02☯ 私と彼(女)の逢瀬
私の初恋は小学校の頃だった。あの時私はまだ小学4年生で、彼は6年生だった。日付ははっきりと覚えていないけど、多分夏が始まる前の晩春だった。もうすぐ6年経つね。
あの日私はアイスクリームを買って歩いていたらうっかりして目つき悪い少し年上の男の子とぶつかって、彼の服を汚してしまった。その所為で彼がすごく怒って、私の髪の毛が引っ張られて痛かった。私はただのか弱い女の子だったので、抵抗するはずもなくて、その時……。
「おい、何をしてるんだ? 止めろ!」
もう一人の男の子が現れて、私を虐めている目つき悪い男の子を止めるようとした。彼は優しそうなお兄さんだった。
「何、お前? 邪魔するな!」
「女の子を虐める男なんて恥ずかしくないのか?」
「こいつが悪いんだ。お前には関係ないだろう。うるせぇな!」
「うっ!」
目つき悪い男の娘は私を助けようとした優しいお兄さんを殴り始めた。
「お兄さん!」
こうやって私を庇おうとした所為で、この優しそうなお兄さんはボコボコ殴られて酷い目に遭ってしまった。でもそのおかげで虐めの矛先は変わって私は無事になった。
「かっこつけやがったわりには弱いよな。お前は」
何回も殴ってもう気が済んだのか、目つき悪い男の子は満足そうな顔をして、その後この場から去っていく。もう助かったらしい。
「ごめんなさい! 本当にごめんね。お兄さん大丈夫?」
目つき悪い男の子が去った後、私が倒れている優しそうなお兄さんに謝罪をした。今のは全面的に私が悪かった。
「だ、大丈夫。大したことないよ。それよりキミが無事そうでよかった」
彼は泣きそうな顔をしているけど、作り笑顔で私を慰めようとした。こんなたくさん怪我をしたのに、強がって私に心配かけないようにしているようだ。やっぱり優しい人ね。意外と喧嘩が弱くてすぐ負けてしまったけど、頑張って私を守ろうとしたところは私の心を動かしてしまった。たとえ不恰好であっさりと敗北したとしても努力して人を助けようとしている姿はかっこいいと、私はそう思った。だから私にとって彼は英雄だった。つい惚れてしまった。
多分、私が望むのは私のことを守れる人ではなく、私のことを気遣ってくれる人だ。
「本当にありがとう。優しいお兄さん」
「お兄さん……か」
私にそう呼ばれて彼は困って恥ずかしそうな顔をした。
「オレなんか『お兄さん』だなんて、とんでもないよ」
自分が役立たずかっこ悪いと思い込んだ所為か、あの時彼は『お兄さん』と呼ばれるのを拒んだ。
「じゃ、どう呼べばいいの?」
「普通に名前でいい。麻川浬桜だ。浬桜でいいよ」
「浬桜……さん?」
「『さん』も要らないよ」
「では、浬桜くん……」
結局私は彼のことを『浬桜くん』と呼ぶことになった。
「私の名前は井波陽依」
「じゃ、陽依ちゃんね」
これは私と浬桜くんの出逢いだった。そして彼が私と同じ小学校の先輩だとわかって学校でも会うようになった。学年は2年も違うけど、あれから私たちはしばしば一緒に遊んで仲良くなってきた。
浬桜くんが中学生になった後私たちが会う機会が少なくなったけど、浬桜くんは時々私に会いに来ていた。
しかし私が小学5年生の夏休み……浬桜くんにとって中学1年の時ね……、あれから浬桜くんはいきなり来なくなった。その後私は浬桜くんのいた中学校に行って探してみたら彼がすでに引っ越ししたとわかってしまった。
あれからもう会えなくなって、私は寂しかった。知り合ってからたった一年しか経っていなかったけど、私にとって浬桜くんは大切な友達だった。……ううん、それだけじゃなかった。多分それ以上だと、私は気づいてしまった。そしてやがてあれが『恋』だと思い知らせられた。そう信じるようになった。
さよならも言えずに別れてしまうなんて酷いよね。こうやって私の初恋は終わってしまった。
……と思っていたけど、あれから時間が流れて、私が高校生になって初日登校の途中である先輩の女の子と出会って……。
そして彼女の名前は……。
「アサカワ リオ……?」
先輩が自分の名前を教えた後、私は驚いて鸚鵡返しした。だって彼女の名前の彼と同じだから。これは偶然なの?
「……? ね、ワタシの名前はどうしたの?」
今私はつい足を止めてしまったから、彼女は私に振り返ってそう訊いてきた。
「あ、ごめんなさい。先輩の名前はなんか私の昔の幼馴染と同姓同名ですから」
人の名前を聞いてこんな反応をするなんて失礼だよね。悪い態度を取ってしまった。でも仕方ないよ。だって初恋の人と名前はこんなに同じだから。
でも性別が違うから同じ人物であるはずがないよね? やっぱりただの同姓同名だろうね? そもそも『リオ』って中性的な名前で、男でも女でも使われるし。
「はい? ま、まさかキミはワタシとどこかで会ったこととか?」
なぜか彼女は今まごまごして取り乱してきた。
「いいえ、多分人違いです。だってあの人は男の子ですから。学年も私より2年上だから今は3年生であるはずです」
「……っ!」
彼女は黙って私の顔をじっと見つめて何か考え込んでいる。何? この反応?
「あのさ、そういえば、キミの名前は?」
「あ、そうか。私の方は自己紹介まだですね。私の名前は井波陽依です」
私も自分の名前を教えたら、彼女は驚いた。
「……やっぱり、陽依ちゃん……?」
「え?」
いきなり私の名前で呼んで、しかも『ちゃん』付け。なんか初対面にしては親しく感じる。その呼び方とか、表情とか、口調とかも……。まさか……。
「ひょっとして、浬桜くん……なの? 小学生の頃の浬桜くん?」
あり得ないとはわかっている。この人はどう見ても女の子だし。でもなぜか今私はつい彼女が本当に浬桜くんかもしれないと思うようになってしまった。それによく見てみれば面影がなくもないかも。
「ひ、人違いだ。ワタシは女の子だよ。あはは」
彼女は目を逸らして否定しようとしているけど、この態度はむしろ無理に誤魔化しているように見えるんだ。浬桜くんは昔から嘘を吐くことすら下手だしね。
「もしかして、浬桜くんは本当は女の子なの? ずっと私を騙していた?」
私はそういう可能性を思いついた。こういう展開はアニメとかでよくあるよね? 「男の子だと思って仲よくなった幼馴染と別れて、ある日再会したら実は女の子で、しかも美少女だった」みたいな話。子供なら性別なんて誤魔化しやすいからこれはおかしくないしね。
私も前から浬桜くんはなんか女っぽいところもあると思っていた。まさか本当は女の子で、ずっと隠していたのか? 私は今ついそのように勘繰ってしまった。
「違うよ! 陽依ちゃんを騙すなんてそんなことは……。オレはただ女の子になってしまったんだ! ……あっ」
「その様子……やっぱり浬桜くんだったんだ」
今やっと確信した。間違いない。この女の子は浬桜くんだ。でも『女の子になった』ってどういうこと!?
「もうバレてしまったか。お前って鋭いやつだ……」
「認めたか。やっぱりね」
別に鋭くなんかないよ。こんな態度はバレバレだ。まったく浬桜くんってこんなとことは昔からあまり変わらないようだね。
「なんでお前はここにいるの?」
浬桜くんは不思議そうな顔で訊いた。いや、そもそも訊きたいのはこっちの方だけどね……。
「私の家族は今年からこの辺りに引っ越ししてきたから。学校も近くのを選んだの。浬桜くんもこの学校にいるなんて全然知らなかった」
この人は浬桜くんだとわかったから、私は敬語を止めて昔みたいにタメ口で喋ることにした。
「そうか……」
「で、浬桜くんはなんでこの学校に? それより、なんで女の子になってるの?」
「そ、それは……」
浬桜くんはなんか言いづらいような顔だ。本当は隠したい秘密なの? さっき誤魔化そうとしたし。もしかしてそもそも私と会うのは予想外であまり望ましくないってこと?
「ごめん、言いたくないなら別にいいよ」
なぜあの時いきなりいなくなったのか、すごく気になって問いたい。だけど、今浬桜くんはなんか泣きそうな顔をしているし。やっぱり何か事情があっただろう。もし訳ありだったら、今無理矢理詮索するのは野暮だよね。
「いや、せっかくこうやって再会したから。ちゃんと真実を教えるよ」
「浬桜くん……」
どうやら今もまだあまり気が進まないらしいけど、とりあえず事情を教えてくれる気になったようだ。
「実は、オレは『半陰陽』だったんだ……」
「はん……よう……? 半妖? つまり浬桜くんって妖怪と人間のハーフだったの?」
なんかアニメっぽい。半妖の夜◯姫? 朔の夜に何か起きるとか? 水をかぶると女の子になるとか……。あ、あれは違うアニメだった。作者は同じだけど。
真剣な顔で中二病っぽいこと言ってるね。
「違う! 『はんよう』じゃなく、『はんいんよう』だ! つまりね……」
そして学校へ向かう道を歩き続けながら浬桜くんは『半陰陽』のことや、自分に起きたことを語り始めた。
あまり関係ないのですが、今のネタは『半妖の夜叉姫』と『らんま1/2』からです。どっちも偉大な高橋留美子先生の名作です。