09☯ 私と彼(女)の告白
浬桜くんと再会した後翌日の朝。
「おはよう、浬桜くん。今日も登校中会ったね」
「陽依ちゃん、おはよう。偶然だな」
実は偶然ってわけではない。私はわざわざ早く来て浬桜くんを待ち伏せしていたんだから。いろいろお話したいしね。そして最終的に告白する……かもしれないし。
「今日もいい天気ね」
「うん、ちょうど涼しいよね」
「桜も綺麗よね」
「そうだね。まだ春の途中だから」
「昨日の台湾料理は美味しかったよ。連れていってありがとう」
「気に入ってくれてオレも嬉しい」
こんな感じで、どうでもいい話が続いてきたけど、なんか2人ともろくな話をしていない気がする。どうやって話したい話題に入るの? 意外と難しいかも。そもそも私はコミュ障っていうほどではないけど、コミュニケーション得意な人でもないし。
そうだ。あの台湾人のお姉さんのお話から入ろう。
「そういえば、あの店の店員のお姉さんは、2人すごく仲がいいようだね」
「うん、実はあの2人は『婦婦』同士だよ」
「え? そうなの?」
もちろん、私はすでに知っている。昨日本人から話を聞いたからね。
でも私が財布を忘れて店に戻ってきたことをまだ浬桜くんに言っていないからとりあえず知らないフリをして誤魔化し通そう。
ところで、やっぱり浬桜くんもお姉さんたちのことをすでに知っているよね。さすが店の常連さん。
もしかして浬桜くん、実はわざわざ私をあの店に連れていってきたのは何か私に伝えたいとか? と、私はつい自分の都合のいい解釈をしてしまった。そんなことはない……よね?
「やっぱり変かな? 女同士で結婚は」
「え? そ、そうだよね。こんなの私も初めて見たし」
「実はこういうカップルは意外とたくさんいるよ。オレの友達のお姉さんも女の人と付き合っていると聞いたよ」
「そうなの?」
私が知らないだけで実は同性愛って思いの外いっぱい存在するってことか。
「浬桜くんのその友達のお姉さんって、相手と、け……結婚したりするの?」
「あ、それは……実は残念だけど、日本では同性同士の結婚ができないんだ。でも知ってるか? 台湾ではできるらしいよ。あの店のお姉さんたちは台湾人だ。台湾で結婚したんだって」
「ほ、そうか。台湾ってすごい」
これも私は昨日直接お姉さんたちに聞いたから知っている。やっぱり浬桜くんもすでにそこまで知っているよね。
「うん、そうだよね。なんか台湾人って、羨ましい……」
「そうね。……え?」
今の浬桜くんの台詞、なんか昨日私の考えたことと同じだったんだ。
それって
「あ、その……。今のはね……」
浬桜くんは慌てて何かを誤魔化そうとして結局何も言わなくて黙ってしまった。何、その反応?
「あの、浬桜くん、やっぱり浬桜くんは……その……」
本当に好きな女の子がいるのか? って、私は聞こうとしているけど、迷ってしまった。昨日もつい不意に似たような質問をしてしまったけど、あの時は答えてもらえなかったし。
でも気になるよね。望ましくない答えが怖いけど、やっぱり私は聞きたい。
「浬桜くんって、女の子のことが……」
訊いてみるんだ、私!
「あ、麻川さん、おはよう」
「「……っ!」」
浬桜くんの名字を呼ぶ男の人の声が聞こえて、私たちの会話はこれで中断した。
なんか昨日もそうだったけど、こういう時に邪魔が入るというのは、アニメでよくある約束展開っぽいよね。
声をかけてきたのは私より少し背が高い男子生徒だ。身長は170未満のようで、男として低めだけど、一応イケメンでモテそうにも見える。
「苫戸くん」
浬桜くんは彼のこと『くん』つけで呼んだ。友達かな? 『トマト』って名字かな?
「麻川さんのお友達?」
彼は私のことを浬桜くんから訊いている。
「彼女はオレの……じゃなく、ワタシの年下の幼馴染だよ。うちの学校に入学したばかり」
浬桜くんは彼に私のことを説明した。やっぱり友達と話す時の一人称は『ワタシ』だったね。
「そうか。あ、今何かの話の途中で俺は邪魔したのかな? じゃ俺は先に行くから。失礼したね」
そう言い残して、彼は坂道を上って進んで去っていった。
「浬桜くん、彼は?」
「去年のクラスメイトだよ。というより、実は昨日も言った、告白してきた友達だよ」
「あ、この人か」
さっきただ一瞬で会ったばかりで判断するにはまだちょっと早いかもしれないけど、確かに彼は意外と美少年で優しそうな男の子だな。こんな人に告白されたら普通の女の子なら快諾してしまうかも。
「やっぱり、仲がいいよね?」
「うん、あいつはいい人だよ」
「でも彼の告白は本当に断るつもりなの?」
「うん、昨日も言った通り、オレはすでに決心したんだ。今日また学校で会ったらちゃんと伝えるよ」
「そうか。そうよね」
もし彼は本当にいい人で、こんないい男の告白を断るなんて普通の女の子にとって勿体ないことだろうね。浬桜くんがこんな決断をしたのは昨日私と話した後だよね。
私のおかげで浬桜くんが決意できたのは嬉しいけど、これは本当に浬桜くんにとってはいいことなのかはっきり言えなくて困ってしまう。何というか、こんないい機会を私の所為で見逃してしまうかもしれないと思ったらなんか罪悪感を感じてしまう。
そう考えてしまったら私の気持ちを伝えることも、浬桜くんの気持ちを知ることも、なんか怖くなって猶予してしまう。
いやいや、弱気は駄目だよね。私だって頑張れば浬桜くんを幸せにできるだろう。
「ところで、また一緒にどこかに食べに行かない?」
「え? そうね。いいかも」
「実は台湾料理の店だけでなく、この町には美味しい香港料理もあるんだよ。お前も香港料理とかに興味ある?」
「あ、うん」
浬桜くんのわざとらしい突然な話題変更に、私もついていこう。
「今後オレが連れて行こうか」
「うん、行く。私も美味しいものを食べたい。台湾とは似ているのか?」
「そうだね。まあ、似ているところもあるけど、いろいろ違うよ。例えば……」
こうやって食べ物の話題になってしまった。その後も私たちの会話は告白や恋愛関係の話題とは別の方向に向かっていく。
結局告白するという計画は今日まだ実行できない。まあ、こういうものだよね。でも大丈夫。まだ始まったばかり。浬桜くんがちゃんとあの男の告白を断った後でいいよね。まずその時まで待っておこう。
だから告白はまた明日か明後日にしよう!
「明日やる」と言う人は、いつまでもやらないということになるって聞いたことありますけどね?