第十一話 イングザイディの疲労
(注意・今回もマーヴェリー視点ではありません。イングザイディ視点です。)
「………んむぅ……。」
どうしてこうなった……!!
俺、イングザイディ・エンダーは、肩に柔らかな髪の感触と体温を感じながら、考えを巡らせていた。
「………あ、まいら……」
このフォレスト王国の第二王女、マーヴィリー・フォレスト殿下。
公務をアマイラ王女殿下に押し付けている怠惰な王女、との噂とは違い、働かなければいけないときはきちんと働く印象を受けた。
そんな彼女は今、俺の方に顔を寄せ、すー、すー、と規則的な寝息を立てていた。
なぜ……!!
―――事の起こりはアマイラ殿下とマーヴィリー殿下がエンダー公爵家からお帰りになろうとしていたときのこと。
我が家に「献身」をしに来てくださっているヘンダー殿下が予定より早く戻って来られた。
実は、まだ狩猟大会の途中だったのだが、アマイラ殿下とマーヴィリー殿下が滞在しておられるという情報が耳に入り、戻ってこられたようだった。
そして、偶然、アマイラ殿下とマーヴィリー殿下に鉢合わせていしまい、なぜかアマイラ殿下とマーヴィリー殿下がなし崩し的にもう一泊されていくこととなってしまったのだ。
その後、アマイラ様はヘイダー殿下に連行……………ヘイダー殿下とお散歩にいかれ、俺とマーヴィリー殿下、二人で商会との話を進めることとなった。
だが、二人共口下手でしかも何も言わずに仕事をする仕事人と来たもんだ、あまり会話ははずまず、だがかといって気まずかったかと言われると、そこまででもない。
商会長との話が終わり、その後の色々な処理をしていた時、マーヴィリー殿下は何やら気になることがあったのか、一枚の書類を持ったままこちら(俺たちは向かい合って座っていたのだ)の方に移動してきて、自然にすとん、と俺の隣りに座った。
「……いきなりすいません、此処なのですが―――」
ちょっとまってくれ。
近い。近い近い近い。
ぴょんとところどころはねているくせっけが、あたってくすぐったいのだが。
マーヴィリー殿下はちゃんと仕事はするのだが、結構無防備と言うかなんというか……。
襟元をくつろげたり、結んでいた髪をおろしたり。
なんなんだよ、もう…かんべんしてくれ。
こっちはあんまり女性に耐性がないんだよ………。
そんなこんなで大体の打ち合わせが終わった頃には、もうすでに食事の時間になっており、慌てて下に降り、食事を取った。
最終確認のようなものを済ませようと、また再び夕食後にマーヴィリー殿下と集まると(ヘイダー様にアマイラ様は当然のように連れてかれていた)、疲れが溜まっていたのか、マーヴィリー殿下は眠ってしまった。
「………すぅ……ぁ………ぅ………すぅ……。」
気持ちよさそうに眠っているので極力起こしたくもないのだが、どうしても起こして確認を取らないといけないものができてしまったので、しょうがない。
覚悟を決めてトントン、とマーヴィリー殿下の肩を叩く。
「ん……ぁ……あぅ……………。」
……起きない。
揺さぶってみる。
「………ぅん……ぅあ………ぁふぅ……。」
すると、トサリ、と向かい合うようににしゃがみこんでいた俺の肩に頭をあずけるようにして倒れ込んできた。
………なんかいいにおいするし、むにゃむにゃいってるからくびすじがくすぐったいし、いまきづいたけどなんか、こえもやけにいろっぽいような…………。
頭の中は真っ白になっていった。
△▼△▼
「………ん……?」
くぁ、とあくびを噛み殺すように目を開けるマーヴィリー様。
俺に寄りかかっているとわかった瞬間、ピッと背筋を戻して、俺の顔から目をそらす。
そりゃそうだよな、恥ずかしいもんな。
「………申し訳ございません、寝てしまって。」
「……いえ。」
逆になんかすみません、と心のなかで謝罪する。
なにか頬が紅潮しているようにも見えるが、見間違いだろう。
あれ、なんか耳まで……
「照れてます?」
っやっば……まちがえた……
いや、間違えた以前に、何言っているんだ俺は!
「っ〜〜〜……はぃ……ぉそらく…。」
……もしもこの中に俺と同じ気持ちを持っている人がいるなら教えてくれ……。
可愛すぎないか、この王女様。
「……幼い頃に、うんと強い毒を飲んでしまいまして、少し表情筋が動かないことが多々あるのですが………」
―――毒、か。
毒の影響は貴族界隈だけで言えば、色んな人が、受けている。
…まさか、鉄面皮やらなんやらと言われるマーヴィリー様も、だったとは。
「……ぁ、二人には、秘密でお願いしますね?」
アマイラ様やヘイダー様。……お二人方にも、話していないのか。
「秘密……ですか。わかりました。マーヴィリー殿下。」
そんなことを、俺が知っていいのだろうか……?
「……あの、あと、できれば「マーヴィリー殿下」ではなくマリーと……。
そして、インディ様とお呼びしても……?」
「え、あ………」
ま、マリー?? インディ??
お互いに、愛称呼び?? え、どうして。………どうしようか……?
「……お願いできないでしょうか?」
「……はい。」
そんな潤んだ瞳で言われたら断れないし……。ずるいと思う。
「……!! よろしくおねがいします、インディ様。」
ああ、そんなキラキラした目で見ないでくれ……。恥ずかしいし。
「………はい。…ま、マリー様…」
もう、つかれたな……。
―――その後、寝起きで情緒が不安定になっていたことと、意識が曖昧になっていたことで、変なことを言ったりしてしまった王女様が真っ赤になって謝ったとか謝ってないとか。
…ちなみに、謝ったとしても、インディ様・マリー様呼びは継続されたようである。