08☯ 私と彼(女)の結婚
台湾料理の店で浬桜くんといろいろお話をした後、私たちは店から出てそれぞれの家に帰るために別れた……がその時……。
「あれ? 財布は?」
浬桜くんが去った後、私が自分の家に向かっている途中つい財布がないことに気づいてしまった。
そういえばさっき店で財布を取り出したらすぐ浬桜くんに止められたな。その後確かに……あっ……。
「もしかして……」
そうだ。あの時だったね。食卓に置いたままかも。その後すぐ店から出たし。私も浬桜くんも全然気づかなかったね。
今はまだ間に合うはずだから、私は走ってさっきの店に戻ることにした。
「すみません、あの……」
やっと店まで辿り着いた私はすぐ中に飛び込んで店員に訊いた。
「はい、お客さん財布を忘れたんですね?」
「ありがとうございます。本当に助かりました」
店員のお姉さんはすぐ答えました。やっぱりここだったね。すぐ拾ってもらってよかった。
「あの、失礼ですが、その……」
「ふん?」
店員のお姉さんはいきなり私に何か言い出しそうとしている。
「実は妳們兩個のさっきの会話を聞きましたけど」
「……っ!」
やっぱり、私と浬桜くんの会話は全部店員さんに聞かれていた!
「不好意思、盗み聞きするつもりはなかったのです」
「いいえ、私たちこそ煩すぎましたよね。すみませんでした」
堂々とあんなことを店の中で話していたから仕方ないよね。
「沒有、不會的、妳們兩個の話は很有意思かったです」
「……」
このお姉さん、何というか……。結局何が言いたいの?
「妳は她のこと、喜歡ですね?」
「……っ!」
お姉さんは微笑みをしながら直球で訊いてきた。
「えーと、その……さっきの話はですね……」
「わかりますよ。あんな様子を見ると」
「なんでそうなりますか!? わ、私たち女の子同士ですよ?」
私の態度はあんなにわかりやすいの?
「別に女同士でも喜歡になっておかしくありませんよ」
「え? そうなんですか?」
「はい、そうですよ。あ、ごめんなさい。我ったら、つい余計なことを言ってしまいましたね。妳們を見るとなんか自分たちのことと似てるなと思ったからつい……」
「お姉さんと似て?」
何のことかな? もしかしてお姉さんは……。
「はい、我と她は実は恋人同士です」
今お姉さんの言った『かのじょ』は奥に立っているもう一人の店員さん。この店は2人しかいないようだ。この2人はそういう関係なの? 思いもしなかった。だって女同士だから。
「本当ですか?」
私はまだちょっと信じられない。『同性愛』のことは今まで聞いたことがあるけど、自分とは無縁だと思っていたし。
「というより、実は我們はもう結婚したから『婦婦』ですね」
「へぇ……。そうなんですか」
2人は20代のようだから結婚してもおかしくないよね。
「あれ? でも女同士って結婚できるのですか?」
こんなこと聞いたことなかった。今まで結婚は男女のすることだと思っていたから。
「日本の法律では同性婚は駄目ですけど、台灣では可能ですよ」
「え? あ、そういえばお姉さんたち、台湾人ですね?」
「はい、そうですよ」
さっきから流暢な日本語で喋っていたから忘れていたけど、彼女はやっぱり日本人じゃないんだな。
「我們は台灣から日本に留学しに来て大学で出会ったのです。あれからいろいろあってやっと付き合うことになりました。その後日本で店を開けると決めたけど、その前に一度台灣に戻って結婚しました」
お姉ちゃんはべらべら自慢げに自分たちの経験を語った。
「でも結局日本では女同士結婚できないですね……」
「まあ、そうですね。その代わりに同性愛の人たちのために『パートナーシップ制度』というものがありますが、それでも結婚とは違いますね」
「そうですか……」
なんか台湾人を羨ましくなってきた。
「やっぱり、妳は她のこと、本当に喜歡ですね?」
「り、浬桜くんのこと……それは……はい。そうです」
お姉さんはそこまで自分のことを打ち明けたから、私ももう自分の気持ちを隠すのを止めることにした。
私は浬桜くんのことが好き。恋人になりたい。女の子だとわかって随分迷ってしまったけど、やっぱりこんな形の恋もあるとわかって嬉しかった。結婚まではまだ考えたことないけど、やっぱり好きな人とは最終的に結ばれたいのは当然だよね。
「まあ、結婚は全てではありませんし。妳們兩個が愛し合っていたらそれで何とかなりますよ」
「そう……ですか」
「それに大丈夫だと思いますよ。実はそもそも台灣だって昔は同性婚ができませんでしたよ。できるようになったのはつい最近です」
「そうなんですか?」
「はい、法律はいつも更新していくものなんですよ。今の時代だから同性婚が認められる国家や地域はどんどん増えていきますし。だから日本だっていつか……。妳們はまだ高校生だからもしかしたら結婚できる年になった時に日本でももう同性婚ができるようになっているかもね」
「そうですか。そうだといいですね」
そう聞いて私もひとまず安心した。結婚はまだ先のことだけど、本当に好きな人なら将来のことまで考えるのは当然のことだよね。
「お姉さん、いろいろ教えてくれてありがとうございました」
「我の方こそついずけずけいろいろ訊いてしまって失礼しましたね」
「ううん、お姉さんのおかげで助かりました」
「どうも。妳們の恋愛を応援していますよ」
「ありが……謝謝です」
私は少ししかわからない中国語で台湾人店員のお姉さんに礼を言って私は店から出て家に帰る。
今日うっかりして財布を忘れたのは不覚だったけど、店員のお姉さんは優しくてこうやってこの人とお話ができてよかった。これは偶然かもしれないけど、ここに来て収穫があるね。
そもそもこの店に連れてきたのは浬桜くんだったし。これは何かの運命かも。
浬桜くんは私のことをどう思っているのかまだよくわからないけれど、少なくとも男の人と付き合うつもりないとわかったから私も希望があると思う。
だから私も自分の気持ちを隠さずに浬桜くんに伝えたい。上手くいけるかどうか自信はないけど、何もしないと前に進めないのだ。
早速明日私、告白する!
ちなみに台湾で『百合婚』ができるようになったのは2019年からです。ヨロッパで百合婚ができる国はたくさんありますが、アジアで台湾は初めてです。
日本もいつか百合婚が実現できるといいですね。