07☯ 私と彼(女)の動揺
「あの……陽依ちゃん、今何を言って?」
不意に『好き』って言ってしまった私の顔を、浬桜くんは不思議そうな顔で見つめながらそう訊いた。
「……そ、それは……」
私は今何を言えばいいかよくわからなくなってきた。浬桜くんも黙ってしまった。
私は本当に浬桜くんのことが好きだから、今口から出した言葉は本音で間違いない。私もいつかこの気持ちを伝えたいと思っているし。でも今の展開は予想外でただの失言だった。浬桜くんだって今男友達からの告白のことで戸惑っているのに、こんな時に私は告白したら駄目でしょう。私の馬鹿!
早く何か言わないと空気は益々まずくなっていくだろう。でも「違う。べ、別に浬桜くんなんか好きじゃないんだからね」と嘘を吐いて誤魔化すのもやっぱり抵抗感がある。
なら『好き』以外何でもいいから思い出すことを滔々言ってみよう。
「あのね、私が言いたいのは、浬桜くん自分の思ったよりいいところ
いっぱいあるよ。例えばえーと、浬桜くんはいつも頑張っているし。それは浬桜くんのいいところだよ。失敗しても努力している姿は輝いているよ。いつも私に優しいし、助けてくれたし。今のまま浬桜くんがよかったの。自信を持って胸を張っていいよ。無理に自分を変えたりしなくてもいいの」
私の今言っていることはなんかめちゃくちゃみたいだけど、全部嘘偽りのない本音だ。今回こそ意外といけるかも? とりあえずこれで誤魔化していこう。
「あ、そうか。そうだよね。ありがとう。お前にそう言われてオレは嬉しいよ」
よし! とりあえずこれでいけるみたい。最初からそう言ったらよかったのにね。
「あのさ、やっぱりオレ今決心がついたよ」
「え? 何のこと?」
「告白の答えのことだよ」
「告白って……。あ、さっき言った男友達からの」
そういえば今までこの話をしていたね。つい忘れかけていた。やっぱり今言っているのは私の告白のことなわけがないよね。
「うん、これはお前と話したおかげだよ」
「私?」
今の話で私はちゃんと浬桜くんに役に立ったのか? なんか嬉しい。あんなに迷っていたのになんで私と話したら決意できるようになったの? でもそれより……。
「で、どう返事するつもりなの?」
そう単刀直入に質問をした私はついドキドキしてしまった。やっぱり気になって仕方ないよね。浬桜くんの決心は……。
「やっぱり、オレ……断るよ」
その答えを聞いたとたん、私はすごくホッとしてこっそりと溜息をした。よかった。本当に嬉しかったけど、顔に出ないように我慢した。
「本当? なんでそう決めたの?」
「いろいろ考えたよ。でも一番の理由はやっぱり……、オレはこのままで悪くないって自信を持つようになってきたから。それでどうしても男の子と付き合う気にはなれないかなと……。彼はいい友達だし。どう考えても友達のままでいたいよね」
「そうか」
浬桜くんなりに随分迷っていたようだけど、やっぱり結局そうだよね。
でもそれってつまり……。
「じゃ、女の子となら付き合うの?」
「……え?」
私がつい気になっていることを訊いてみた。そうしたら浬桜くんはしばらく私の顔をじっと見つめて、数秒後突然目を逸らしてそっぽを向いていった。
何なの? この反応? もしかして私、まずい質問をしてしまったの? 更に気になってしまうけど、私も今どんな行動をすればいいかよくわからないので、黙ってしまった。
そして2人はまたしばらくの間沈黙に入ってしまった。
「……那個……」
「「……っ!」」
今回沈黙を破ったのは、ニコニコしながら私たちに声をかけてきた店員さんだ。彼女の手は料理の乗ったトレーを持っている。
あ、そういえば今私たちは台湾レストランの中で、注文した料理を待っている途中だったね。そしてやっと料理は来たところ。
「不好意思、讓妳們久等了。這是妳們點的魯肉飯です。沒有錯嗎?」
「は、はい」
注文した料理は私たちの座っている食卓の上に置かれた。
「請慢用」
「「あ、ありがとうございます……」」
今更気づいたんだけど、今まで私は浬桜くんとの会話に夢中してつい周りの人の存在を忘れていた。でも少なくとも店員さんがずっとここにいるんだよね?
もしかしたら、今までの私たちの会話は店員さんに聞かれてしまった? そう考えるとなんか恥ずかしい。知らない人だからってやっぱり気まずい。
「さあ、食べよう。美味しいよ。きっとお前も気に入ると思う」
「あ、うん、そうね。いただきます」
結局強制的に話題が変えられた。これは助かったかもな。
「本当に美味いよね」
「でしょう。あ、陽依ちゃん、お前の顔に米粒が付いてるぞ」
「え? あ、本当だ。やだ。私ったら」
米粒の所為で浬桜くんに笑われた。
「散々人のことを馬鹿にしておいて、自分だって不器用だよね」
「別に米粒くらいで。あ、ほら浬桜くんの頬にも米粒が」
「え? 嘘……」
浬桜くんは慌てて自分の頬に手を当ててみたが、何も見つからない。だって最初から米粒なんてどこにもないから。
「はい、嘘です~」
「お前な……」
罠に嵌ってくれたな。浬桜くん、相変わらずちょろい。
「ね、今後ももっと美味しい料理を紹介してもらってもいいかな?」
「うん、もちろん喜んで」
こんな感じで話題は料理のことやどうでもいい話に変わって、もう二度と告白や恋愛のことに戻らないまま私たちの食事が進んでいく。
「もうそろそろ行こうかな」
「そうね」
食べ終わった後少し与太話をしていたら、もう家に帰る時間になった。今日はいろいろ話ができて楽しかったね。
「あ、いいよ。オレが奢るから」
私が財布を取り出してお金を出そうとしたら、浬桜くんはそう言った。
「いいの?」
「うん、オレは先輩だよ。それに今回はオレから誘ったし。わざわざ付き合ってくれてありがとう」
「そうか。私こそありがとう。じゃ、ごちそうさまでした」
浬桜くんは先輩としてお金を出す気満々みたいだし、私もお言葉に甘えて。
「謝謝光臨。請慢走」
こうやって私と浬桜くんの今日の話し合いはもうこれで終わりに向かった。