリスフォードをはじめとして第3王子、第1、第2王女が誕生している。
王子を生んだことで、側妃は第2王子ギルバートの立太子を望むようになったのだった。
現在ギルバートは14歳、王立学院への入学を控えているところである。
「ギルの王宮での噂話は知ってるか?」
クリスフォードの質問にそれぞれが返事を返す。
「噂程度ですが」
「使用人や護衛には高圧的な態度をとっているとか」
「勉学は中程度、剣の腕も普通、努力は嫌い、とか」
「マナーが悪くて婚約者候補になる令嬢が逃げ出したとか」
「好き嫌いが多いうえに、何度も作りなおさせるらしいとか」
噂程度って・・・ほとんど全部じゃないだろうか・・・クリスフォードは苦笑いをした。
「よく知ってるな、ま、そういうことで、あまり芳しくない状態なんだ」
「それで?なぜ私が教育なんて話につながるのでしょうか?」
ロイドが眉間にしわを寄せながらクリスフォードを見てくる。
「ギルは多分立太子は望めない。だが、王族の血を持つ限りは王家を支えてもらう事になる。
今のうちに教育しなおして、王族にふさわしいかを見極めなければいけない」
「・・・」
誰もが口を開くことなくクリスフォードを見ている。
「俺のスペアとしてふさわしいのか、切り捨てるかを、な」
普段は爽やかな笑顔で穏やかな雰囲気をまとっているのだが、実際は為政者として冷酷な一面もあり、その冷酷さは側近達ですら震え上がるほどであった。
そんなクリスフォードの『切り捨てる』の言葉は一切の情を排除して文字通り捨てる事になるのだと、ロイドを始めとした側近たちは言葉を失っていた。
「ま、ロイドの教育次第では、俺が子供を持つまでは王家のスペアとして機能してもらうつもりだからさ、ロイドに頑張ってもらいたいんだよ」
クリスフォードがロイドのほうを向いて笑いかけた。
「ギルの周囲にはローゼン公爵の派閥の者しかいない、
王子費の予算も学園での態度も本来なら側近候補達が直していくべきなんだが・・・」
「そんな奴らを教育しなおせと?無理でしょう」
あっさりとロイドが切り捨てた。
「だから、人員の交代もありで教育してほしいんだよ。これは上の意向もあるからね」
クリスフォードの上とは、国王と王妃しかいないではないか、ロイドは思った。
これは決定事項であり、ロイドに課せられた仕事なのだと。
断ることはできない。
(面倒だな、話の通じない奴は嫌いなんだが)
ロイドは眉間のしわをもみほぐしながら少し考えた。
「では、四つほどお願いがあります」
「お、やってくれるのか。協力は惜しまないとの方針だから遠慮なくいってくれ」
では、と、姿勢を正してロイドが発言をしていく。
「一つ、国の暗部の使用許可を」
「うん、大丈夫だ」
「二つ、陛下のサイン入りの勅命書を発行してください。
内容は私の行動は陛下のお墨付きであることがわかるようにしてください」
「至急お願いしよう」
「三つ、第二王子殿下のここ3年の予算と使い道が知りたいので、その書類の閲覧許可を、また今後の予算の使用法については私に一任していただけるように」
「わかった」
「四つ、側妃様とローゼン公爵をハッシュレイ湖まで移動させてください」
「は?いや、それは・・・」
クリスフォードが慌てている。
周囲の皆も騒ついている。
「ロイド、それはちょっと難しくないか?側妃に公爵までとは、何か勘繰られるだけじゃないか」
「あぁ、あの側妃様なら アタクシがいない間に何かなさるおつもりねー!キィー なんて騒ぎそうだしな」
「ロック、似てるなぁ」
「言いそうだな」
「ロイドだから何か作戦考えてるんだろ?」
仲間の言葉にロイドはしっかりと頷いた。
「ちょっと陛下と王妃殿下にお芝居をして頂ければ、ご機嫌で行ってくださるかと」
「芝居?」
仲間達が首を傾げる中、クリスフォードだけがニヤリと笑った。
「へぇ、面白そうだね。ロイドの策を教えてくれよ」
ロイドはその問いに生真面目な顔のまま作戦を話し始めた。
計画を聞いた面々はそれぞれ面白そうにしながら、
だったらこうしたら?
いやいや、側妃様ならコッチのほうが
公爵にはこの情報をそれとなく
あ~。陛下にはちょっとこうして
等々、次々にアイディアが出てくる。
クリスフォードの側近たちは優秀なうえ、闊達な意見交換が当たり前の環境であったため、一つのアイディアからより良い政策が出来上がるのであった。
作者の考える世界での監察の仕事ですので、今後監察の仕事が書かれていても実際の仕事内容とは違っています。
監察の仕事も想像上のものとなります。