05☯ 私と彼(女)の晩餐
初日の授業が始まったが、私はつい浬桜くんのことを考えすぎて、あまり授業に集中できなかった。幸いまだ初日だから特に問題ないようだけど、ずっとぼーっとしていてクラスでの印象が悪くなるよね。
でもやっぱり、私はどうしても浬桜くんのことは気になっちゃって仕方がない。
昼休みの時も浬桜くんの状況をもっと理解できるようにスマホで『半陰陽』のことばかりを調べていて、全然友達と話していない。
結局初日あまりろくに友達ができずに過ごしてしまった。
そしてやっと放課後。約束通り私は浬桜くんと校門前で待ち合わせして、一緒に散歩しに行く。
「やっぱり綺麗な町だな。今まで住んでいた町よりも」
「そうだよね。オレも引っ越ししてきたばかりの時そう思った」
この町に来たばかりの私がまだ知らない場所を今浬桜くんがいろいろ案内してくれている。浬桜くんがこの町に中学の頃から引っ越ししてきたから、もうここのことをよく知って馴染んでいるよね。
「ここだよ。オレがいつも食べに来ている台湾料理レストラン」
結構いろいろ回って歩いてきた後、私たちはあるレストランに辿り着いた。ここは静かなところにある小さい店だ。『雙鳳卵』と書いた看板がある。これは店の名前だよな? 何って読むの? 見慣れない字も含まれているし。
「ね、浬桜くん、この字って見たこと無いね。どういう意味なの?」
私は『雙』という字を指で指しながら浬桜くんに訊いてみた。
「これは双子の『双』の旧字体だよ。日本ではもうほとんど使われていないけど、台湾では現在でもこんな字が一般に使われているそうだ」
「そうか」
「だから店の名前は『そうほうらん』と読む。中国語での読みは『シュアン・フォン・ルアン』(shuāng fèng luǎn)らしい」
「なるほど」
浬桜くん、詳しいのね。さすが気に入った店。ここの常連になっているみたい。
「歡迎光臨! 請在那邊的座位坐」
「は、はい」
「菜單在這裡」
店の中に入ったらここには店員2人いる。二人共20代くらいの女性だ。外見は日本人とはあまり変わらないようだけど、日本語の喋り方はなんかちょっと訛っていて外国人っぽい。ここは台湾料理の店だから、多分台湾人かな?
「陽依ちゃん、台湾料理は食べたことがある?」
席に座った後私たちは一緒にメニューを見ている。
「そうね。台湾ラーメンくらいかな。メニューにもあるみたいね」
台湾ラーメンは確かに辛いものだけど、美味しいよね。
「あ、台湾ラーメンか。確かに台湾料理の店によくあるメニューだけど、台湾ラーメンってのはさ、厳密に言うと台湾料理ではないんだよね。発想は日本の名古屋だから。そもそも台湾料理は普通辛いものは少ないし」
「え? そうなの?」
だったらなんで『台湾ラーメン』って呼ぶの? 不思議だよね。全然知らなかった。そもそも私は台湾のことあまり知らないし。以前住んでいたところも台湾料理の店がなかったね。
「台湾料理は魯肉飯が定番だな。オレも好きだよ」
「じゃ、私もこれを」
名前だけ見てもどんなものかわからないけど、浬桜くんの好きなものなら私も食べてみたい。
メニューを決めたら私たちは注文して、会話はまた再開した。
「陽依ちゃん、学校の方はどう? ここ気に入ったかな?」
「うん、いい学校だと思うよ」
「友達がたくさんできた?」
「あ、それは……。まあ、まだ初日だし。とりあえず一通りかな……」
実は今日浬桜くんのことばかり考えてろくに友達と話していなかったけど、さすがにそのまま言うわけにはいかないよね。浬桜くんのことだから責任を感じてしまいそうだし。
「浬桜くんは? 学校でたくさん友達ができているのか?」
話題を変更しよう。私のことより、浬桜くんのことは知りたいよね。ここで女子高校生としてちゃんと過ごせているのか気にしているし。
「まあ、普通だよ」
「浬桜くんは可愛いからきっと友達になりたい人がいっぱいいるよね」
「そ、そんなことは関係ないだろう」
浬桜くんはまた照れている。
「そういえば、女友達と男友達どっちの方が多いの?」
「実は男友達の方が多いよね」
「そうなの?」
「今女の子なのにやっぱり変だよな? オレとしてはちゃんと普通の女の子として振る舞いたいけど、それでも性格も趣味とかも男の時とはあまり変わらないから、結局男友達といる時の方は話が合うし、自然に感じてしまう」
やっぱりそうなるよね。朝会った時からも感じていたけど、浬桜くんは姿が変わっても雰囲気は昔の感じのままだ。男っぽいところはなかなか捨てられないだろう。
「こうしたら浬桜くんは元男だとバレてしまわないの?」
浬桜くんは昔のことを隠し通すつもりだから、これで問題ないのか? つい心配してしまったね。
「別に問題ないはずだよ。そもそもボーイッシュな女の子は他にもいるし。ちょっと普通とは違うと思われるかもしれないけど、『元男』だと思われるほどではないはずだ」
「確かにそうかもね。普通なことではないから誰も想像できないし」
私だって『半陰陽』という単語は今日初めて知るようになったし。男が女になることは普段常識から考えるとあり得ないことだよね。浬桜くん自身から自分でバラさなければわかるはずがない。だからあまり心配するほどのことではないか。
「てかさ、オレのことより、お前は自分のことを心配した方がいい。新入生で、しかも引っ越ししてきたばかりで知り合っていた友達もいないだろう。ちゃんと高校生活送っていけるように努力しなければならないことは多いだろう」
「まあ、そうかもね」
その通りだよね。浬桜くんはこれでももう2年生の先輩で、しかももう数年前からこの町に住んでいるから、来たばかりの私の方がもっと不安定な状態だろう。実際に今日の私の学校はあまり順調とは言えないし。
「お前、なんかオレのことばっかり気になっているみたいだな」
「え? まあ、そうだね」
「昔もそうだよね。オレの方は、あ……兄なのに」
「あはは、そうね」
今は『兄』ではなく、『姉』では? とツッコミしたいけど、やっぱり止めておこう。
「だって、浬桜くんはいつも心配させるようなことをしているから」
「うっ……」
浬桜くんも自覚があるからグーの音も出ないだろう。
不器用なのにいつも頑張っている浬桜くんは悪くないけど、やっぱり心配するのは当然だよ。
「今朝だって、あの時いきなり坂道で転びそうになって」
「あれは……」
「まあ、そのおかげで私たちは再会できたから、悪いと思わないよ。やっぱり浬桜くんはこんなドジっ子のままでいいよ」
これはいわゆる『結果オーライ』ってことだよね。
「お前、オレのこと、馬鹿にしてない?」
「いや、別にそんなことは」
馬鹿にするだなんて、そんな滅相もない。だって私はむしろこんな浬桜くんが……いいと思っているからね。
「でもあの時はなんでいきなり地団駄を踏んだの? その所為で転んだんだろう?」
「それは……。あの時はね、ただ……。ちょっと考え事があって、だからイライラして地面にちょっと八つ当たりして……」
言い訳っぽいけど、確かにいきなり桜の花弁を蹴るなんて何か理由があるだろう。
「何かあったの?」
「それは……」
そう訊かれると、浬桜くんはなんかあまり話したくないみたいで、戸惑っているようだ。
「あ、ごめん、やっぱり私また余計なことだよね」
「いや、これは確かに悩んでいることだ。誰かに言った方がいいかもね。お前だったらいい……と思う」
浬桜くんは悩み事? 何のことだろう? 随分真剣な顔をしているし。そんな浬桜くんを見たらやっぱり私も更に気になって仕方ない。
「うん、私でよければ。言って。何が起きたの?」
「じ、実は……」
浬桜くんは何か言おうとして、しばらく猶予して時間はかかった後……。
「オレ、告白されたんだ」
「……はい?」
やっと浬桜くんの口から出た言葉を聞いて、その瞬間私は面食らった。
2023年の最初の投稿ですね。あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。