06☯ 私と彼(女)の猶予
「告白って? 恋の告白なの?」
浬桜くんが告白されたと聞いて、私は多少驚いた。どんな意味の告白? 普通に考えると恋のことだろうけど、そうとは限らないよね? だからちょっとした確認。
「うん、そうだよ」
やっぱりそうだった。
「誰から? 男の子からなの? それとももしかして女の子?」
「男の友達だ……」
「あ、やっぱりそうだよね」
今の浬桜くんは女の子だから普通に考えると相手は男だろうけど、浬桜くんのことだからもしかしたら……、って思ってしまうじゃないか。でもやっぱりそれはないみたいね。
「オレなんか男に告白されるのは、やっぱり変なのかな?」
「それは……。いや、多分変じゃないかも」
女の子になった今の浬桜くんはとても可愛いし。たとえ男の子っぽい性格をしたからって、やっぱり心を寄せる男がいてもおかしくない。
「でもその人は浬桜くんの過去のことを全然知らないよね?」
「うん、もちろんだ。学校の誰にも言ったことないから。彼はオレの去年のクラスメイトだった」
「やっぱりね」
つまりあの男の子は浬桜くんが普通に女の子だと思っているだろう。もし過去のことを知ったら彼は告白してこないかもしれないよね。
「それで、浬桜くんの返事は?」
「いや、その……。実はまだ……」
つまり保留ってことか。そう聞いて私は少しホッとした。もし受け取ってしまったら、私……。でもまだ断っていないから、安心できないってことね。
「迷ってるの?」
「うん」
そうだよね。いきなり告白されて戸惑ってすぐ答えを出すのはなかなか難しいだろう。
ちなみに、私も中学の頃男の子から告白されたことがあったけど、あの時すぐきっぱり断ったよね。
「告白されたのはいつのことなの?」
「3月、まだ1年生だった頃。あの後すぐ春休みになったからあれからまだ会っていない。2年生になって違うクラスになったから今日もまだ会っていない」
先月か。こんなに経ったのにまだ答えを出せないなんて随分躊躇っているようだね。
「あの人はいい人なの?」
「うん、親切な人だよ。オレの仲のいい男友達の一人だ。よく一緒に遊んでいた。ずっと友達でいるつもりだと思っていたけど、彼はオレのことをあんな風に思うなんて気づかなかった。本当に驚いたよ」
「そうか」
「オレはずっと自分が男だと思ったまま育ってきたよ。女の子になったからって、いきなり男を恋愛対象として見るのはやっぱりまだ抵抗感がある」
浬桜くんにとって男友達はただ普通の友達に過ぎないと思っているけど、相手は浬桜くんを女の子として見ているってことか。
「だったら、なんですぐ断らないの?」
本当に嫌だったらすぐ断ればいいのに。なのにまだ返事しないなんて、まだ迷う理由があるからなの? 脈ありってことなのか?
「彼は一応いい人でいろいろ助けてくれたよ。彼と一緒にいると楽しいし。それに今オレはもう女の子だから、やっぱり男と付き合うべきだと思わなくもない。これをきっかけとして本当に女の子っぽくなれるかもしれないし」
「そうか。そうだよね」
やっぱり浬桜くんは自分が女の子であることに違和感を持ちながらも、同時に自分が普通の女の子になった方がいいと思う気持ちも抱えているんだよね。
女の子だからそうするのは正論……、そうかもしれないけど……。
「でも、浬桜くん自身はどのようになりたいの?」
「オレ自身……そうだね。よくわからないよ。難しいよね」
「そう……ね」
本当に難しいことだ。私でもすぐ簡単に答えられるわけがない。
「でも、今お前と話していると、確かに学校の友達と一緒にいる時より楽に感じているかもね。ありのままの自分でいられる気がする」
「それって、つまり学校では無理に違う自分を演じているってこと?」
だとしたら無理してそこまでやらなくてもいいのに。
「いや、別に無理というほどではないと思うけど、何というか……上手く説明できないよね」
「あのね、私がこんなこと言える立場ではないかもしれないけど、やっぱり私も今私と話している浬桜くんのままでいて欲しいと思っているよ」
言えばいいかどうかわからないけど、私は今本当にそう願っている。浬桜くんにこれ以上変わらないで欲しいと思っている。
「今のオレ?」
「うん、今朝の再会から今まで話しているところ私は感じている。姿が結構変わってギャップを感じるけど、性格や振る舞いは私の知っていた昔の浬桜くんそのままだな、って」
「そうかな? でもお前の言う『昔のまま』って、それはつまり不器用でかっこ悪くて喧嘩弱くて、何をやっても失敗ばかりなのにいつも強がりをして、お前に心配ばかりかけて、男らしくなくて……」
「いやいや、なんで自分のことをそこまで言うの? 別にそこまでではないし」
もう浬桜くんって、なんでいつもそんな風に自分を貶めているのよ? どうやら自己評価が低いというところも昔のままだな。ずっと気になっているようだね。
「『そこまでではない』って、つまり少なくともそう思っているだろう?」
「それは……」
確かに間違いない。本人も自覚しているから、私が今無理に否定しようとしても意味ないだろう。
「あのさ、確かに浬桜くん不器用でドジっ子で甘くて失敗しがちけど……」
「うっ……。やっぱり……」
「あ、違うの。その……」
前置きでついマイナスなところばかり言ってしまって傷つけてしまったようだ。私ってまったく言葉選ぶのが下手だよな。もう……。
「とにかく、別に私はそれが全然悪いとは思っていないよ。浬桜くんはいいところいっぱいあるの! そしてそんな浬桜くんこそ私は好きになったの! ……あ」
「……っ!」
今自分の発した言葉に気づいて私の頭は真っ白になってきた。
話の流れで私は浬桜くんを慰めようとばかり考えて、つい本音をたくさん言いすぎてしまった。その結果は……。
どうやら今私、うっかりして浬桜くんに告白してしまったってことなの!?