01☯ 私と彼(女)の春風
春……、それは始まりの季節だ。特に私たち学生にとってはね。今は春休みが終わって学校が始まる時期だから。
今日は新学期で高校生になった私は初めて登校する日で、今は家から高校まで繋がる坂道を歩いている途中だ。
私、井波陽依15歳は、今日から高校生になった。両親の都合で高校では今まで住んでいた町とは違う町の高校に通うことになった。
引っ越ししたばかりで慣れない環境で右も左もわからなくて戸惑うこともしょっちゅうあるけれど、この町は前にいた町よりいい空気で綺麗な景色もいっぱいだからここの生活も悪くないと思っている。
特に今私が登校で歩いているこの坂道、ここでは桜の木がいっぱい並んで、桃色の花弁はちらちら舞い落ちてくる。こんな時期ここはすごく綺麗だよね。春ってやっぱりいい季節ね。今天気も快適だし。
背中の真ん中までストレートに伸ばしたまま結っていない私の黒髪は春の風に靡いて気持ちいいけど、ちょっと歩きにくくなる気もする。
比較的に緩やかだからって、坂道だから上っていくと体力を消耗してどんどん疲れてきてしまうよね。こんな坂道をこれから毎日歩くことになるのか。でもいい景色だから別に悪いとは思わないかも。
こんな景色を見ていたらなんか素敵な出逢いができそうな気分にもなってしまうよね。……なんちゃってね。アニメやドラマ観すぎだろう。
周りの桜を鑑賞しながら歩いていく間にその時、私の目の前に歩いている女の子は突然立ち止まった。彼女は小柄で背は私より10センチ以上低いようだけど、同じ学校の制服を着ているから、少なくともうちの高校の生徒だね。まだ顔が見えていないが、艶やかな黒髪は短いポニーテールにしてなんか可愛い。
でもいきなり足を止めて彼女はどうするつもりなの? 彼女の後ろにいる私もつい立ち止まってしまった。その時……。
「うわっ!」
彼女はいきなり散らかっている桜の花弁を蹴ろうとしたが、足が滑った所為か後ろの方へ転びそうになって……。彼女の後ろってつまり私のいるこっちの方だ。このままだと尻餅して怪我してしまうよ。助けてあげないと。
そう思って私は飛び込んで後ろから彼女の体を腕で受け取った、こうやって彼女は転ばずに済んでよかった。今の体勢では私が彼女を背後から抱き締めているという形になってしまった。服越しだけど、その背中の柔らかさと暖かさは私の腕に伝わってきた。彼女の黒い髪の毛は私の顔に当たって、その瞬間すごくいい匂いもした。
「あ、すみません。助けてありがとう……」
彼女はこっちに向いて感謝を言った。その瞬間初めて彼女の顔を見た。やっぱり可愛い女の子だ。声も可愛い。私を見つめている彼女の顔はちょっと赤くなっているように見えるし。何か照れているのかな?
「いいえ。無事で何よりよ」
さっき転んだのは彼女の自業自得っぽいのだけど、このまま放っておいて女の子が転んで怪我したら困るよね。私はただちょうど偶然この場を通りかかったから。
「ほら、落とした鞄」
さっき転んだ時に彼女の鞄は地面に落ちたから、私は拾って渡してあげた。
「ありがとうございます……」
「ところであなたも同じ学校だよね? 私と同じ1年生?」
「ううん、ワタシは2年生だけど」
「あ、そうですか。先輩ですね。失礼しました」
なんか体が小さくて若く見えているからつい自分より年下や同い年だと思い込んで、最初はついタメ口で話してしまった。
「キミはうちの学校の1年生か? じゃ、今日初めての登校なの?」
「はい、そうです」
「この辺りは坂道だし、特にこの時期桜の花弁もいっぱい散らかっているから、気をつけないと転びやすいよね。キミも気をつけてね」
なんか私が後輩だとわかったとたん、彼女の喋り方がちょっぴり変わった。今はなんか後輩を気遣っている頼れそうな先輩ぶっているって感じだ。でも桜の花弁で転ぶ人なんて聞いたことなくて、今初めて見たよね。この人はなんか見た目通り子供っぽいんだな。と、そうツッコミしてみたいけど、やっぱり先輩に対して失礼だよね。ここでまずフォローをしよう。
「はい、気をつけます。先輩」
「あ、そんな顔、キミは今『転んだばかりのドジっ子は何を言う?』とか考えてるだろう?」
「え? いいえ、そんなこと……」
なくはないよね。私今どんな顔してるの? なんか無意識に……。別にそこまでは考えていないよ。てか自分で言うか? 本人がドジっ子だという自覚あるんだね。なんか面白い人かも。
「キミは登校中? よし、ワタシは道案内をしてあげる。こっちだ」
「はい……。ではよろしくお願いします」
もちろん知ってるけどね。学校までの道くらいは。でも彼女と一緒に歩くのもなんか悪くないかも。先輩だけど、なんか可愛い妹って感じだな。しかも大人ぶっていると更に可愛く感じちゃう。
「そういえば、お互い自己紹介はまだだね」
「あ、そうですね」
歩きながら彼女は私に話しかけてきた。そういえばまだ名前知っていないね。
「ではワタシは先に言うね。ワタシの名前は麻川浬桜だよ」
「え?」
彼女の名前を聞いたとたん、私は愕然とした。
「……? どうしたの?」
「そんな、嘘……」
だって、そんなはずない。『アサカワ リオ』、この名前って私はよく知っている。彼と同姓同名だった。まさかここでこの名前が聞こえるとはね。
もしかして……。いや、そんなことあり得ないよね。だって私の知っている彼は……浬桜くんってのは、こんな女の子ではなく、男の子だから。
そして彼は私の初恋の相手でもある……。