10☯ 私と彼(女)の現実
翌日また浬桜くんに会ったら、「オレはちゃんと苫戸くんの告白を断ったよ」と、浬桜くんは言った。そして彼は笑顔で受け止めてくれて、今までみたいに友達でいようと言ったそうだ。どうやら告白の件は問題なくこの件は纏まったようでよかった。
そしてその後私は浬桜くんに告白……しようと機会を模索しようとして、登校中や放課後でよく浬桜くんと一緒にいていろんな話をしてきた……けど、結局何も言えずに一週間は経ってしまった。
自分の気持ちを好きな人に伝えるのは意外と難しいことだよね。それに私は意外とヘタレかも。
そして翌週の金曜日の朝、また登校の途中浬桜くんに会った時に。
「あの、陽依ちゃん、この日曜日は暇かな?」
「日曜日、つまり明後日ね。私は特に用事がないかな」
「じゃ、その……一緒に映画を観に行かない?」
「映画? うん、いいよ」
どうやらこれは映画の誘いのようだ。私はあまり映画とか観ていないけど、浬桜くんの誘いなら断る理由がないし。喜んでお供するよ。
「どんな映画を観るつもりなの? もう決めたの?」
「うん、実は観たいのがアニメ映画だよ」
「そうか。それはいいかも」
アニメなら私もテレビでよく観ているし。映画館でアニメを観たことはないけど、一度観てみたいとも思っている。
「でもどんな内容なの? ホラーなら私ちょっと苦手かも」
「ホラーじゃないよ。ファンタジーものだ。タイトルは『美少女になったオレは魔法少女として世界を救うぞ』だ」
「何この奇妙なタイトル!?」
魔法少女アニメ? 浬桜くんってそういうものが好きなの? 意外と女の子らしい趣味だよね。あ、でも最近の魔法少女アニメは男向けのも多いと聞いたことある。
だけどそんなことより、タイトルにもっと気になるところは……。
「『美少女』ってことは女の子だよね? なのになんで一人称は『オレ』なの?」
もしかして浬桜くんみたいに『オレっ娘』なのか? こういうのは人気?
「実はこのアニメ、TSものなんだ」
「ティー……エス? どういう意味なの?」
聞いたことあるようなないような単語だ。TSか……。もしかして最近流行っている『転生』(TenSei)ものの略……? そうではなさそうね。
「知らないか。TSってのはいわゆる『性転換』ってものだよ。つまり男が女になるか、女が男になるという話」
「そうか。こういうものもあるんだな」
そういえば『水をかぶると女の子になる』というアニメのことなら聞いたことはあるね。私が生まれる前の時代のアニメだから観たことないけど、有名だから聞いたことくらいはある。こんなものはずっと前の時代から人気があるということは確かだ。
でも人の性別が変わるなんてとんでもないことね。アニメやファンタジーものならではのことだよね。
「で、このアニメはね、主人公は元々男だったけど、ある日『あさおん』……つまり朝起きたら女の子になってしまって、あれから元に戻れずしぶしぶ魔法少女をやることになったということ」
「なるほど、元男だから一人称は『オレ』だよね」
「うん」
「女の子なのに『オレ』か。それって誰かと似ているような……」
今私の目の前にもこんな『オレっ娘』がいるんだよね。もしかして……。
「まさか浬桜くん、自分と似ているからこのアニメを観たいっていうの?」
「あはは、まあね。そうとも言えるかな」
「やっぱりそうか」
確かに浬桜くんの置かれた状況とは似ていなくもないけど。
「でも浬桜くんの場合は実際に性別が変わったわけではないよね?」
浬桜くんは半陰陽だ。医学的に最初から体が女だったが、ただ男の子だと勘違いしていただけ。
「そうだね。そもそもTSものはね……性別を変えることなんて普通なら魔法とか不思議な力を使って、ファンタジーしかない芸当だ」
「リアルではあり得ない話だよね」
現実では、たとえ性転換技術を受けてもアニメみたいに完全に異性になるわけがない。少なくとも生殖機能は整わないから。
「うん、でもオレみたいな半陰陽も、ある意味TSみたいなものだよ。だってオレは自分が男だと思って男として育ってきた。それなのにいきなりこんな真実をわかってしまって。それは『ある日突然女の子になった』とほぼ同じだよ」
「確かにそうね」
感覚として『ある日いきなり性別が変わる』とは同様扱いしても間違いではないだろう。
「本来TSは普段ファンタジーしか存在しないものだけど、半陰陽もTSの範疇に入るというなら、それは『リアルTS』とも言えるかもね。だからそう考えると、自分の人生もアニメっぽくて、悪くないと思うようになったよ」
「そうか」
今の浬桜くん、なんか嬉しそう。意外と楽観的だ。自分が半陰陽であることは後悔なんかしていないみたい。むしろ自慢に思っているかも? そうとわかったら私もなんか安心したね。
「だから変かもしれないけど、これをきっかけとしてオレはTSもののアニメや漫画にハマっていろいろ観たり読んだりするようになった。自分の人生を傍観しているみたいだから。キャラクターに感情移入しちゃう」
「TSか。私はよくわからないけど、これもなんか面白そうかもね。全然変なんかじゃないと思うよ」
「なら一緒に観に行こうね。お前にもTSの素晴らしさを見せたい」
浬桜くんってTSものを結構気に入っているようだ。
「わかった。私もこのアニメを観たくなってきた」
これを観たら浬桜くんのことをもっと理解するための助けになるかもしれないと、私は今そう期待してしまった。
「それじゃね。明後日は楽しみだね」
今はちょうど学校に着いたから、私たちはここでそれぞれの教室に向かう。これで今日の私たちのやり取りは終わったけど、明後日会う約束をしたから私も楽しみだ。
というか、よく考えてみると、2人で一緒に映画を観に行くなんて、もしかしてこれはデートの誘い? 浬桜くんとデート……。初デートか。私はつい勝手に自分の都合のいいように解釈してしまった。
とりあえず2人で登校の日以外どこかに行くのは初めてだな。これはチャンスかも。もしかしたら今回こそちゃんと前へ進めるかもしれない。そういう予感がする。
よし。浬桜くんと2人きりの日曜日、デート楽しみだ。
TSの素晴らしさ、わかってもらえたら嬉しいですね。




