3.黒スーツが酒を買う
この契約終了となった男、実質解雇された男であるが特段名前も決まっておらず特に意味もないのであるが、話の便宜上「黒田」とでも名付けておく。特別驚くことも無い、当たり前と言えば当たり前のタイミングでの解雇である。それでも普段日ごろの頑張りでどこかのタイミングであわよくば正社員に上がれるんじゃないか? そんな淡い期待をかすかに持っていた時期もあるにはあった。実現はしなかったが。終業後更衣室に戻り自分のロッカーを開ける。着替えながらここも早めに片付けないとなぁとぼんやり考えた。さて帰ろうかと思い、工場のすぐ近くのバス停に向かう。途中コンビニを通りがかったときに何故か無性に酒が飲みたくなった。店内に入り度数が9%も有りながらいけしゃあしゃあとチューハイを名乗る缶を一つ買う。店を出て、もと来た道を逆方向に工場へ戻る。工場の入口には受付兼守衛の事務所があり、制服を着た警備員の男が先ほど帰っていった黒田が袋をぶら下げて戻ってくるのを認めた。
「あれ黒田、忘れ物かい?」
警備員の男性、年は50半ばで黒田よりも大分年上ではあるが、普段から黒田に何かと親しく声をかけてくる。この白髪にまみれた初老の男性は向上に出入りする人間はもれなく頭に入れている、そんな人間であった。黒田は
「いやぁ、ちょっと」
と軽く会釈をして事務所を通り過ぎる。通り過ぎた先に駐車場があった。その駐車場には複数の営業車のハイエースが並んでおりその中の一台の運転席に乗り込む。工場内ではリフレッシュルームやミーティングスペース等の休憩する場所があるにはある。しかし黒田はそこで落ち着いたことがない。常に人の目を気にしながらのリフレッシュは気が休まることがない。それでも静かに一人落ち着ける場所を求めたのだろう、結果として荷物の運搬等に使われるこの車の運転席を見つけた。窓を開け煙草に火をつけ二口ほど吸う。袋からもぞもぞチュウーハイを取り出し開ける。こちらも半分くらい飲んだところで酔いが回ってきた。