03☯ 私と彼(女)の秘密
ここで『半陰陽』について大雑把に解説するので、前半はほとんど説明文ばかりとなります。
「何となくわかった。『半陰陽』ってこういうことか……」
浬桜くんの説明で私もある程度事情をわかってきた。
要するに浬桜くんは『半陰陽』という特殊な存在らしい。実はこれは私も初めて聞いた単語だ。こんな突拍子もない話は、アニメでも漫画でもなく現実にも存在するなんて知らなかった。
詳しいことは私もまだ把握できたわけではないけど、今浬桜くんの説明から私なりに理解できる限りの内容を簡単に纏めてみておこう。
どうやら浬桜くんは最初から生物学的には女性だけど、同時に生まれた頃には男性の特徴……つまり股間についているアレ……を持っていた。だから子供の頃から男の子だと勘違いされて、そのまま男の子として育ってきた。しかしアレはただ擬似的なもので、普通の男性のアレみたいに機能はしない。その代わりに浬桜くんの体内には普通の女性みたいに、子宮も卵巣も整って、思春期になると生理もあって、妊娠して子供を生むこともできるそうだ。
浬桜くんは女の子か……。それはなんか辻褄が合う。だって子供は男でも女でも見た目はあまり変わらない。あの時の浬桜くんは髪が短くて男の子の格好をしたから普通に男の子だと思っていたが、もし髪が長かったら浬桜くんも女の子に見えるよね。女の子の格好をしたら違和感はないだろう。そんなこと考えたこともある。
そして浬桜くんは自分が半陰陽だという事実を知ったのは、中学1年生になってからの夏休みの頃……。13歳になってようやく女の子の生理現象が起きてしまったから。あの日浬桜くんはいきなり腹痛して倒れて病院に運ばれたら自分が半陰陽だと判明してあれから入院することになった。
そういえば私が浬桜くんと突然会えなくなったのもあの頃からだったね。やっと原因がわかった。こんな事情があったんだね。
なお、『半陰陽』といっても実はいろんな種類があって、浬桜くんの場合厳密には『女性仮性半陰陽』と呼ばれるそうだ。違う種類の半陰陽はそれぞれ対応が違うらしい。
それで女性仮性半陰陽だと発覚した以上、解決方法として選択肢は2つある。どちらも手術を受けなければならないようだ。
一つ目は女性器を摘出して、今まで通り男として生きていくという選択肢。ただし本物の男性器を持っているわけがないから完全に普通の男になれることはない。強いていえば『性転換技術で男性になる女性』みたいな身体になるね。将来的にはあまりいい考えだとは思えない。
そしてもう一つは、疑似男性器みたいなアレを取り除いて、女性器を完全に機能できるようにさせて、女として生きていくという選択肢だ。この場合今までとは違う性別になって、戸籍上の性別も変える必要があって、負担が大きくて生活に大変なことも多くなりそうだけど、それを受け入れれば完全に普通の女性と同じような体になれる。生殖機能も正常で子孫を残すこともできるそうだ。
どう考えても後者の選択肢の方が将来性があるから、浬桜くんがまだ抵抗感を持ちながらも結局これを選択して、女の子になると決心した。
あれから完全に普通の女の子の身体になるために手術を受けることになった。その所為で長い間入院して、手術した後リハビリとかも必要があって大分時間がかかったらしい。
その結果として長い間学校を休んで留年することは避けられなくなって、結局また中学1年生をやることになった。だから本来私より2つ年上の浬桜くんは今、私より学年が1つ上っていうことになったんだね。
でも問題はそれだけではないらしい。自分の過去を知っていた人が周りいたら気まずいと思って、新しい人生を歩み始めるためには結局遠くへ引っ越ししていった。それはこの町……。
あれから浬桜くんはこの町の中学校に入学してこの4年間ずっとこの町に住んでいて、知り合いがないからここで浬桜くんは普通の女の子として気楽に過ごしてこられたそうだ。
それなのにちょうど私も今年引っ越ししてきた。浬桜くんがここにいるとは知らずに。
「もしかして私、実はここに来るべきではなかったのかな?」
「え? なんでそうなるの?」
「だって、私の存在は邪魔じゃないかなと思って」
浬桜くんと再会できて私は嬉しかった。でも浬桜くんは私と会いたくないって思っても当然のことだよね。過去のことをよく知っていたから。迷惑かけてしまうのかな?
「そんなことないよ! むしろその逆かもね」
「え?」
「女の子になっても、やっぱり今まで男として生きていた時間の方が長かった。ここではいつも女の子らしく振る舞うのは日常になったけど、やっぱりこうやって昔のような喋り方ができる相手がいて、オレとしてこれは本当によかったと思っているよ」
浬桜くんは笑いながらそう言った。最初は私との再会は浬桜くんにとって迷惑かと思って心配していたが、本当に気にしないようだから安心した。
「あ、そうか。今『オレ』って言ってるね。昔みたいに」
「うん、やっぱり変かな?」
「あはは、そうね。でも別に『オレっ娘』も悪くないと思うよ。むしろいいかも。でもさっきまでは『ワタシ』って、普通の女の子みたいね」
「それは仕方がない。ここでは誰かに変だと思われないようにね。でもやっぱり今でもあまり慣れなくて」
「そうか」
今浬桜くんも周りを見回して誰に聞かれないように気をつけている。やっぱりここではいつも普通の女の子でいるつもりだよね。
「周りは気になったら、今も無理に昔の口調にしなくてもいいのに」
「別に無理なんかしていないよ。むしろお前みたいな昔からの知り合いといる時だと、こっちの喋り方の方が自然って感じだからそうしたい。家族と一緒にいる時だってそうだ」
「そうか」
「でも学校ではお前以外誰も知らないから、オレの過去のことは絶対誰にも言わないでよ」
「わかった。これは2人だけの秘密ね」
「まあ、そうなるよね」
わかっている。今浬桜くんがせっかくこうやってここで新しい生活は板についたから、もし過去のことがバレてしまったら、変だと思われて軽蔑されるかもしれないよね。だから私も一緒に内緒にしていこう。
それに2人だけの秘密ができるなんて、なんか嬉しいかも。私は特別ってことね。
こうやって私たちは再会を果たして、理解し合って、打ち解けて、2人だけの秘密までできた。
これって何かの運命なのかな? そう考えてドキドキしながら私は浬桜くんと一緒に坂道を上り続けていく。